第33話 父の犠牲

 蓮と蒼月の戦いは激しさを増していた。

「理解できないのか? このままでは境界は崩壊する!」蒼月は叫んだ。

「それは嘘だ!」別の声が突然響いた。

 窓際に立っていたのは、黒いマントに身を包んだ人物――影帝だった。

「父さん!」


 影帝は仮面を外し、高城理人の顔を現した。

「先生、もうやめてください。『永久境界』は世界を救わない。それは評議会による完全な支配だけをもたらす」

「高城君。君は私の最高の弟子だった。なぜ理解できないのだ?」

「私は全てを理解しました。だからこそ、7年前にあなたの元を離れたんです」

 二人の間に緊張が高まる。かつての師弟、今は宿敵となった二人の対峙。


 二人の力がぶつかり合い、部屋中に衝撃波が走った。

 その間に、葵は装置の制御に成功し、零もケースの結界を破る。

「奏!」零が彼女を抱き締めた。「もう安全だ」

「自己崩壊プロセスが始まった!」葵が叫んだ。「10分で完全に機能停止するわ!」


 蒼月の顔に絶望の色が浮かんだ。

「なぜ、分からないのか? これが最後のチャンスだったんだぞ!」

「違う。これは最初のチャンスなんです。評議会の支配なしに、両世界が真に調和するチャンスなんです」理人はきっぱりと言った。


 蒼月は怒りと絶望に打ちひしがれたようだった。

 彼が装置に近づいた瞬間、陽が立ちはだかった。

「もう終わりにしましょう」

「いいや、まだだ!」蒼月は陽を押しのけようとした。その瞬間、陽の「真実顕現」が最高潮に達した。

「これが真実です」陽の声が部屋中に響いた。

 蒼月の体が青い光に包まれ、彼の周りの幻術と偽りが剥がれ落ちていく。彼の本当の姿――古く、弱々しい老人の姿が現れた。

「こ、これが……私の本当の姿か……」蒼月は膝をつき、力なく床に座り込んだ。


 装置の自己崩壊プロセスは着々と進み、警告音が部屋中に響き渡った。

「建物全体が崩壊する!」カイトが叫んだ。「私の『位相転移』で脱出しましょう」

 しかし、装置からの波動がますます強くなり、天井から破片が落ち始める。

「もう間に合わない。全員を一度に転移させるのは無理だ」理人は冷静に言った。

 陽は父を見つめた。その瞳に決意の色を見て、彼は恐ろしい予感がした。

「父さん、何を……」

「私が残り、波動を一方向に抑える。カイト、彼らを連れて行け」

「嫌だ! 一緒に来てよ!」陽は父の腕を掴んだ。


 理人は息子をじっと見つめ、そして優しく微笑んだ。

「陽、お前に再会できて幸せだった。お前の成長を見ることができて……誇りに思う」

 彼は陽の左手首のブレスレットに触れた。

「これが私の最後の贈り物だ。『真実顕現』を完全なものにする力を」

 陽は涙を流しながら父にしがみついた。「もうどこにも行かないで……」


「時間がない」カイトが切迫した声で言った。

 理人は陽を優しく押しやり、カイトの方へ向けた。

「行きなさい」

 建物が崩壊し始める中、理人は「永久境界」の装置に向かって歩いた。

「新しい世界を創るのはお前たちだ」陽たちに向かって叫んだ。

 カイトの「位相転移」が作動し、彼らは青い光に包まれて消えた。


「父さん!」

 陽の叫びが最後に聞こえる声だった。

 そして、爆発の閃光が全てを包み込んだ。

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