第10話 人為的な侵食点

 4人は影学園から出て、桜ヶ丘学園の体育館の裏へと向かった。

「ここだ」零は古い倉庫を指さした。

「中に侵食点がある」

 陽の目には、倉庫の輪郭がわずかに歪んで見えた。


「この侵食点は、物体を消失させる性質がある」

 零が続けた。

「先週から体育用具が次々と消えている。一般の学生は単なる紛失だと思っているようだが」

「どうやって封印するんですか?」


 零は小さな結晶を取り出した。

「境界結晶の欠片だ。侵食点に埋め込むことで、揺らぎを安定させることができる」

「でも、侵食点の中心を正確に特定しないといけない」葵が付け加えた。

「それが難しいのよ」


 零が陽を見た。

「ここで君の『真実顕現』の出番だ。侵食点は一種の歪みであり、虚偽だ。君の能力なら、その中心が見えるはずだ」

 陽は倉庫に向かって集中した。『真実顕現』を発動させると、建物全体が赤い霧に包まれて見えた。しかし、よく見ると、その中心部分だけが特に濃い赤色をしていた。

「あそこだ」陽は指さした。

「入り口から見て右奥、棚の下あたり」


 零は無言で頷き、倉庫に向かった。4人は慎重に中に入る。陽の指摘した場所に近づくと、空気がさらに歪み、床から煙のようなものが立ち上っていた。陽は集中し、視界を研ぎ澄まし、空中に浮かぶ拳ほどの大きさの、濃密な赤い点を見つけ出した。


「よし」零は境界結晶を取り出し、慎重に近づいた。

「桐生、結界を」

 葵は手を広げ、何かを呟いた。彼女の周りに青い膜が広がり、4人を包み込む。


 零が結晶を侵食点に近づけると、奇妙な現象が起きた。濃密な赤い霧が激しく揺らぎ、結晶に向かって引き寄せられていく。同時に、倉庫内の空気が冷たくなり、風が渦巻き始めた。

「反応が強い」零は顔をしかめた。

「高城、もう一度核心部を確認しろ」


 陽は再び集中した。しかし今度は、赤い霧の中に別の色も見えた。紫の糸が複雑に絡み合い、まるで何かの模様を形作っているようだ。

「変です」陽は声を上げた。

「紫の模様が……まるで誰かが意図的に作ったように見える」


「何だと?」

 零が驚いた表情を見せた。同時に、森下教授の顔が青ざめた。

「これは単なる自然発生の侵食点ではない」

 教授が緊張した声で言った。

「人為的に作られたものだ」

「侵食者の仕業か」零の表情が険しくなった。

「変だと思った。レベルが低いはずなのに、反応が強すぎる」


 突然、侵食点から黒い霧が噴出し、部屋中に広がり始めた。葵の結界が揺らいだ。

「結晶を!」教授が叫んだ。

 零は素早く動き、境界結晶を侵食点の中心へと押し込んだ。激しい光が放たれ、一瞬、倉庫内が青白く照らされた。

 黒い霧が引いていくと、侵食点は消えていた。


「成功したな」零は息を吐いた。

「でも、あれは何だったんだ?」陽は混乱していた。

「侵食者が意図的に作り出したものだろう」

 教授は考え込むように言った。

「おそらく、俺たちの反応を見るため」

 零は冷静に分析した。

「あるいは……」彼は陽をチラリと見た。

「君の能力を確認するためかもしれない」


「僕の?」陽は驚いた。

「高城理人の息子が境界力に目覚めたというニュースは、侵食者にとっても興味深いはずだ」零は言った。

「特に『影帝』にとっては」

「影帝?」

「侵食者のリーダーだ」葵が説明した。

「7年前に突然現れた謎の人物。その正体は誰も知らない」

 陽の胸が締めつけられた。7年前――それは父が失踪した時期と一致する。


 帰り道、陽は静かだった。

「父さんが失踪したのと、『影帝』が現れたのは同じ7年前だろう?」

「確かに……でも、それだけで結論付けるのは早いわ」葵は曖昧に頷いた。

「調べてみる」陽は決意を固めた。

「父さんの失踪の真相と、侵食者の正体。そして『影帝』が何者なのかを」

 葵はしばらく黙っていたが、やがて静かに言った。

「手伝うわ。でも約束して。無謀なことはしないで」

「ああ」陽は頷いた。

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