第5話 境界委員会と侵食者
陽の胸に希望が灯った。これが父の失踪に関わる何かなのかもしれない。
「まず、あなたを境界委員会に紹介しなくては」
葵は言った。
「境界委員会?」
「影学園で侵食者に対抗するための組織よ」
葵は窓の外を見た。
「侵食者は境界の揺らぎを拡大させ、現実世界に干渉しようとしている。彼らを止めるのが境界委員会の役目」
「君もその一員なの?」
「ええ」葵は頷いた。
「私の家系は代々、境界の守護者を務めてきたわ」
突然、廊下から足音が聞こえた。葵は緊張した表情になった。
「誰か来るわ。戻りましょう」
彼女は再び耳のピアスに触れ、何かを呟いた。空気が揺らぎ、部屋が元の倉庫に戻っていく。変化が完了した直後、扉がノックされた。
「誰かいるのか?」男性の声がした。
葵は陽に静かにするよう目配せし、扉に向かって答えた。
「図書委員の桐生です。本の整理をしていました」
扉が開き、校内巡視の教師が顔を覗かせた。
「ここは立入禁止だぞ。すぐに出なさい」
「申し訳ありません」葵は丁寧に頭を下げた。
「もう終わりましたから」
二人は倉庫を出て、教師の視線を感じながら校舎を後にした。
校門に向かって歩きながら、陽は尋ねた。
「誰かに見られるとまずいの?」
「そうよ。特に境界を越える瞬間を見られるのは危険よ」
葵は説明した。
「それに、影学園の存在は一般には知られていない。知るべきではない人に知られると、混乱を招くわ」
「でも、なぜ僕に教えたの?」
葵は一瞬、歩みを止めた。
「あなたには知る権利があると思ったから。それに……」
彼女は陽の顔をじっと見つめた。
「あなたの力が必要なの」
「僕の……力?」
「明日、放課後に影学園の本部に案内するわ」
葵は言った。
「そこであなたの適性を正式に判定し、境界力の覚醒を試みる」
「待ってよ」陽は混乱していた。
「話が急すぎる。もっと考える時間が……」
「時間がないの」葵の声は切迫していた。
「侵食点が活性化している。私たちには新しい力が必要なのよ」
二人は校門に到着した。夕暮れの空が赤く染まっている。
「明日、決心したら放課後に中庭の古い井戸の前に来て」
葵は言った。
「来なければ、私はあなたを二度と訪ねない。そして今日見たことは、全て夢だったと思えばいい」
そう言い残し、葵は振り返ることなく歩き去った。
陽は立ち尽くした。頭の中は混乱で一杯だったが、同時に、長年抱いていた疑問への答えが見つかるかもしれないという期待も感じていた。
帰宅途中、陽は左手首のブレスレットを見つめた。父からの唯一の形見。そして今、それは単なるアクセサリーではなく、もっと深い意味を持つものに思えた。
「父さん……僕はどうすればいい?」
風が吹き、桜の花びらが舞った。その一瞬、陽には父の声が聞こえたような気がした。
「真実を見る力を……信じろ」
幻聴だったのかもしれない。しかし陽の心は次第に決意へと傾いていった。明日、彼は中庭の井戸に向かうだろう。そして、自分の中に眠る力を目覚めさせる――たとえそれが、彼の人生を永遠に変えることになろうとも。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます