第2話 影学園への招待

「素質者?」

「2つの世界を認識できる特殊な才能の持ち主」

 葵はそう説明し、右耳のピアスに触れた。

「私もそうよ」


 陽は眉をひそめた。彼女の言うことは荒唐無稽だ。しかし、確かに自分は説明のつかない光景を目撃した。

「あのさ、冗談なら――」


「あなたの父親は高城理人……」葵が言った。

「彼もまた、強力な素質者だった」


 父の名前が出て、陽は一瞬、言葉を失った。

「父さんを……知っているの?」

「直接は会ったことがない」葵は静かに答えた。

「でも、彼の研究は『影学園』では有名よ」


「影学園?」

「桜ヶ丘学園と同じ次元座標に存在するもう1つの学園。素質者だけが認識できる並行世界」

 葵は説明した。

「あなたが見た教室はそこの一部。境界が薄い場所では、時々もう一方の世界が見えることがあるの」


 陽は黙って彼女の話を聞いていた。常識的に考えれば、全て作り話に違いない。けれど、なぜか胸の奥で、彼女の言葉が真実だと感じていた。


「どうして僕にそんな話をするの?」

「あなたの父親は7年前に失踪した」葵は言った。

「同時期に『侵食者』と呼ばれる組織が現れた。彼らは現実世界への侵食を企んでいる」

「それと僕に何の関係が?」


「わからない」葵は正直に答えた。

「だけど、あなたの中に眠っている力が、今、目覚め始めている。それは決して偶然ではないと思う」

 陽は窓の外を見た。夕暮れの校庭。旧校舎が夕日に照らされて赤く染まっている。


「証拠はあるの?」陽は再び葵に向き直った。

「君の話が本当だという」

 葵は立ち上がった。

「明日、放課後またここで会いましょう。そのとき、あなたを連れて行くわ」


「どこへ?」

「影学園」彼女はシンプルに答えた。

「あなたの父親が残した足跡を見られる場所に」


 葵が図書室を出ていった後も、陽はしばらく動けなかった。父が失踪してから7年。彼の足跡を辿れるかもしれないという言葉は、あまりにも魅力的だった。

 同時に、彼女の話す「2つの世界」「素質者」といった言葉は、あまりにも非現実的だ。


「陽、待った?」奏が笑顔で近づいてきた。

「あれ? どうしたの? 顔色悪いよ?」

「ああ、ちょっと考え事をしてた」

 陽は作り笑いを浮かべた。奏に心配をかけたくない。それに、葵の話を伝えても、きっと信じてもらえないだろうから。


 ◇


 その夜、陽は眠れなかった。窓から見える月明かりの中、彼は父から唯一残された形見――左手首の銀製のブレスレットをそっと撫でた。


「父さん……どこにいるんだよ?」


 その問いに答えるかのように、ブレスレットが一瞬、青く光ったように見えた。だが次の瞬間、それは普通の銀の輝きに戻っていた。陽の見間違いだったのかもしれない――あるいは、これから始まる不思議な冒険の前触れだったのかもしれない。


 明日、彼は桐生葵と会い、「影学園」なる場所に行くことになる。そして、その決断が彼の人生を永遠に変えることになるとは、まだ知る由もなかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る