天使ちゃんと吟遊詩人おまけ二人と紫陽花の喫茶店
「もうすぐ夏かぁ。夏なんて暑いばかりだと思ってたのにな」
窓辺で頬杖をついて空を見上げる。どんよりとした梅雨の空だ。
みんなと出会って夏は楽しくてキラキラしたものにかわった。
どんどんと欲張りになっていく自分がほんの少し怖いと思うのに、このかけがえのない時間が永遠に続けばいいと願う。
みんなと一緒に行きたい場所、みんなと一緒にやりたいことがどんどんと増えていく。
ぼんやりと空を見つめていると、空からキラキラと白い羽が降ってくる。
キレイだな、と見とれているとドスンと大きな音が聞こえて、慌てて椅子から立ち上がって玄関のドアへと急ぐ。
慌ててドアを開けると何事もなかったように立ち上がって埃を払っている天使ちゃんがいた。
「苺姫、ごきげんよう」
「こんにちは。大丈夫?」
「大丈夫だじぇ!!」
どや顔で胸を張る天使ちゃん。ああ…とても残念で仕方ない。黙ってたら美少女なのに。
「苺姫、ぼんやりしてどした?」
「ん?ああ、もうすぐ夏だからみんなとやりたいこと考えてたの」
「そっかー。去年やり残したこともあるし、今年は遊び倒そうぜ!」
「ここだと暑いし、中でお茶でもどう?」
「いいね!苺姫、お菓子ある?」
「種類はないけどお菓子はあるよ」
「苺姫の手作りお菓子♪」
天使ちゃんがウキウキしながら家に入る。あたしはそれを確認して後を追うように家の中に入った。
「んー。このクッキーおいしいね」
口いっぱいにクッキーを頬張る天使ちゃんを眺めつつ麦茶を飲む。
天使ちゃんの前には汗をかいた甘いアイスミルクティーのグラスが汗をかいてる。
「今年の夏はみんなで海水浴に行ってみんなで泳ぐぜ!」
「あたしは今年も荷物番してるね…」
一人で盛り上がってる天使ちゃんには申し訳ないけど、あたしは泳げないのだ。
昔、海で溺れてエライ目にあったことを思い出して一人遠い目をする。
「えー。苺姫の水着姿みたい…」
「海はまだ早いし、いったん置いといて。今、紫陽花見頃だし見に行きたいなぁ」
あたしは話題を変えるべく自分の要望を口にする。
天使ちゃんは嬉しそうに目を輝かせる。
「今から行く?」
「できれば雨上がりの紫陽花見たいなぁ」
「苺姫がそう言うなら雨の日にしよか」
「彼らが嫌がるのでは…」
吟遊詩人とうさぎ王子が頭数に入ってるのは暗黙の了解なのである。
「拒否権があるとでも?」
「ナイデスネ」
思わず棒読みになるあたしに満足げに天使ちゃんは笑う。彼女に敵う人などきっといない。
「楽しみだね」
そう言って天使ちゃんが微笑んだ。
本来であれば「天使の微笑み」というのであるのだろうが、これはどう見ても「悪魔の微笑み」にしか見えない。
心の中で二人にほんのり同情した。
天使ちゃんの「悪魔の微笑み」から数日。
雨の中、吟遊詩人が家を訪ねてきた。
「紫陽花の見えるおしゃれなカフェ見つけましたで」
なんと仕事が早い。そのぐらいの勢いで天使ちゃんのことも何とかすればいいのに、と心の中でそっと思う。
「うさぎ王子の都合を…」
「ほな、今でしょ」
今から?
うさぎ王子の都合なんてあってないようなものなのでは?と一瞬思ったけど。
そういえばあの人、職務放棄して街にサボりに平気で行く人だったと思い出し納得する。
天使ちゃんを吟遊詩人が迎えに行き、うさぎ王子とあたしは現地集合ということで、紫陽花がきれいに見えるカフェに行くことになった。
どうやらうさぎ王子御用達のお店らしい。
歩いて行ける場所だったので歩いていくことにした。
「そういうところだけ君らそろって行動早いのにね」
やれやれと思いながら空を見上げてつぶやく。雨粒が涙のようにこぼれ落ちてくる。
傍から見てたらまるわかりなのに、どっちが鈍感なのやら。
小さくため息を一つついて、傘の花を咲かせた。
あれから30分後、カフェに集合する。
先についていた3人は窓際の席で、飲み物だけ頼んで待っていた。
「お待たせ」
「そんなに待ってないよ」
「いや、待ちましたぜ」
「苺姫、早くケーキ食べよ!!」
うさぎ王子、吟遊詩人、天使ちゃんがおのおの返事をする。
この中で一番温厚で優しいのはうさぎ王子かもしれない。
「天使ちゃんはどれにするの?」
そう言ってメニューを開く。
天使ちゃんは食い入るように見つめて真剣に悩んでいる。
「いろいろ頼んだら?何かあってもうさぎ王子と吟遊詩人もいるんだし」
「そうする!」
目をキラキラさせてメニューの端から端までのケーキを注文する。
うさぎ王子も吟遊詩人もかなりの甘党なので大丈夫だろう。
一緒にあたしは砂糖抜きのアイスミルクティーを注文する。
「紫陽花のケーキ食べるのもったいない!」
そういいながらも嬉しそうにケーキにフォークを入れる天使ちゃんを嬉しそうに見つめ珈琲を飲む吟遊詩人。
「お邪魔だよね」
小声で話しかけてくるうさぎ王子に小さく頷く。この甘ったるい空気。何も食べなくても胸焼けしそう。
重い二つの溜息が甘い空気に溶ける。
いつもはウキウキでケーキを頬張ってるはずのうさぎ王子の手があまり進んでいないのは、この甘ったるい空気のせいだろう。
あたしは黙ってアイスミルクティーを啜る。
お砂糖抜いて正解だったな、うん。
うさぎ王子はそっとケーキの皿を天使ちゃんのほうに寄せる。
天使ちゃんは嬉しそうにケーキを頬張り、時々吟遊詩人に食べさせつつ二人の世界を構築している。
いちゃついてる二人を放置してそっと窓の外に目を向ける。
すっかり雨も止んでいたけど、雨に濡れて宝石のようにキラキラしてる紫陽花がとても美しい。
「もうすぐ夏が来るね」
「そうやねぇ」
「暑いから夏は苦手なんだけどね」
「苺姫、意外と暑がりだよね」
「うさぎ王子は寒がりだよね」
「足して二で割れればいいんやけどね」
そう言ってうさぎ王子と二人で笑いあう。
ここまで性格の違う、個性的な人間が集まってお茶してるなんてなかなか面白いと思う。
この先もずっとこの4人でいろんなことをできる日々が続きますように。
こっそりと心の中で祈った。
デートの付き添いにでも来たような、そんなお茶会の時間ももう終わりを告げる。
「天使ちゃんこれ」
そう言って吟遊詩人が琥珀糖を手渡した。
「わ、紫陽花色だ!キレイ」
天使ちゃんが嬉しそうに受け取るのをあたしとうさぎ王子はやれやれという顔で見守る。
「今、すごくお漬物食べたい。あと緑茶が欲しい」
「苺姫、それおばあちゃんっぽい。でもわかる。僕は珈琲がいいな」
「おばあちゃんっぽいって失礼な!苦いものもいいけど、口直しにしょっぱいものが欲しくなったの」
「ああ、しょっぱいものなら僕はおせんべいがいいな」
「おせんべいもいいね」
「苺姫、一緒に琥珀糖食べよ!」
そう言ってもらったばかりの琥珀糖を天使ちゃんが持ってくる。
「ごめん、甘すぎるから無理!!」
「そっか。苺姫甘すぎるの食べれないもんね」
しょんぼりとする天使ちゃん。
「代わりに天使ちゃん食べてよ。きれいだし、おいしいには鮮度があるんだよ?」
そう言ってあたしが微笑むと天使ちゃんは琥珀糖を口に運ぶ。
「すごく甘くておいし!」
「あたしの分は吟遊詩人とうさぎ王子にでも…」
「そっか、うさぎ王子!あーんして?」
慌てふためくうさぎ王子を憎らし気に吟遊詩人が睨む。
「あ、吟遊詩人があーんして欲しいんだって!!」
あたしは慌てて天使ちゃんに言う。
吟遊詩人はぎょっとした顔でこちらを見る。うさぎ王子はほっとしたような顔でこちらを見る。
うさぎ王子貸し一つってことで。
「じゃ、あたしは徒歩だし先、帰るね?」
そう言っていちゃいちゃしてる二人を放って帰ることにする。
「あ、苺姫途中まで一緒に…」
うさぎ王子に声をかけられ、一緒に途中まで帰ることにする。
イチャイチャしてる二人にあたしたちの声が届いていたのか知らないけど、雨に濡れた道を二人で歩きだす。
「あいつら、もう付き合っちゃえよ!!」
うさぎ王子が心から叫ぶ。
あたしも同感なのだけど、うさぎ王子のなんとも言えない顔が面白くてくすくす笑う。
「苺姫も思わん?どっからどう見てもあの二人、できてるでしょ!!なんで付き合ってないの?」
「ほんとにしぶとく付き合わないよね」
「僕らは保護者じゃないのに…」
ぶつくさと文句を言い始めるうさぎ王子。まあ気持ちはわかる。
あの二人が付き合うまで見届けたい、そう心から思った。
とりあえず家に帰ったら、お漬物を食べようと心に誓った。
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