俳句と散文 「冷房」
よひら
ドア開けば冷房の壁突き破る
いつもの通勤バス
乗り込んだらいつもの定位置、降りやすいドア近辺に立つ
いつものように片手でスマホを取り出し
揺れる車内、カーブも何のその、
画面の漫画はしっかりと読む
次は「公園前、公園前」と滑舌の悪いサングラスのおじさん、
いや、彼はベテランドライバーだと思う、
の声をやりすごし
いつものように 手の届かない老婆の代わりに
「降車ボタン」を押し
まもなくバスは止まる
プシューと音がしてバスの降車ドアが開く
その瞬間に強烈な蝉時雨のつんざくような生きるための絶叫と共に
夏の熱気が冷房の結界を打ち破ってドッサリと一気に車内に押し入り
それまでの静謐な冷房の世界を破壊する
そんな世界の大急変をまるで感じないかのように、
腰の曲がったおばあさんは「すみませんねえ」と何度も誰彼になく言いながら
いつものようにドアにゆっくり向かう
あまりにゆっくりなので、乗客は皆、彼女が転倒しないかどうか、
もしそうなったら自分が助けなくちゃと思いながら
じっとその小柄な軽々としたやせ細った老婆を注視する
彼女がようやくバスを降り、道端で深々とお辞儀しているのを尻目に
「はい出発します」とドライバー、パンチパーマのおじさん、はボソボソと話し
ドアが閉まり
再び静かな冷房の世界が広がりだす
ここには蝉時雨の生命の叫びも届かない
暗い深海の中だ
(Fin)
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