羊のいけにえ

かんぽうやく

1

「何してんの」

 その一声で、床に転がる草壁満くさかべみつるを蹴る足の動きが止まった。

「はあ?」

「っだよ、うぜーな」

 男子たちは、苛々と背後を振り返った。目線の先にいた生徒は、セーラー服を着ている。

「かんけーねーだろ、えらそーなツラすんじゃねーよ」

 男子の一人は真新しい学ランに身を包み、変声期も遠い甲高いままの声で、懸命に脅し文句を口にする。その他の男子はむくれて地面を見ているだけだ。

「…」

 彼女は無言で天井の隅を指さした。小さく黒光りする目が、じっとこちらを見つめている。

「は?!」

「事前説明を聞いてなかったんだね、先生に聞けば、ログの確認は―」

「う、わああ!」

「ふざけんなクソが!」

 男子たちは奇声を上げながら、廊下へ飛び出した。先生に話をすれば、記録をなんとかしてもらえるかもしれないと。

「撮られたら困るようなことするなって」

「…」

「…、キミ、大丈夫?」

 草壁は起き上がる隙を見失い続けていた。蹴られた痛みも治まってきたし、もうそろそろいいだろう。そう思った矢先、優しく声をかけられて再度固まってしまった。ぎこちなく喋りながらも、辛うじて身を起こす。

「だい、だいじょぶです。ありがとう」

「良かった。あいつらもさすがに懲りると思う」

「あ、ハイ…」

 草壁のたどたどしい喋り方にも、彼女は動じない。コミュニケーションが苦手な草壁をおもちゃにしたさっきの男子たちとは違う、平等で公平な態度だった。授業開始のチャイムに席へ向かう彼女の背中は、真っ直ぐのびていた。



 彼女の名前は、大神おおがみといった。


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