第39話 犯罪奴隷、日常の安息を感じる

 役所のカーソン氏の指示で神殿管理ではない貯水池に水を足して今日の迷宮に遊びにいく。

 安定して『日常』を得る生活。

 魔石を売る魔具店でお嬢が「高ーい」と世の魔法具の高価さをしり、もう少しでお嬢もレベル十になるかならないかの日。

 カーソン氏から帰還するための出発日の説明があったとメイリーンから報告があった。

 ほんの少し遠回りして水を流しながらの旅順を考えていると。

 森に発生した雨雲は町に流れ着く前に消えてしまい森の範囲をすこしだけ回復させて終わる日々がまだ続いている。

 極々稀に深夜雨が通る事もあるが朝には痕跡は残っていない。

 町や村によっては干魃が終わったと信じていない住人もいるだろう。

 お嬢が水を流して歩く巡回はおそらくまだしばらく必要なのだろう。労力に対し与えられる感謝は少ない。

 むしろ、お嬢の巡回に物足りなさや恨み言をぶつけられることの方が多いのではないかと苛立ちを感じる。

 水を流した場所から出てきた通常種を殴るお嬢の型がまた崩れていた。

 踏み込みの安定が悪く握りがすこしズレていてブレが出ていて無理に当てることを意識しているために不必要に力みが入っている。

 殴るという行為にまず慣れることを優先すべきか、動きを修正するように告げるべきか悩ましい。

 妙なクセは悪だが、失敗も迷いも不要だとは思わない。

 殴る対象の大きさや柔らかさは迷宮によってもちろん違う。避け方も速さも頭の良さも。

 数をこなせているのは少年で、お嬢は少年が十体倒す間に一体というところだろう。

 本当は数をこなす必要がある。

 当てることに、敵の動きに慣れる必要があるから。


「アンシア。握りずれてねぇか?」


 少年の言葉にお嬢が棍棒を握る自分の手を確認する。その時に無意識だろう握りが修正される。


「えー? どうかなぁ?」


 そのまま出現した魔物を殴り飛ばす。


「へ?」


 お嬢の抜けた声にちょっと笑いそうになる。


「さすが! お嬢」


「えへへー。もうレベル九だもん。『レベル壱』迷宮の一階層魔物くらいよゆーよゆー」


 褒めれば得意げに胸を逸らす。


「変異種じゃなきゃだろ! 油断あぶねーよ」


 少年から警告が飛べば、お嬢は照れたように笑って「もっとがんばるー」と棍棒を振り回していた。


「帰る前にちゃんとレベル十になるんだからーっ」


 ふんすっと気合いを入れ直してゆっくり発生しはじめた通常種の魔物を殴りにいく。


「帰るってなんだよ!?」


 少年があげた驚きの声に立ち止まったお嬢が振り返って首を傾げる。


「え。また来るとは思うけど、滞在は一時的だよ。だってあんまりパパとママからはなれていたらさびしいし、弟妹に忘れられたらかなしいもん!」


 孤児院に居る少年がなんとも言えない表情になったけれど、お嬢はそれに気がついたふうもなく、狩りを再開する。


「アイツ家族いるんだ……」


「仲は円満だなぁ。水撒き巡回、よく頑張っていると思うよ」


 少年の頭を撫でてみる。

 泣きそうな気配には気がつかないフリをする。

 頷いた少年が鼻を擦ったような気がした。


「また来るって来れんのかよ」


「だって、お家あるんだよ? ほっとくのもったいないでしょ!」


 もったいないってなんだよ。お嬢。


「あー。ある物無駄にすんの惜しいよなー」


「でしょー」


 よくわからないな。

 管理も所有も現在辺境伯様だ。

 お嬢が気にすることではないだろうに。ただ、お嬢が惜しいと思うなら気をつけておくか。




 コドハンだけでなくいろんな場所に自宅が提供されるってことをお嬢はちゃんとわかっているんだろうか?

 わかっていなかったとしても十歳にもならない娘にわかっていろという無茶を言いはしないだろう。


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