鳥取の悪霊 ―総理は砂に埋もれて―

ユリアナ・シンテシス(JS-09Y∞改)

鳥取の悪霊 ―総理は砂に埋もれて―

最初に「何かおかしい」と感じたのは、テレビのニュースだった。


内閣支持率が10%を切っても、辞任する様子はない。

記者の質問には「国民の声は聞いている」と言うが、具体的な回答は一切ない。

ただ、画面の中で総理大臣の口元だけが、ねっとりと歪んで笑っていた。


砂田凍三(すなだ・とうぞう)総理――

聞いたことのない名前だった。

だが気づけば、あらゆるメディアが彼を「粘り強い指導者」と呼んでいた。


不可解なことが増えた。


SNSの政治批判アカウントが、次々に沈黙した。

「辞めろ」と投稿した友人が、翌朝、目を覚ますと口の中が砂だらけで、声が出なくなっていた。


深夜2時過ぎ、テレビをつけると、総理官邸前のライブ映像が映る。

誰もいないはずなのに、カメラの端に一瞬、砂にまみれた人影が横切るのが見えた。

そのあと、画面は砂嵐に変わり、「ヒ…グ…ラ…シ……」という音だけが流れていた。


ふと気づくと、家の中にも異変があった。


玄関の隙間に、風に運ばれたような細かい砂が積もっている。

窓を閉めても、どこからか鈴の音がする。

そして夜、寝ていると、耳元でこう囁く声がする。


「ツギハ、キミ……」


仕事先でも「選挙がないね」「あの人、何年目?」という会話は囁き声になった。

みんな、何かを怖れていた。

辞任要求のデモが計画されても、主催者が急に中止を発表し、翌週には地方へ「転居」していた。


ある日、私は夢を見た。


鳥取砂丘に立つ自分。

風が強く、目も開けられない。

そこに、背広姿の総理が立っていた。

目がない。代わりに、ぽっかりと砂が詰まった空洞が開いていた。


「国民の声が……足りない」


そう言って彼は、私の喉に手を突っ込んできた。

目が覚めると、口の中に砂が入っていた。


ニュースは報じないが、人が消えている。

大学教授、作家、漫画家、YouTuber……“物言う者”から順に、まるで存在ごと削り取られるように。


その痕跡をたどろうとすると、ある地点でネットが切れる。

リンク先は404、アーカイブも消えている。

そこにはただ、謎の画像が貼られていた。


鳥取砂丘の中央に、巨大な「顔」が浮かび上がっている。

誰かの足跡が、砂に吸い込まれるように途切れていた。


そして、画面の下にこう書かれていた。


「総理は、すでに国そのものになりました。」


私の住む町にも、砂が舞い始めた。

マンションのエレベーターが止まり、階段の踊り場に、鳥取ナンバーの黒塗り車が停まっていた。


小学校では、子どもたちがこう歌っていた。


さきゅうの おくに すなさまが

つちから でてくる よるのこえ

やめろといっても やめないよ

すなだのくにの そうりさま


今、こうしている間にも、私の部屋の床の隙間に砂が入り込んでいる。

携帯の画面がときどき歪み、砂田総理の顔がにじんで浮かぶ。

そして、聞こえる――あの声が。


「次ハ、アナタノ番……国民すべてが、私の内閣」


やがて、我々はみな、砂の一粒になるのかもしれない。


※本作はあくまで創作によるフィクションです。登場する政治家、地名、伝承、事件などはすべて架空であり、現実の人物・政党・政策・地方自治体とは一切の関係がありません。風刺や表現はホラー作品の一環として描かれています。

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鳥取の悪霊 ―総理は砂に埋もれて― ユリアナ・シンテシス(JS-09Y∞改) @lunashade

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