第17話 誕生日、ふたりと一人

こはるの誕生日当日。

 11月の朝は、少し肌寒く、空気が澄んでいた。


「おはよ、こはるちゃん!」


 クラスに入ると、何人かの女子が駆け寄ってきて、

 「誕生日おめでとー!」と明るく声をかけてくれた。


「ありがと……!」


 ほんの少しだけ、特別な朝。

 でも――その空気の中で、ひとりだけまだ来ていない人がいた。


(黒川くん……)


 LINEも既読にならず、教室にもいない。


(……どうしたんだろ)


 少し不安を覚えたまま、1限目のチャイムが鳴った。



 昼休み。


「こはるちゃん、これ……よかったら使って!」


 女子の一人が可愛い小物の入った袋を手渡してくれる。


「わ、ありがとう……!」


 そんなふうに、いろんな人から祝ってもらえて、こはるは嬉しかった。

 でも、黒川の姿はまだなかった。


 その時。


「こはるちゃん」


 声をかけてきたのは――佐伯悠馬だった。


「あっ……佐伯くん」


「放課後、時間ある?」


「え?」


「少しだけでいいんだ。……今日、誕生日でしょ。

 渡したいものがあるんだ」


 微笑むその表情は、まっすぐで、迷いがなかった。


(……どうしよう)


 迷っていると、佐伯はふっと笑って言った。


「無理ならいいけど、

 “黒川にはまだ何も言われてない”って、知ってるから」


「……!」


 何も返せないまま、こはるは黙って俯いた。



 放課後。


 教室のドアを出ると、黒川が廊下に立っていた。

 制服のポケットには、小さな包みが見えている。


「……悪い、今日ずっと用事があって」


「……ううん、大丈夫。……来てくれてよかった」


 黒川はぎこちなく、ポケットの中から何かを取り出した。

 それは、小さなリング付きのキーホルダー。

 金属のプレートには、さりげなく**“K&H”**の文字が刻まれていた。


「これ……ペアってやつじゃねぇけど。

 まあ、お前が持ってたら、ちょっとだけ安心する気がして」


「……っ、ありがとう」


 こはるの目がじわっと潤む。


「言葉とか、うまく言えねぇけど……

 お前が今日、生まれてきてくれてよかったって思ってる。ずっと」


「……うん。来てくれて、ほんとに嬉しいよ」


 その一瞬、こはるは黒川の手をぎゅっと握った。

 黒川は少しだけ驚いたように笑って――


 ……ふたりは、そのまま歩き出した。



 その帰り道。

 正門を出たところで、ひとりの少女とすれ違った。


「……黒川?」


 鋭い視線と、サラサラのロングヘア。

 制服は、ついさっき転校してきたばかりの女子のものだった。


「……水野?」


「ひさしぶり。こんなとこで会うなんて、運命感じるね」


 その言葉に、こはるの心が一瞬、ざわついた。


「そっちは……彼女?」


「……いや、同じクラスの」


 黒川の目が、わずかに泳いでいた。


 水野ひなこは、こはるに向かって笑顔を向ける。


「初めまして、水野ひなこです。今日から同じ学校に通うことになったの。

 ……黒川とは中学のときから、けっこう仲良くしてて」


「……そ、そうなんだ」


 ひなこは笑ったまま、まるで探るようにこはるを見た。

 その笑みの奥には、なにか鋭い感情が隠れているようだった。


「じゃあ、またね黒川。今度ふたりで、話そうね」


 そして、彼女は背を向けて歩いていった。



 その晩。

 帰宅したこはるのスマホに、佐伯悠馬から1件のLINEが届いた。


【佐伯】

《今日の帰り、やっぱ話したかったな。

でも、君の隣にいるのが“俺じゃない”って、もうわかってる。

それでも、……まだ諦める気はないよ》



 揺れ始めた関係。

 静かに火花が散り始めた、“四人”の物語が、今、動き出す――

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