第15話 こはるの返事

火曜日の朝。

 登校途中、こはるは駅のベンチでひとつの封筒を手にしていた。


 中には、小さな便箋に綴った数行の文字。


(黒川くんみたいに、かっこよく書けるかわからないけど……)


(でも、ちゃんと“自分の言葉”で返事をしたい)


 その一心で、昨日の夜、何度も下書きをして、やっと書き上げた。



 昼休み。

 黒川は相変わらず廊下の隅にいて、イヤホンを片耳に挿していた。


「……ねえ」


 こはるがそっと声をかけると、彼は顔を上げて、視線を向ける。


「これ……昨日の“返事”」


 そう言って、白い封筒を差し出すと、黒川は少し驚いたように目を瞬かせた。


「……マジで書いたのかよ」


「だって、口で言えって言われたけど、黒川くんも手紙だったじゃん」


「……たしかにな」


 黒川は封筒を受け取り、そっとポケットにしまった。


「読むの、後でいい?」


「うん……今、読まれる方が、緊張する……」


「じゃあ、代わりに」


「……?」


「今日の帰り、寄り道しろ。話したい」


「……わかった」



 そして放課後。


 待ち合わせは、あの文化祭の日と同じ、学校裏の中庭だった。


 ふたりで並んで座ると、風がそっと草を揺らしていた。


「……読んだよ。手紙」


「……うん」


「お前らしいな。丸文字で、行間空きすぎてて、めっちゃ読みやすかった」


「ちょ、そこじゃないでしょ!」


「……でも、ちゃんと伝わった。

 “好き”って、まだはっきり言ってなかったけど……その感じが、全部」


「……うん」


「俺もさ、最初はただ“気になる”だけだったんだよ。

 声とか、仕草とか、空気とか、全部」


「……」


「でも、だんだん……お前が、俺にとって“日常の一部”になってきて。

 気づいたら、もう手放したくなくなってた」


 その声は、黒川らしくなく、少し震えていた。


「だから、俺、ちゃんと待つよ。お前が“好き”って言ってくれるまで。

 手紙でも、言葉でも、どんな形でも。お前のペースでいい」


「……そんなの、言われたら」


 こはるは、顔を伏せながら、小さく笑った。


「……今、言いたくなっちゃうじゃん」


 そのまま、彼の隣で目を閉じた。


「好きだよ、黒川くん」


「……」


「私、ちゃんと好きだって、思ってる」


 風が、ふたりの間をふわりと吹き抜けていく。


 その一瞬、何かが変わった気がした。


 距離でも、関係でもない。

 心が、ぐっと近づいたような――そんな気がした。



 帰り道、信号待ちの横断歩道。

 黒川はこはるの手を、無言でそっと取った。


 指先が触れ合うだけの、控えめな手つなぎ。

 でも、こはるはそれが、なによりも嬉しかった。

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