第44話 楽しい食事

私とアイゼルは食堂で食事をしていた。


多分、お客様も来ていないのに2人で一緒に夕食を取のは初めてだと思う。


食堂には他にギリアムとミアと、数人の給仕のメイドが出入りするだけだ。


ほぼ毎日、私だけの為に出された豪華な料理が、今日は一層輝いて見える。

いえ、本当に輝いているんだと思う。


皿に美しく並ぶ料理が、調理場の使用人たちの張り切りようを伝えている。

私は嬉しくなってじっくりと目でも味わって食べた。


でも、アイゼルはどこか上の空で黙々と食べている。

食堂に着いてすぐに、ロイスがアイゼルに何か報告をしていたけど……、ルークの事なのだろう。


……。


「ねえ、アイゼル? お魚は食べれる様になったの?」

私は意識を別に向けさせたくて言ってみた。


「……え?」

アイゼルは怪訝な表情で私を見る。


テーブルの上には内海で取れる新鮮ターラを使った焼き魚料理がハーブと野菜に彩られて置いてある。


「な、何故、クレアちゃんが、それを、知って……」

アイゼルが驚きながら言う。

似たセリフを、最近聞いた気がする。


「コリンが言っていたのよ。『ぴえ〜ん、クレアちゃんに笑われるぅ』って頑張って食べられる様になったんでしょう?」

私はコリンが真似たよりも、一層思い出のアイゼルに近い言い方で最高に可愛く言ってみた。


「……っ」

後ろに控えていたギリアムが、微かに動く。

アイゼルも呆気に取られた様に私を見ている。


「似ているでしょう? ギリアム」

私が言うと、

「……い、いえ、アイゼル様には似ていません。……幼い頃のクレア様と同じ声です」

と、懐かしむ様に答える。


「気づいたのか? クレア。ギリアムが僕と君が会った庭園に居た従者だと」

アイゼルが少し落ち着いて言う。


「そうよ。……もっと早く教えてくれたら良かったのに、ギリアムとたくさん話せたら、寂しくなかったもの」

アイゼルを見ながら私が不満を込めて言う。


「そしたら、僕が寂しくなる……」

言ってしまって、マズいと思ったのか目を逸らすアイゼル。


……そう言えば、ギリアムと話しているとアイゼルに睨まれてる様な感覚があった。


プッ

「だったら、アイゼルも一緒に話せば良かったでしょう!」

私は笑いながら言う。

もちろん、アイゼルが私を守る為にそれが出来なかった事は知ってる。

けど、何を考えているのか分からなかったアイゼルが、こんなに可愛い事を思ってたなんて、とっても愛おしい。


「ルークの事だが」

話を逸らす様にアイゼルが話題を変える。


「地下牢から城砦の一室に移した。見張りはいるが、マーシャルとはすぐに会える様に整えてある」

さっきのロイスの報告はコレだろう。


ギリアムが何か言いたげな顔をする。


マーシャルが教会の秘密を知っている事をアイゼルに伝えた方がいいと思っているんだろう。

私も伝えたいとは思っているけど、マーシャルの意志を尊重したい。

ルークと話した後のマーシャルの気持ち次第だ。


「マーシャルはジョージ・カーロックの孫だったね」

アイゼルが不意にそんな事を言う。


ジョージ・カーロックは当時の皇帝陛下、つまりはアイゼルのお父さんを暗殺しようとした人物。

証拠自体はなく疑いを掛けられているだけだったけど、世間の人はそうは見ていない。


ジョージ・カーロックは皇帝暗殺未遂事件の犯人と思われている。


話題が皇帝の事件の事に及び、ギリアムが食堂の出入りをやめさせる。

丁度ワゴンでデザートに美味しそうなお菓子が運ばれて来ていて。


私の侍女のミアが側にいるのをアイゼルは気になったようだ。


「ミアには何でも話してるの。私のお姉さんみたいなものなの」

私がそう言うと、

「何でも……?」

アイゼルは、少し怪訝そうに呟く。


アイゼルに、“絶対言えない秘密”は、ミアにも言ってないけど。


すぐに納得したのか、

「クレアちゃんに味方になってくれる人がいてくれて、僕も嬉しいよ。ありがとう、ミア」

アイゼルは微笑んで言う。


ミアは落ち着いて礼を返す

ミアの内心は分からないけど、私は嬉しくて飛び上がってアイゼルに今すぐ抱きつきたいと思った。


ミアを認めてくれてありがとう、アイゼル。

大大大好き!


「ジョージ・カーロックの孫なら、教会が人を操る技術を持っている、と言う事ぐらいは知っているだろう」

「どうして、アイゼルが分かるの!?」

その事が、丁度マーシャルの気持ち次第だと思っていた事なのに。

ギリアムも少し驚いてるようだ。


「犯人と思われていたジョージ・カーロックの周りには、味方になってくれる人も噂も集まる。側で聞いていた孫なら、教会が怪しいくらいは思うさ」


アイゼルの言い方は、幼いアイゼルに重なる部分がある気がした。

暗殺から逃げるために、辺境の城砦に身分を隠して住んでいた。

大人達の言葉から、必死に真実を探していたのだろう。


幼いアイゼルへの愛しさが込み上げるのと同時に、本当のヒロイン、マーシャルとの共通点にゾッと身震いする。


ヒーローのアイゼルと、ヒロインのマーシャル。

この世界の対の存在なんだ。


「マーシャルは今ルークと会ってるの?」

自分を落ち着かせる様に私は確認する。


「ああ。ルークも操られてる間の意識はあって、教会が怪しいとは気づいてる」

アイゼルの言葉にハッとする。

意識があったって事は、操ってる相手の事も分かるって事なのね。


「……じゃあ、ルークはどうするのかしら? 教会が操っていたと知ったら、教会に確かめに行く? 狙われたのは私だから、色々と事情を知りたいでしょうけど……」


「マーシャルと会ってルークがどう答えを出すか分からないが、後は2人次第だ」

アイゼルが言う。


「僕と君の事情に、彼らを巻き込むかどうか━━」


私はゴクリと唾を飲み込んだ。


◆◇◆


城砦の一室。

窓はないが、それなりの広さの部屋に俺、ルークは移されて居た。


暗く湿った地下牢とは比べ物にならない程、清潔で快適だが、今の俺にはそれを感じる余裕がなかった。


俺に背を向けて逃げるクレア様の右手を俺が掴む。

恐怖の表情で俺を見るクレア様。

もう片方の手も掴むと、恐怖に引き攣った顔を背けて逃げようと後ずさって行く。


『いやっ!』

悲痛なクレア様の声が漏れる。

俺は必死で自分の手が離れる様に動かすが、身体は言う事を聞かない。


『ルーク、どうしたの!?』

違うんです、クレア様。

俺の意思とは関係なく身体を動かす者がいる。


俺の身体を包むホムンクルスの魔力がむせ返る様に匂いを放つ。

魔力を持たない俺は知らなかったが、これが魔力の匂いなのか?


生命を助けて貰ったホムンクルスだが、今は俺の身体を乗っ取り、クレア様の生命を、クレア様に宿った生命を、奪おうとしている。


クレア様の怯えた瞳を、俺は自由の効かない身体から見つめることしか出来なかった。


コンコン


ドアがノックされて、俺は現実に引き戻された。


マーシャルが目の前にいた。


世界で一番可愛い俺の幼なじみ。


一瞬ホッとした自分が許せない。

クレア様にあんな酷い事をした自分がマーシャルに癒しを求めるなんて!


「ルーク、クレア様はあなたが悪くないってご存知だわ。操られて居たのよね?」

無言だった俺に向かって、マーシャルが言う。


「クレア様が…? マーシャル、何故、俺が操られて居たと思うんだ?」

クレア様が俺の事を思いやれる程に回復しているなら良かった。


「ルークが、人を襲うなんてする訳がないもの」

俺は心の霧が晴れるような感覚を味わう。

迷わず答えたマーシャルの信頼が嬉しかった。

ただ、もうそれは過去の出来事だった。


「それに、おじいちゃんと一緒にいる時に聞いて居たの、教会は人を操る技術を隠してるって……」


マーシャルはおじいさんの事もあって、色々と調べたんだろう。

教会が人を操る技術を持っていると言うのは、俺の身体がホムンクルスの魔力で操られて居た事と合点がいく。


「私、ずっと教会がおじいちゃんにした事が許せなかったの。いつか、ちゃんと決着をつけたいと思ってた。ルークがこんな事件に巻き込まれて、丁度良かった訳じゃないけど、ルークが協力してくれたら教会とも戦えると思う」


マーシャルが少し早口で言う。

俺の目を真っ直ぐに見て、俺の意思を確認する様に。


「……ルークが、このまま忘れたいなら、私もそうする」

何処か寂しく、真剣な口調だった。


俺は……。

「マーシャル、俺は、君とはいられない」

「え!?」


「俺は、操られているとは言え、クレア様の生命を奪おうとした。君にはもう相応しくない……」


マーシャルの唇が揺れる。

「相応しいかどうかは私が決める事じゃない……」


「……逃げるクレア様の手を掴んだ時の恐怖の顔。ベットの上でナイフを刺されそうになった時の怯えた顔は、一生忘れられない。こんなんじゃ君を幸せに出来ないよ」


「……」

俺がそう言うと、マーシャルは長い間黙った。


マーシャルと楽しく過ごした日々が遠く感じる。

辺境の城砦に落ち着いて、2人で庭園を歩いた。

平穏な日々が続いていく気がしたのに……。



「ねえ、ルーク。クレア様を襲った時の事を教えて」

立ち上がってマーシャルが言う。


俺は少し迷ったが教える事にした。

マーシャルの気が済むならそれでいいと思った。


「クレア様は、俺に背を向けていたんだ」

マーシャルも俺に背を向けた。


「こう、俺はクレア様の右手を掴んで……」

右手を掴まれたマーシャルが振り返る。

クレア様の様な恐怖の顔はなく、微笑んでいる。


マーシャルの左手が俺の首を引き寄せる。

マーシャルの唇に俺の唇が当たった。


「わたしはずっとルークに捕まえて欲しかったのに」

マーシャルがそう言いながらもう一度強くキスする。


「クレア様じゃなくて私の事を考えて」

誘う様に俺を包むマーシャル。


夜の闇に浮かぶランプの明かりの中で2つの影が揺れる。


その言葉通りに、俺はマーシャルの事だけを考えた。

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2025年12月9日 06:44

原作にいない貴族令嬢の邪魔者な転生者、婚約しヒーローと結婚したけど離婚寸前!継母にも嫌われて!…だったのに命懸けで溺愛されて!原作知識でヒロインと世界を救う 唯崎りいち @yuisaki_riichi

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