第20話 運命の分岐点

本来の物語でマーシャルと皇弟が恋に落ちた理由はアイゼルだった。


マーシャルが、幼い日に辺境の地を訪れた際にアイゼルと出会った。

アイゼルは迷子になった彼女を助けて、マーシャルが辺境に滞在中に交流を深めていった。


歳が離れていたが、マーシャルにとっては憧れの王子様で、アイゼルにとっても歳の割に賢く聡明な少女だった。


別れる時にマーシャルがアイゼルにプロポーズして、アイゼルも自分を覚えていてくれたらと約束するのだった。


そして、成長したマーシャルは皇弟の所でオートマタの技師として働くようになる。


皇弟は重い病気で痩せて我儘で嫌な奴だったけれど、マーシャルは子供の頃に出会い恋した王子様の面影を見て惹かれていく。


そして、恋に落ちた二人に子供ができるが、赤ちゃんは皇族の家系を絶やそうとする者によって狙われる。

マーシャルは一人で赤ちゃんを連れて逃げる事になる。

逃げる先は過去に初恋の人に出会った辺境の地だった。


そして、マーシャルは逃げた先で皇弟にうり二つの、初恋の王子様アイゼルに再会する。


つまりは、マーシャルが皇弟に惹かれたのは、過去にあった初恋の王子様のアイゼルに似ていたからで、アイゼルと出会わなければ皇弟に惹かれる事はないのだった。


ここに居るマーシャルは、過去に本当ならアイゼルと出会うはずの場所で、アイゼルを見かけたと言った。


多分そこで二人は会っているのだ。


ただ、アイゼルにはその前に結婚の約束をした、マーシャルよりももっと惹かれる女の子がいたから、すれ違う以上の発展がなかったのだ。


━━その女の子は私だ。

つまり、私のせいでアイゼルとマーシャルの物語が成立しなかったんだ!

どうしよう!


と、慌ててみても、心の中は喜びでいっぱいだった。


アイゼルが私を選んでいたんだ。

ずっと昔から、ヒロインよりも私を━━!


でも、どうして6年間、私にずっと冷たかったの?

『僕だって、そうしたかったわけじゃないっ!』

アイゼルはそう言っていたけど……。

何か事情があるの?


アイゼルは、私の事、ちゃんと覚えていてくれてるんだよね?


結婚する時に、アイゼルが笑ってくれたのは、私が小さい頃にあった「クレアちゃん」だって覚えていてくれたからなんだ。


幸せな気持ちが胸いっぱいに広がって、思わず私は笑っていた。


「どうしたんですか? クレア様?」

ミアが目の前にいた。


ミアも何だか嬉しそうにして聞いてくる。

マーシャルと話があったから部屋を出て貰っていたんだけど……。


「部品が足りなくて、何か代わりに使えそうなものがないか聞いたんです。ついでに私との話は終わったのでミアさんが部屋に戻って良いかクレア様にお伺いしようと……」

マーシャルが説明する。


「いくら呼びかけてもクレア様の返事がないから、入って来ちゃたんです」

とミア。


「ごめんなさい、ミア。考え事をしていて、呼ぶのを忘れていたわ」

「それはいいんですけど、幸せな考え事だったんですね」

とミアが笑った。


「最近のクレアは悩み事が多かったみたいですけど、解決したみたいで私は嬉しいです」

「か、解決してないっ!」

私は慌てて言う。


むしろ、悩みは深くなったと言うか、解決不能になったのだ。


アイゼルとマーシャルの物語が消えても、物語の裏側の世界は動いている。

皇帝陛下とその血筋を狙う陰謀は着々と迫っている━━。


と言うのに目の前のミアのニヤニヤ顔は変わらなかった。

私の笑顔も顔に張り付いたように変わらないからだ。


不安にならなきゃ! 不安にならなきゃ! 不安にならなきゃ!


心の中で唱えてみる。

……けど、無理だった。


「ターニア様の事で悩んでいたのですか?」

マーシャルが困ったような顔で言う。


「私はここに来れば安心できると思っていましたけど、急に訪ねられた方の迷惑は……」

ターニアの言葉を慌てて遮る。


「違うの! もっと根本的な問題があったの! むしろ、貴方とルークがターニアを連れて来てくれたから問題が解決したって言うか……」


「そうなんですか?クレア様」

何も知らないミアが言う。


ああ、でも、そうなんだ、そうだったんだ!

自分の言葉に意外な発見があった。


この城砦にターニアが居る事で、本来と同じ赤ちゃんが居る状況が作り出されている。

なら、ここから起こる事も本来の物語通りに起こるんじゃないの?


ヒロインが、マーシャルからクレアに変わっただけ、この物語はまだ続いている!


私が物語を進めて行けば、世界の危機が救われるかもしれない!


でも、私にマーシャルの代わりが出来るの?


本当の物語だったら、困難が次から次にマーシャルに押し寄せて、それを優しさと賢さと勇敢さで乗り越えていく。


マーシャルだったら何とか出来るんだろうけど……、私にそれが出来るの?


目の前で壊れた道具を直していたマーシャルは、やっぱり普通の女の子とは違うように見えた。


並べられた工具と壊れた道具の部品たち。

私には何が何だか分からない。

魔石の知識もオートマタの知識も持ってないのに、私に果たしてマーシャルと同じ事が出来るの?


「全然、問題は解決してない……!」

「どっちなんですか!」

私の呟きにミアが突っ込んだ。


マーシャルも不安そうにしている。


私が転生者でここは本の世界で、私が本来の物語を崩してしまった事を言えたらいいんだけど。


ミアには、ターニアが本当は皇帝陛下と私の妹の子だって事も言っていないし。


「えーと、ターニアが来てくれて、アイゼル様と育てられて嬉しいけど、アイゼル様と仲良くするには、まだまだ問題があるなぁって」

とりあえず嘘にならない無難な事を言う。


マーシャルが私たち夫婦の事情をどれ程知っているかは分からないけど、仲が良くない事には気付いているだろう。

隠しておく事は出来ないし、不仲な夫婦にターニアを預けるのは不安だろう。

話す良い機会なのかもしれない。


「あのね、マーシャル。私とアイゼル様はそんなに仲が良くないのよ。ターニアを預けるのは不安でしょうけど……」

「え、でもアイゼル様はクレア様の事が大好きですよね?」

マーシャルが私の話を遮る。


「他の人から仲が良くないとも聞きましたが、アイゼル様のクレア様をみる目は好きな人を見る目だから、おかしいなぁって」


「そうですよね!」

とミアも同意する。


「ミ、ミア?」


「私も、アイゼル様はクレア様を好きなのかもって思う時がありました。確証は持てませんでしたが。特に一部の使用人や側近の方々や貴族のお友達のクレア様への態度が、主人に嫌われてる奥方への態度じゃなかったんですよね。ギリアム様とかグレン様とか……、あの二人は別の理由があるか……」


えっ? えっ?


「ミア! 何で教えてくれなかったの!?」


「そんな気がしただけで、クレア様への冷たい態度が変わるわけじゃないんですから、言ってクレア様に期待を持たせても虚しいだけじゃないですかぁ」

確かにそうだけど……。


「アイゼル様が何か事情があってクレア様に冷たくしてるなら、早くその事情が解決されて、クレア様に優しくして欲しいと思ってましたよ。あの赤ちゃんが、ターニア様が、その事情だったんですね!」


「事情がターニアかは分からないわ。けど、アイゼル様様子だと、事情が解消されたような感じではあって……」


ターニアが来て、2回キスされたり、昨日は嫉妬して……。


思い出して言葉を切らしていると、

「クレア様、ミアはクレア様が幸せなら何も聞かずにおこうと思いましたけど、ここまで話したなら全部おっしゃって下さい!」

ミアに怒られた。


私は、アイゼルに2回キスされた事や、東屋での出来事を話していた。


「ルークに嫉妬ってアイゼル様が!?」

マーシャルが驚く。


「アイゼル様みたいな素敵な旦那様がいるのに、クレア様がルークを好きになるわけないのに!」

「いや、ルーク君はイケメンだし、素直に向かってこられたらクレア様だって勘違いしちゃいますよね」

とミア。


「えーと、とても可愛いと思いますよ。マーシャルがいるので勘違いはしませんけど」

「私ですか!?」


マーシャルが言うと、ミアが、

「バレバレじゃないですか〜」

と言って、もう完全に恋バナだった。


ああ、こんな事より大事な事があるのに〜、と思っても、私も興味津々だった。


「ルーク君の事はいつから好きだったの?」

とミアがマーシャルに聞いていた。


「私は、別にルークの事なんて……」

と言っていたマーシャルだけど、ミアにしつこく言われて観念した。


「再会して、昔の事を謝ってくれた時ですかね……。ものすごくカッコよくもなってたけど、わざわざ急いで追いかけて来て誠実に謝ってくれて。いい人だとは思ったけど、好きだって気付いたのはずっと後ですよ」


「ターニア様を連れて逃げる時にルークは私達を庇って大怪我をしたんです」

「え?」

私は驚いた。


「今、元気ですよね?」

ミアが言う。


「私達を逃した後に、倒れてる所を助けられて教会で治癒魔法をかけて貰って治ったんです。私はルークが死んじゃったと思って泣いていたんです」


え? あれ?

この話、どこかで聞いた事がある。


「ルークが倒れた場所に戻ろうとしたら、倒れた青年を教会に運んだって声が聞こえて、教会に行ったらルークがいて。追われていたけれど、見つからないようにルークに手紙を渡したんです。それで、近くの町で合流して、ホッとした時に、ルークの事が好きだって気付いたんです」


「ドラマチックねぇ。すごく大変だったんでしょうけど」

マーシャルが話終わると、ギュッと手を顔の前で組んだミアが感動していた。


私も二人が無事にここまで辿り着けて良かったと思った。


━━辿り着けなかった物語を知っているから。


本来の物語で、この城まで辿り着いたのはマーシャルだけだった。

護衛の従者も居たけれど、帝都を出る前に殺されてしまったのだ。


従者はマーシャルを庇って怪我をして言う。

自分が昔、マーシャルをいじめていた一人でずっと謝りたいと思っていたと。


ずっと好きだったと。


マーシャルは彼の事を気づかなかった事と、助けてくれた事に感謝して帝都を後にする。


━━1度も振り返らずに!


ここがルークの運命の分岐点だった。


いや、彼はルークでは無いのかも。


私は本で読んだ時にこのキャラクターが可哀想だった。

数行しか登場しない人物で名前もなかったけれど、ヒロインを好きで、守って殺されてしまう。

過去を謝れて、任務を全うする誠実さを持っているのに。


もし、何かが違ったら生きてヒロインと結ばれたかもしれない人物。


私は理想を重ねてこの人物を見ていた。

ヒーローのようにカッコよくて、仮にヒロインと結ばれても見劣りしない容姿。

勇気があって、行動できる。


『わざわざ急いで追いかけて来て誠実に謝ってくれて』


そんな人物を見ていた。


まさに、ルークは自分の思い描いたキャラクターだった。


マーシャルに再会してすぐに謝り、マーシャルの好意を得て、マーシャルが振り返った事でこの物語の中に戻って来た。


私が夢想した、死んだ従者がヒロインと結ばれる世界として!


もしかしたら、私が転生する時に私の理想も転生させてしまったのかもしれない。


その事で、私が、またしても物語を変えた。


でも、この変化は私にとって悪い事ではない。

むしろ、私に味方してくれる変化だ。


私の願いを聞いて変わった物語━━。


なら、私にもこの物語をハッピーエンドに導く勝ち目があるのかもしれない。


だったら、覚悟を決める!

私だってアイゼルの事が大好きなんだ!

アイゼルと居られるならなんだってする!


私はこの本の本当の物語に抗って、とことん邪魔して、アイゼルと私の幸せが末長く続く物語にする!

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