第13話 子供の頃の思い出

アイゼルと出会ったのは6歳の頃だった。

ちょうど妹が生まれた頃だ。


父とお母様が北のある貴族の領地に招待された。


妹を産んだばかりのお母様は妹と留守番をして、父と私が出かける事になった。


帝国西部の田舎から北へ。

森や平原の緑が少しづつ減り、枯れたような木々の間を通って馬車が進んでいく。


私は見るもの全てが珍しく、父に聞いた。

父はどんな事にも答えてくれた。


私の暮らす、精霊がいつも豊かな樹々と草花を咲かせる森の多い西の田舎に比べて、北の地は寂しい所だと思った。


もっと遠くの辺境伯が治める領地はずっと荒野が続き、もっと寂しいのだと父が教えてくれた。

精霊の役割が違うのだとも父は言っていた。


北に着くと、遠くから多くの人が呼ばれていた。

子供を連れてくる人も多く、屋敷には10人以上の子供がいた。


ほとんどの子はお父さんとお母さんに連れられていた。

お母様が居ないのは寂しかったけれど、妹が産まれたんだから仕方ないと思った。


帰ればまたあの優しいお母様に会えるのだし……。


出発する前に、ベビーベッドで眠る妹に近づいた時のお母様の顔が浮かんだ。


お母様は、どうしたんだろう?

きっと何かの間違いで、帰ったら優しく抱きしめてくれるはず。


大人たちが集まっている間、子供たちは昼間は同じ部屋に集められ、夜はそれぞれの部屋で寝かされた。


部屋に集まった子達は大人しく本を読んだり絵を描いたりしていた。

最初は私も同じ事をしてみたけれどすぐに退屈した。

家では部屋にいるよりも外を駆け回る方が多かったし、この土地の精霊の魔力がどんな自然を育てているのか興味があった。


部屋には同じように退屈してる男の子がいた。

茶色い髪の男の子は、本を投げて遊び始める。


周りの子が止めるように言ったけど、面白そうだから私も真似してみる。

どっちが遠くまで飛ばせるかの競争になった。


「やるな。女でここまで俺についてきた奴は初めてだ」

何人かの子供も混ざって大騒ぎになると、世話係がやってきてこっぴどく怒られた。

「ごめんなさい。つい面白くなってしまって……」

しゅんとして謝る男の子に世話係や周りの女の子は同情的で、何故か私が悪者になった。


子供たちから孤立した私は、こんな所は嫌だと、外で過ごす事にした。


屋敷の庭園は整備されて、馬車から見た植物よりも、自分の家にもあるような植物が多かった。

自宅の庭で見る花と同じものが、ここでは色を変えていて、これが精霊の役割の違いなのかと思った。


そうやって歩いていると、庭園のひときわ緑の濃い場所のベンチで、人目から隠れるように植物に埋もれて本を読む子供がいた。


金色に輝く髪に紺碧の瞳で、絵本の王子様みたいだと思った。

さっきの部屋にはいなかった子だった。


「何してるの?」

声をかけると、ビックリと男の子の身体が大きく揺れた。


その拍子に持っていた本が落ちた。

覗くと小さな文字がびっしりと書かれた難しい本だった。


私は本を拾うと、遠くへ投げた。


「やったー!新記録!」

「なっ!」

男の子が声を上げる。


「外だと思いっきり本が投げられるね!」

私は男の子に笑いかけた。


男の子は足のつかないベンチから飛び降りて急いで本を拾ってベンチにもどる。


「じゃあ、次は君の番!」

そう言うと、

「投げないよ!」

と怒った。


「僕が読んでるんだよ!投げて遊んじゃダメだよ!」

男の子はギュッと本を抱きしめて、私から本を遠ざけていた。


「ええ!こんな大人の本、子供が読めないよ!」

私は男の子から本を取りあげようとする。

「僕は読めるんだよ!」


ピタッ。

私は、本を取り上げる手を止めた。

「嘘つき!!」

私は言う。

見た所、男の子は私と同じ歳くらいだった。

6歳でこんな難しい本は読めない。


「嘘じゃないよ!『帝国における精霊の魔力』って、この本のタイトルも読めるよ!」

本のタイトルを指差して男の子が言う。

「せーれーの?」

何だか分からないけど面白そうだと思った。


「わっ!ちょっと……待ってよ!」

私は男の子の手を引いてさっき見た花のところへ連れて行った。


「この花、私の住んでいる所では赤いの。でもここでは黄色いの。これって精霊の魔力のせいじゃない?その本に書いてない?」

私はワクワクして聞いてみた。


「それ……あるかも!」

男の子もワクワクしながら本をめくり始めた。


「四大精霊が関係してるのかな?……四大精霊は気候に影響を与え……、」

「…と言うわけで、西では風の影響が少ないのです、」

「ここは関係ないのかなぁ」


男の子が真剣に本を調べているのを、私は目を丸くしてみていた。


「ダメだ〜。全然わからないや〜」

「す、すごい!本当に読んでる!」

私は感心して言った。


「大人みたい!すごい!すごい!」

私が大騒ぎするから男のは照れたようだった。


「君だって絵本くらい読めるでしょ? ちょっと難しいだけで同じだよ」

と赤くなって言った。


「私、読めないよ」


そう言うと男の子は驚いた。

「投げて遊ぶ方が楽しいよ」

ニッコっと笑って言うと、男の子は呆れていた。


「そうか。読めないから投げるのか……」

なるほどと、一人納得していた。


「何歳なの?」

男の子に聞かれる。

「クレア、6歳だよ」

と、聞かれたら、いつものように名前と一緒に答える。


「あ、クレアちゃん……」

「僕は、アレ……、アイゼル・ハリエット、です。僕も6歳」

男の子も自己紹介してくれた。


「アイゼル? キレー。私ね、妹が生まれたの。それで名前をお母様が付けたの。私も付けてみたかったの。アイゼルって素敵な名前だから誰かに付けても良い?」

妹が出来てから憧れてた事が出来てワクワクする。


「いいけど、誰につけるの?」

「お人形とかぬいぐるみとか、犬とか!?」

いいアイデアだと思った。


「い、犬!?嫌だよ!人間にしてよ」

アイゼルは嫌がった。


「人間かぁ。落ちてないしなぁ。でも、アイゼルが言うなら赤ちゃんが生まれたら付けるね」

私は名付け先が決まって満足した。


「ねえ、あっちに行こうよ!」

またアイゼルの手を引く。


「でも、まださっきの花の事分かってない……!それにクレアちゃんも字の勉強した方が……」

「いいの!だってアイゼル全然本から見つけられないんだもん。今は遊ぼ!」


そうしてアイゼルを連れ回しているうちに1日が終わった。


「結局、花の事、調べる時間なかった……」

夕方の鐘が鳴ったら夕食と決まっていたので、

「アイゼル!またね」

アイゼルとは別れて自分の部屋に着替えに行く。


子供の遊び場だった部屋では子供達の食事はほぼ終わっていて、遅いと言われて一人で食べた。

後から、アイゼルも来ると思って居たのに来なかった。


次の日。

朝食も同じ場所だったけど、アイゼルはいなかった。


昨日と同じベンチに行くと、アイゼルが待っていた。

昨日の本も抱えていた。


「この花は辺境伯の邸宅でも見たけど、もっと白っぽい黄色だった気がするんだ」

会うなりそんなことを言う。


真剣に調べてくれているようだった。


「それより木登りしようよ」

私が言う。

「ダメだよ。クレアちゃん、6歳で字が読めないのはダメだよ。僕が教えてあげるから、終わったら遊ぼう」


アイゼルはそう言って、本の間に挟んでいた紙を出す。

ペンとインクはベンチに置いてあった。


私達はベンチの前で膝立ちになり、ベンチの上の紙に字を書いた。

「これが四大精霊のシルフだよ」

アイゼルは丁寧に教えてくれて、私は幾つかの文字を覚えた。


勉強の後は、紙やペンや本はベンチに置いて思いっきり遊んだ。

「この植物も、場所によって変わってる気がする」

そんな小さな発見もあった。


そんな日が何日か続いた。

相変わらず朝晩の食事でアイゼルを見かける事はなかった。

他の子と一緒になる事もあり、本を一緒に投げた男の子はすっかり女の子達の人気者になっていた。


昼も戻って食事をしてもいいけど、いつの間にかベンチにバスケットが置かれていて、アイゼルと一緒にサンドイッチを食べた。


バスケットはいつの間に片付けられて、気づいたらお茶とおやつに変わっている。

アイゼルが平然と食べていたから一緒に食べたけど、不思議だなぁと思っていた。


ある日の午後にかけっこをしてアイゼルを置いてベンチに戻ってくると男の子がいた。


ベンチを向いて何かしていた。

「何してるの?」

背中から声をかけると、飛び上がるほどに驚いていた。


「あなたが届けてくれてたの?」

男の子の後ろにバスケットがあった。

「は、はい」

男の子は答える。

「ありがとう!」


「クレアちゃん!」

アイゼルがやっと追いついてきた。

「この子が持ってきてくれてたんだよ!一緒に食べたよう!」


私はそう言って、男の子をベンチに座らせるとアイゼルと男の子の間に座った。

「う、うん……」

アイゼルは戸惑っているようだった。


「お友達なの?」

アイゼルと男の子に聞く。

「いいえ」

男の子が答えた。

友達じゃない子供の関係を私は知らなかった。


「何歳なの?」

男の子に聞く。

「7歳です……」

答えが返ってくる。


「じゃあお兄ちゃんなんだ。アイゼル」

と、私はアイゼルに向かって言う。

「お、兄ちゃん……?」

アイゼルはやっぱりまだ戸惑っていた。


それからお兄ちゃんも一緒に遊んで、夕方の鐘が鳴ると、二人にまたねと言って私は部屋に戻った。


けれど、お兄ちゃんにはもう会えなかった。

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