第9話 皇帝陛下のペンダント

皇帝陛下の赤ちゃん!?


今この城のアイゼルの部屋のベビーベッドで眠っているこの子が!?

皇帝陛下の赤ちゃん!?


皇帝陛下といえばこの大帝国を統べる方。

帝都に御座してこの国を導いている。


「ええ〜!!?」


ちょっと遅れて驚きの声を上げる。

妹の子が皇帝陛下の子?


『姉様、素敵な方に出会いました♡』

の素敵な人が皇帝陛下だったと言うの!?


噂通りなら皇帝は美青年で、妹が素敵な方だと思ってもおかしくないけど。


帝都では田舎娘が簡単に皇帝陛下に会えちゃうものなの?


ぽかーん。

私は本日何度目かのそんな顔をしていた。


「妹君が皇帝陛下と面識がないなら、クレア、君とこの子も無関係だろう」

アイゼルは構わず話を続ける。


「でも、この子を連れて来た女性がアリシアの、妹の子だと言ったのでしょう?」


誰の子供でもここに居る赤ちゃんを放ってはおけないけれど、妹の子だとなるともう少し複雑になる。


赤ちゃんの処遇はこの城の主人であるアイゼルが決める事だけど、妹の子なら血の繋がった私の発言権は強くなる。

何より、妹が姉を頼ったなら助けてあげたい。


「確かに彼女の言った事は無視できないが、君の妹君の子だと言う証拠はないんだ。詳しく話を聞いてみるより他ないが、彼女達は疲労で休ませているから、話を聞くのは夜になるだろう」


赤ちゃんを連れて来て女性と従者は相当疲労していたって、ミアが様子を聞きに行って教えてくれた通りだ。


たぶん、彼女達は夜中に馬を走らせて来たのだろう。

雨の中を赤ちゃんを連れて。

彼女たちには、そんなに急ぐ事情があったんだろうか?


妹の子と言うよりも、皇帝陛下の子であることが関係している?


なら、妹の子と言うのが間違いなのかもしれない。

皇帝陛下の子が妹の子であるはずがないもの……。


「アイゼル様は先ほどから皇帝陛下の名を出されていますけど、それも彼女達が言ったのですか?」

疑問を口にすると、アイゼルが一瞬たじろいだ気がした。


「いや、彼女達の口から皇帝陛下の名は出なかった」

「では、皇帝陛下の子と言うのが間違いなのではありませんか!?」

皇帝陛下の子でないのなら事の重大性が下がる。

私は少しだけ明るい気持ちになった。


けれど、

「使用人の前で皇帝陛下の名を出すのを憚ったのだろう。この子が皇帝陛下の血を引いているのは間違いない」

私の期待は打ち砕かれた。


「どうして分かるのですか?」


「赤ん坊が持っているこのペンダントは皇帝陛下の物だ。王家の紋章があり、この魔石の色は皇帝だけが込める事が出来る魔力の色だから間違いはない」


もう一度赤ちゃんを見る。

ベビーベッドの上には場違いな銀色の塊がある

鎖を結んだような銀色の塊の先は赤ちゃんの右手に握られおり、宝石が装飾されたペンダントトップがあった。

赤ちゃんがペンダントの鎖に絡まれないように結ばれているのだ。


握られた小さな指の間から見えるのは、宝石の上の精巧に細工された紋章で、皇帝陛下と皇族のみが使うことができるもののようだった。


これが皇帝の赤ちゃんだって証になるのかしら?


紋章は皇帝陛下以外にも使えるし、いくら禁止されていても、精巧に細工して偽造する事もできると思う。

やっぱり、これだけで皇帝陛下の赤ちゃんの証だとは言えない。


散りばめられた幾つかの宝石も魔力の込められた魔石で、強力な魔力が必要だけど、魔力の強いものになら作れそうだった。


ただ一つ、特別なのが紋章のドラゴンが握る特大の宝石だ。

普通の紫色に見えるが、見つめるほどに深く色を濃くしたかと思えば、明るく輝き赤や黄色、緑ととらえどころのない色に変化する。そして意識が宝石から離れると、またただの高貴な紫色に戻った。


この宝石が、見た事も聞いた事もない珍しいものなのは確かだった。


偽造も出来そうにないような気がする。

皇帝陛下には特別な力があって、特別な魔石を作れると聞いたことがある。

ただ私には、これが皇帝陛下の特別な魔力のこもった魔石なのか判別できなかった


アイゼルは辺境伯そのものでは無いけれど、辺境伯の息子として実質的な統治者となっているし、この国の貴族は全て皇帝陛下の家来でもある。

女性の私が知らないだけで、皇帝陛下の特別な魔石は貴族の男性なら誰でも知っているのかもしれない。


「でも、このペンダントが皇帝陛下の物でも、ただ頂いた物で、赤ちゃんが皇帝陛下の子供だとは…」


「このペンダントは、そんなに簡単に頂戴できるものではない。皇帝陛下の魔石はただの魔石では無いんだ。都市を一つ破壊できる様な強力な魔力が込められている」


「え?」

私はそんな恐ろしい物があった事に驚いた。


でも、今では魔力を持たないものでも魔法と同じように使える、魔石を使った道具は帝国中で使われている。

魔石への魔力の供給が尽きないのは皇帝陛下の力だと聞く。


辺境伯の領地だけでも広大なのに、さらに何倍もの領地を統べる皇帝陛下ならそれくらいの魔力を持っていても不思議ではないのかと思った。


けれど、そんな物がすぐ横で穏やかに眠る赤ちゃんに握られているなんて!


「それだけの魔力のこもった魔石だ。赤ん坊が使える様なものではないから安心するといい。使う者も、身に付ける者も選ぶ。皇帝の血を引くもの以外には扱えない」


この城ごと破壊される事は無さそうで安心する。


私も元々の魔力量が少なくて魔力を扱うのは苦手だ。

魔石から魔力を引き出せた事はなかった。


「触ってみるか? 触れば私の言った事が分かる」


赤ちゃんが持つペンダントの先の方に手を近づけると熱を感じた。

「あっ!」

そっと触れると思いがけない熱さに手を引っ込める。


「大丈夫か?」

アイゼルが私を心配してくれている。


「熱い……」

赤ちゃんが握れる様な熱さじゃない!


改めて触れてみる。

やっぱり熱すぎて長く触れている事が出来ずにサッと手を離した。


「皇帝陛下の血を引く者以外が触ると熱くて持てないのだ。それでも長く持てば、身体を焼き尽くされる」


ゾクっと身震いした。

恐ろしい話だったけど私を見つめてそんな事を話すアイゼルは少し誇らしそうにしている。


アレ?

どうだスゴいだろうと、オモチャを見せびらかす男の子の様な気がした。


アイゼルと結婚してから、こんなに長く一緒にいた事も、話したこともないから知らなかったけど、夫にはこんな一面もあるらしかった。


なんだか、可愛いと思った。


6年間のわだかまりが溶けてしまいそうな感覚。


でも、私は離婚を承諾する返事をするつもりだったのに━━!


皇帝陛下の赤ちゃんが何かを変えようとしている。

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