第5話 隠し子
アイゼルからの離婚の提案から、数日が経っていた。
最後通告の様なものだけど、あくまで提案だから、どうしたいのかは、私が自分で選んでいい。
でも、自分で選ぶ事が、私にとっては一番難しい。
私は悩んで、悩んで、悩んだ。
雨はグレンが教えてくれたように連日降り続いた。
城砦の外は昼でも暗く沈んでいる。
気は滅入るけど、部屋に閉じ込められる日々は悩むのにはちょうど良かった。
庭園には出れずにミアが用意してくれたお茶を部屋ですすりながら、味を感じないほど深く悩んでいた。
「クレア様……」
ミアが心配そうに見ている。
けど、悩んだ時間の大半は結局は同じ考えの堂々巡りだった。
適切な答えは知っているのに、私にそれを選ぶ事が出来ないだけ。
それを考えようとすると、ぎゅっと胸が締め付けられて、また最初の考えに戻る。
そして、続く雨の中で何日も悩んだ。
やっと、昨日の夜に心が決まった━━。
(アイゼルと離婚する!)
一筋の涙と共に決意する。
一度も私を顧みてくれない夫だったけれど、彼の気持ちは関係ないんだ。
私は自分の意思でアイゼルを好きなんだもの。
——それは、これからも変わらない。
だから、離婚してそばに居られなくてもいつでもアイゼルを想って、ただ幸せを願っていられる。
結婚してからの、冷遇された6年間も同じだった。
今と何も変わらない。
私は離婚しても変わらないから、だったらアイゼルを解放してあげなくてはいけない。
今朝は、起きて朝食を食べたらすぐにでもアイゼルに部屋に行き、決意を伝えようと思っていた。
——だと言うのに、
朝から聞こえて来る騒ぎで朝食はいつもの時間になっても部屋に届かなかった。
私は、アイゼルと向き合う時間が先延ばしになって、少しホッとしていた。
でも、やっと決意した気持ちが揺らいでしまいそうな気もした。
パタパタと騒動の様子を見に行っていたミアが戻って来る。
「大変です! クレア様!」
と言いながら、かなり慌てている。
でも、ついでに朝食も取ってきている。
「朝食の用意は出来ていたんですけど、こちらまで届けてくれる手が足りなかったんです」
言いながらミアは鮮やかな手付きで、素早くテーブルに朝食を並べて、グラスに牛乳を注ぐと、何があったか話し始める。
「女が赤ちゃんを連れてきたんですって!!」
「へ?」
騒動の原因は思いがけないものだった。
外は雨で朝だと言うのに夜明け前の様に真っ暗だった。
帝都からも遠く離れたこの城砦は、荒野ばかりの辺境の中でも特別に殺風景な所で、整備が行き届かない道も多く人が訪れる事も稀だった。
小さな村が近くにあるが、そこからの道も坂が多く女性が登ってくるだけでも半日はかかるのではないだろうか?
ましてや赤ちゃんを連れて、この天候である。
「従者の男性も一人お連れだったみたいですよ」
「それは、従者なしで女性がここまで来るのは無謀でしょうから…」
何処から来たのか、従者が居たとしても、やはりこの天候で赤ちゃんを連れては無謀だと思った。
「私は見れなかったんですが、みんなずぶ濡れで、使用人が総出でお風呂の用意や着替えの用意をしています。とても疲れた様子で食事より先に睡眠が必要だとか」
女性と赤ちゃんの哀れな様子に胸が痛む。
「旦那様が指示して、乗ってきた馬も馬小屋で休ませていましたよ」
馬ならずっと早いけど、揺れがキツく、多少慣れた私も馬車でもあまり通りたくない道だ。
従者と女性だけならまだしも、馬に赤ちゃんを連れて三人でここまで来るのはもっと大変だろう。
しかも、大粒の雨が降っている。
私はテーブルの横の椅子に座り、ミアの用意してくれた朝食のパンを食べながら彼女たちの身の上を思う。
今はいつもの朝食の時間よりかなり遅れていた。
喧騒が聞こえてきた頃を思い出すと、城に女性と赤ちゃんがついたのは朝食より早い時間だった。
そんな時間に訪ねて来るだけでもただ事ではない。
その主が、女性と赤ちゃんと言うのは一体何があったんだろう……!?
「赤ちゃんを連れた女性がこんな時間に訪ねて来るなんて、どうしたのかしら? ……心配ね」
ミルクを飲み込んだ後に、そんな素朴な疑問を呟くとミアが呆れた顔をむけて来た。
心底バカにする様な顔。
ムっ。
ミアの事は姉の様に思っているけど、主人にこの顔はなんだか酷い。
「え? 何?」
意味がわからず慌てて聞き返す。
ミアはやはり心底呆れた顔をしていた。
「ミアは冷たいわ。赤ちゃんと女性の事が心配じゃないの!?」
抗議してみる。
けれどミアの呆れ顔は変わらなかった。
私がプリプリとちょっと不機嫌になると、
「あのですね、クレア様」
とミアが落ち着いて話し始める。
「クレア様は離婚を切り出されたんですよ。その夫の所に女が訪ねて来た。しかも赤ちゃんを連れて!コレはもうアレっきゃないでしょ!!」
話出すとミアから落ち着きが消えて、なんだかとんでもない剣幕になっていた。
?
それでも私はピンときていなかった。
「アレって…?」
私は、ミアに恐る恐る聞いてみる。
みんなが当たり前に思いつくものがあるような口ぶりだけど、私は全然全く思いつかない。
はあ。
大きなため息をついてミアが呆れている。
「これだからウチのご主人様は……、まあそこが可愛い所何なんですけどね」
と、またいつものお小言が始まる予感がした。
自分で答えを出そうと、うーん? と考えていると、ずいっと目の前に立ったミアが真面目な顔をして言う。
「こう言う場合、考えられるのは一つじゃありませんか!」
「アイゼル様の隠し子ですよ!か・く・し・ご!」
「え?」
ぽかーん。
思いもよらない言葉に脳が停止して言葉が入って来ない。
「か・く・し・ご!」
もう一度、ミアが言う。
数秒後、やっと言葉を飲み込む。
隠し子、世間に隠された子。
正妻以外の子。
庶子。
意味を理解する。
けれどもまだ繋がらない。
アイゼルと隠し子。
何故?
正妻の私には子供がいない。
アイゼルは後継を期待されている。
そこに、ちょうど赤ちゃんが現れる。
じゃあ、母親は誰?
雨に中で従者を一人だけ連れた、女性と赤ちゃん——。
足元から突き上げられるような衝撃があった。
「か、隠し子〜!!」
やっと全てが繋がり、私は思わず叫んだ。
理解した私を、ミアが満足そうな顔をして見ていた。
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