第3話 離婚の提案
1ヶ月ぶりに城砦に戻ったアイゼルが、戻るなり私を自分の自室に呼び出した。
滅多にない事だった。
いや、初めての出来事だった。
いつもアイゼルが外に出かける時に一緒の側近のうちの一人が私を呼びにやって来た。
いつも出かけているから、アイゼルの側近とはアイゼル同様に接する機会も少ないけれど、このギリアムとは一番よく話す機会があった。
背は高いけど温厚で優しそうだから、私への連絡の雑用をさせられてるのかも知れない。
それから、ギリアムは植物が好きらしく、用事がない時でも庭園でよく会った
荒れた土地で城砦の周りは花や植物も少ないけど、庭園だけは庭師が一生懸命に手入れした花たちが一年中咲きほこり、城砦の者達の心を慰めていた。
特に私とミアは辺境の地から離れた緑豊かな土地からやって来たから、精霊の魔力に触れられる植物の多い庭園には天気が良ければいつも出かけていた。
「こんにちは、ギリアム」
「こんにちは、クレア様」
会えばそんな程度の挨拶を交わす関係になっていた。
「ギリアム様って旦那様とは小さな頃から一緒だったんですって。私とクレア様みたいですね」
ミアの方はいつの間にかかなり話せる関係になっていた。
無口そうギリアムからどうやってそんな事を聞き出しているのか。
一方的に質問攻めにしているような気がしてちょっとギリアムが可哀想だった。
でも、アイゼルが何処に行っていたとか仕事の様子を、少しだけど知ることが出来た。
私はほとんど挨拶するだけだったけれど、またアイゼルの様子を聞けると思うとギリアムに会える事が嬉しくて、会うといつも心から微笑んだ。
ギリアムもいつも優しい微笑みを返してくれた。
——いつだったか、一度だけミアがギリアムを強引に庭園でのお茶会に招いた事があった。
お茶会と言っても、天気のいい日のいつものおやつの時間なだけなんだけど、一杯の紅茶とクッキーの代わりにギリアムはミアに質問攻めにされていた。
ギリアムは嫌な顔もせずに紳士的な態度で穏やかに答えていた。
「そうですね。アイゼル様は猫派ですね」
などどうでもいい内容なのだけど、私はどんな些細なことでもアイゼルの事が知れただけで表には出さないけれど内心とても喜んだ。
でも、ミアは、
「良かったですね〜」
とニアニア笑いを向けてくる。
ギリアムもそんな私の内心に気づいたらしく、少し憐れむような優しい微笑みを見せた。
「ギリアムー!」
探す声が聞こえた。
「アイゼル様」
そう言って立ち上がり、ギリアムが私達に礼を述べるとお茶会は唐突に終わった。
ギリアムを探していたアイゼルは私に気付くと怖い顔で睨んだけでだけで、ギリアムを連れて行ってしまった。
ちょっと側近の人と話しただけなのに。
さっきまでの楽しい気持ちが一気に重くなる。
でも、アイゼルが私を見た。
「なんなんですか!? あの態度はー!!? 仮にもあなたの奥さんでしょうがー!!!」
ミアが代わりに激しく怒ってくてたので、すぐに気持ちが落ち着いて、
「まだお茶も残っているしお茶会の続きをしましょう」
と楽しく再開した。
「城砦に住みついてる猫が居るけど、飼っている猫だったのかしら?」
「あのねー、クレア様ァ、……はぁ」
そんなギリアムに連れて来られて、私は夫アイゼルの部屋の前にいた。
滅多に来ることのない所で、呼ばれたからってロマンチックな事が起こるわけではなかった。
不穏な予感が胸に広がる。
「やあ、クレア様」
そう呼び止められて振り返るとアイゼルの友人の貴族の公子がいた。
「グレン様、来ていらっしゃったんですね。ご挨拶に伺わずに申し訳ありません」
訪ねる人のいない城だけれど、アイゼルの友人だけは別で、何人かがたまに遊びに来られた。
私とアイゼルの冷え切った夫婦関係は彼らには隠しているけど、グレン様には知られている。
「さっきアイゼルと着いたばかりですよ。精霊の恵み豊かなこの土地の雨に降られてしまいましたよ。聞いた所によると長く降るそうですよ」
城砦にもアイゼルたちの後を追うように雨が届いた。
また雨が降るのね。
不穏な予感が強くなる。
でも、気さくに話しかけてくださるこの公子が私は好きだった。
アイゼルに会う前にグレンに会えて、少しホッとする。
「グレン様」
とギリアムが割って入る。
「ごめんなさい。グレン様。お話ししたいけどアイゼルに呼ばれているんです」
「知っています。大丈夫だから、ね」
グレン様がニッコリと笑って言った。
?
私は意味がわからないままにギリアムが開いてくれた扉からアイゼルの部屋に入って行った。
アイゼルは部屋の中央に立っていた。
相変わらずうっとりするほど美しい佇まいだ。
グレン様がアイゼルと帰って来て雨に降られたと言っていたが、着替えていないようでアイゼルの髪も服もまだ濡れていた。
グレンもギリアムも、一緒だった2人に着替える時間はあったのに。
胸がざわめきく。
ギリアムによって扉が閉められた。
二人きりの部屋で何も話さないアイゼルの沈黙が気まずかった。
アイゼルの部屋は豪華な装飾のベッドやソファがあるけれど、あまり生活感がない。
それもそのはずで、アイゼルは滅多にここへは帰ってこないし、帰って来ても自室の隣に繋がった執務室で仕事をしているようだった。
部屋の窓はしっかり閉まっているけどさっき降り出した雨が激しさを増して、ガラスをしきりに打ちつけている。
昼だと言うのに外は真っ暗だった。昼の照明のままの部屋も薄暗かった。
「単刀直入に言う。呼んだのはクレア、君の今後についてだ」
アイゼルが唐突に話し始める。
いつもは遠くから聞こえるだけの声が、すぐ側から聞こえてくる。
心地よい声に、内容を理解するのが遅れる。
「え?」
思いがけない話だった。
「これから私と君の関係が良くなる事はない」
そうきっぱりと私の夫が言った。
「……!」
それは……、私も感じていた……。
ただ、見ないようにしていただけ。
はっきりと現実を夫から突きつけられてしまった。
何か言おうとするけど、空気をはむばかりで言葉が出てこない。
「それで君はどうしたい?」
アイゼルが冷たい目で告げる。
それは、離婚の通告ではなく提案だった。
『丈夫だから、ね』
グレンが言っていたのはこの事?
でも、どこが大丈夫なの!?
後で返事が欲しいと、私は部屋を出された。
それは、あくまで提案であったけれど、アイゼルが離婚したがっているのは明白だ。
力に抜けた身体で、鼓動が大きく早くなる。
止まらずに続いてるのが不思議だった。
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