第28話:偏執の忠誠、闇を穿つ清浄なる雨。

 月明かりが鈍く陰る夜。

 光の無い虚ろな瞳を見開き、リゼッタをにらむアンデット。


「リゼッタ…。裏ギリモノ。排除シロ。…言ワレタ」

「ふうーん」


 リゼッタは、その言葉に余裕の笑みを浮かべる。


「それにしては、役不足もいいとこだな。寄りによって、『お前』が私の相手とか……笑わせる」


 アンデットは、まるで感情のない機械のように、すぐにリゼッタへと詰め寄る。

 リゼッタは躊躇ちゅうちょなく、召喚した血の剣でアンデットの腕を斬り伏せた。

 ガキン! と、骨を砕くような音が響く。

 だが、斬り飛ばされた腕は、瞬時に黒い靄と共に再生していく。


「あれ…?」


 予想外の再生力に、リゼッタはわずかに眉を上げた。

 それでも、その表情から余裕は消えない。


「排除」


 アンデットは、両手の爪を長く鋭く伸ばすと、リゼッタを斬り裂こうと再び距離を詰める。

 血の剣と鋭利な爪が激しく撃ち合う。

 月明かりが再び雲間から差し込み、反射する両者の刃が、美しく冷たく光った。

 アンデットは感情なく「排除」と繰り返す。


 ガキィーン!!


 一際大きな金属音が響き渡り、アンデットの全ての爪が根本から斬り飛ばされる。


「?!」

「飽きた。……もう消えろ」


 リゼッタはニヤリと、獲物を捕らえた獣のようにわらう。


「絶望を味わえ! 地にいつくばらせ、泥をすすり、最期は地獄をせてやる…!」


 雲が完全に開き、美しい月がその姿を現す。

 その月を背に、リゼッタは人差し指を天に掲げた。


「【ブラッド・レイン】」


 リゼッタが静かに呟くと、真紅の雨が降り始めた。

 それは、針のように鋭い形状を保ち、音もなく一気にアンデットに襲いかかる。

 アンデットは、再び爪を伸ばして牽制けんせいしようとする。だが……


「う…グっ…?!」


 急に膝を打ち、前屈みになった。

リゼッタはニヤリと、満足げにわらう。

 容赦なく降り注ぐ針の雨は、アンデットの体を凄まじい勢いで崩壊させていく。


「ナ…なん……デ…ッ…」


 アンデットは、自身の体が溶けていく異変に、光のない瞳を大きく見開いた。

 そして、消えゆく意識の中で、その原因を呟く。


「太……陽…ノ…………光?!」


 音もなく、アンデットは灰となり、風に散った。

 リゼッタの放つ『血の雨ブラッドレイン』には、決して相容れない筈の『聖なる力』が、宿っていた。

 あるじである、響夜の『聖なる血』を、定期的に取り込んでいたリゼッタは、彼女の血、そのものが、最早闇に生きるものにとっての『毒』であり『反属性』となっていた。


「私の血は、あの御方おかた敬愛けいあいなる御力添おちからぞえにより、生まれ変わった…。けがれた貴様が触れることすら許されない…!清浄なる至高しこうの血……! 蛆虫うじむしが!光栄に思え!あの御方の血の力で、塵芥ちりあくたと化すことが出来たのだから…!」


 もはや狂気に近い程の響夜きょうやへの偏執的へんしつてき信仰しんこう

 興奮気味のリゼッタは、暫く月明かりを掻き消すかの如く、その場でケタケタと、わらい続けた。

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