第26話:岩壁に潜む影、予測不能な奇襲。

 壁となっていた低級魔族が、1体も見当たらなくなった。

 同時に響夜きょうやは『加速魔法』を解く。

 冷たい夜の谷に、軽く荒い息が白く溶けた。

 肌に粟立つような異様な気配。

 周りは巨大な岩壁に挟まれた谷。

 その静寂が、かえって気配を際立たせる。


 (――ッ!…下から…!)


 響夜きょうや刹那せつなに地面をり、斜め上方へ急加速した。

 直後、彼の真下から巨大な岩の塊が唸りを上げて飛び出す。

 巨人の掌のように響夜を鷲掴わしづかみにしようと空をいた。

 しかし、その岩の手をかわした先、着地地点を狙うかのように、再び別の岩の手が地面を突き破る。


「…ッ!」


 響夜きょうやは迷わず腰の剣を閃光のように抜き放つ。

 切っ先が迫りくる岩の掌を袈裟懸けさがけに切り裂いた。

 轟音と共に、岩の破片が四方へ弾け飛び散り、また地面へ沈んでいく。


(なるほど…!そういうことか……!)


 響夜は敵の狙いを悟る。

 その時、脳裏にあの声が響いた。




『コレ使って!』

 屈託ない笑顔で、ラジアナが響夜きょうやに剣を差し出す。


『まさか、もう完成したの!?』

『違う違う!これは試作品だ!とーちゃんと作ったんだー!』

『流石、早いね…』

『キョウヤの『魔法剣』見て、閃いたんだ!コレ、キョウヤの魔力と相性いい筈だから、取り敢えず試してみて!』

『…うーん。でも…壊しちゃったら……』

『なにいってんだ!壊していいんだよ!』

『?』

『剣のダメージが判ったら、更に性能に磨きがかかる。次に作る剣はもっと強くなる!』

『…!』

『試作品なんだから、遠慮なんかすんなよ、キョウヤ!』



 ブッ壊せ!!



 ドゴォォン!! と。

 先ほどよりも遥かに凄まじい轟音ごうおんが響き渡る。

 響夜きょうやの剣が岩の巨手を両断し、巨大な破片はへんが激しく降り注いだ。

 砕かれ落ちる岩壁の隙間。

 その一瞬の『違和感』を、響夜は見逃さなかった。


「そこだ!」


 迷いなく、岩をも貫く素早い突きの一閃。

 彼の剣が、岩の奥に隠れていた小さな人形のようなものをとらえ、激しく貫いた。


 (コイツが本体…!)


 確かな手応えを感じた、その瞬間だった。


「はーーずれッ!」

「!?」


 響夜の剣に貫かれながらも、岩人形はまるで嘲笑あざわうかのように、いやらしくわらった。

 直後、背筋に悪寒が走る。

 背後から、地を這うような音と共に巨大な岩の槍が伸びてきたのだ。


(!!)


 響夜きょうや咄嗟とっさに体を大きくひねり、空中で回避行動を取る。

 だが、奇襲きしゅうは完璧にはけきれず、かすめるように軽く脇腹をえぐられる。


 「……く…ッ」


 熱い痛みが走る。


「ざーーんねん!」


 先程貫いたはずの岩人形が、ケタケタと耳障りな笑い声を上げながら、楽しげに踊り出した。


「……ッ」


 痛みに顔を歪めながらも、響夜は岩人形を見据える。


「くふふふふ…。痛い?痛い?」


 子供をからかうように踊り、あおる。

 岩人形はバッ、と両手を広げた。

 呼応こおうするように、左右の岩肌がゴゴゴ…と低く唸り、再び巨大な岩の手が響夜きょうやを挟み撃ちにしようと襲いかかる。

 岩人形がぱちん!と、両手を合わせた。

 次の瞬間、巨大な岩の手が響夜を挟んだ形で捕らえる。


 ____筈だった。


 響夜は、予測を上回る素早い回避で、間一髪その挟み込みから逃れる。

 体勢を空中で整え、巧みに岩の攻撃を避け続ける。


「はっはっはー!いつまで避け続けられるかなぁー?その玩具ガラクタが壊れるのが先か、お前が潰れるのが先か!」


「ちッ…!」


 響夜きょうやは面倒臭そうに舌打ちをした。

 その顔には、苛立ちと警戒がにじむ。

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