第55話─初邂逅
ワイワイ……ガヤガヤ……
夏休みの国立競技場は人がごった返し、僕はその場から一歩も進めない状況に陥っていた。
「まずい……間に合うかな?」
少し焦った気持ちになりながら、その人混みの中で僕─北条ヒカル─はひとりごちる。
このままじゃ試合開始に間に合いそうもない。
ならば────!
「失礼します…!失礼します…!」
そう言い残し、申し訳ないと思いながらも他人の身体を押すことで人混みの中を進んでいく。
そうやって無理くり進んだことで僕はようやく『武闘祭』の受付にたどり着くことができた。
「──はい。チケット確認しました。『武闘祭』をお楽しみください。」
「ありがとうございます。」
受付のお姉さんから笑顔と共にチケットが返却され、僕はそれを受け取って競技場へ入場する。
競技場の中も相変わらず人がたくさんいたが、競技場の外よりかは少なく、比較的スイスイと進むことができた。
「えっーと、確か皆は……」
スマホで皆と交わしたメッセージの履歴を確認しながら競技場の中を移動する。
番号的にはこのあたりのはずなんだけど……
「あっ……いた…!」
待ち合わせている皆の姿を発見し、僕はそちらに近づく。
「おーい」と手を振りながら小走りで寄っていくと、どうやらあちら側も僕が来たことに気づいてくれたようだった。
「ごめん……遅れた……!」
皆はとっくに集合し終わっており、一番後に来た僕は開口一番で皆に謝罪する。
「大丈夫ですよ。まだ試合も始まってませんし。」
「ギリギリセーフ。」
「あはは…間に合ってよかったね!」
そう言って僕の遅刻を許してくれたのは西園寺テルネ・金剛ルナ・椿ボタンのいつもの三人。
僕達は今回この国立競技場へ『武闘祭』の観戦に来ていた。
本来ならこの国の大人気なイベントである『武闘祭』の現地観戦チケットは簡単に手に入るものではないが、テルネのお姉さんのテルマさんが『武闘祭』に出場するとのことで、出場選出が持つ数人分の招待枠を僕達に回してくれたらしい。
ありがたい……!テルマさんには感謝してもしきれないな……!
それもこれも『陰陽大祭』でいい試合を見せてくれたからとかテルマさんが言っていたらしいが、それでここまでしてくれるなら『陰陽大祭』を頑張った甲斐があったというものである。
僕も毎年テレビでは視聴していたけれど、現地での観戦は初めてでありとても楽しみにしていた。
だから今朝目覚ましが壊れてて寝坊したと気づいた時はすごく焦ったけど……
まぁなんにせよ開始の時刻に間に合ったのだから良かった。
──ポン…ポンポン……
『陰陽大祭』の時と同じように、快晴な青空に軽快な昼玉の音が響き大会の開始を知らせる。
『───ただいまより第156回『武闘祭』を開始いたします。』
それにアナウンスが続き、とうとう始まるぞと観客席のボルテージもぐんぐんと上昇していく。
「いよいよだね。」
「楽しみ。」
テルネはいつも通り落ち着いた様子を見せているが、ルナとボタンはテンションが上がりきっておりワクワクが隠せていない。
ルナに至っては既に会場の売店で売られているグッズを身につけてお祭り気分に浸る始末だ。
そんな光景を微笑ましいと思いつつ、自分自身も少なからず普段より興奮しているため人のことは言えない。
「テルネのお姉さんは何試合目に出場するの?」
僕達の学園からも何人か『武闘祭』に出るらしいからそれの応援を全力でするつもりではあるが、今年の僕達のメインはテルネのお姉さんであるテルマさんの試合を見届けることだ。
だが、僕は今朝遅刻したということもあって、急いでいたからトイレにいく時間もなく少し便意を催していた。
だからその試合の前に少しトイレに行きたいのだけれど……
「お姉さまの出番は確か……一時間後くらいですね。」
テルネがそう手元の冊子を確認しながら僕に教えてくれる。
良かった。それなら十分時間がありそうだ。
「ありがとう。じゃあ僕ちょっとトイレ行ってくるね。」
僕は軽く離席することを皆に伝え席を離れようとする。
「大の方?小の方?」
ルナが真顔でそんなことを聞いてくるが、僕はそれを「あはは…」と愛想笑いで誤魔化してそのまま席を立つ。
「ルナちゃん…女の子がそんなこと言っちゃいけないよ……。」
ボタンがすかさずルナに小言を言う。
本当だよ。反応に困るんだから。
相変わらず賑やかなメンバーだなと思いながら僕は皆の元を離れた。
──────────
─────
ジャーー
トイレを流し、脱いでいたズボンのベルトを締める。
混んでいると思われたトイレだったが、これを見越して競技場にはトイレが複数個所に設置されており、比較的短い時間で済ませることができた。
「ふぅ~。」
と呟きながらトイレを済ませた僕が個室の外に出て「これなら第一試合の開始にも間に合うな」と思っていた時だった。
『───────────!』
『──────?』
トイレの外から何か言い合っているような声が聞こえてくる。
どうやら激しい口論になっているようで、僕は「あまり騒ぎを起こしてほしくないな……」と思いながら濡れた手をハンカチで拭きトイレの外に出る。
──するとそこには見知った顔の人物が一人いた。
「なぁいい加減落ち着いてくれへん?ウチも暇じゃないんよ。」
そう相手をなだめるように言うのは、僕達が通う学園の生徒会長を務める京極ナツメ先輩。
どうやらナツメ先輩は相手に因縁をつけられているようでそれに困った顔をしながら対応していた。
ナツメ先輩もテルネのお姉さんと同じで『武闘祭』に出場する選手の一人だ。だからこそこんな所で油を売っている暇はないと思うんだけど……
と、そんな風に僕が予想外の人物との出会いに驚いていると、ナツメ先輩と目が合い僕もその騒動に巻き込まれる事となった。
「あっ───」
ナツメ先輩が、ちょうどいい所にといった様子で嬉々とした表情を浮かべる。
しまった。そう思った時には全てが遅い。
「──君確かヒカル君やんね?なぁ見ての通り…ウチ今変な人に絡まれてんねんけど助けてくれへん?」
案の定、面倒事をこちらに押し付けることができると思ったのか嬉しそうに僕に話しかけてくる京極ナツメ先輩。
ああ……もう……!
面倒だな。とは思いつつも学園の先輩─それも生徒会長─に話しかけられてまさか無視するわけにはいかず、僕は諦めて話を聞くことにした。
「……何かありましたか?先輩が困っているようなので止めてほしいんですけど……。」
そう僕はナツメ先輩の向かい側にいる男の人に声を掛ける。
その男の人はナツメ先輩を詰めるのを止め、次の標的だと言わんばかりにギラギラした目を僕に向けてきた。
年齢と身長は僕と同じくらい……髪色は黒でこれと言った外見の特徴はないが、目つきが特に悪く不機嫌そうな怖い顔が印象的だった。
「何かあったか……だと?あぁ勿論あったさ。この女には自分の才能にかまけて努力を怠った罪がある。」
男の人は突然そのような意味不明な言葉を言う。
はて?
何のことだ?と僕はチラとナツメ先輩の方に目線を向けるが、当の本人であるナツメ先輩も心あたりがないのか肩をすくめお手上げな様子である。
まったく……めちゃくちゃ厄介そうな案件じゃないですか……!
「努力を怠った……ですか?僕自身先輩の全てを知っているわけではないですけど、何かと忙しい学園での生活に加えて生徒会長の業務までこなしておられるのでそんなことはないと思いますが……。」
少しうんざりしつつもとりあえず僕は自分の思ったことを素直に伝えてみることにした。
「生徒会の業務……だと?それが邪魔なんじゃないか?才能ある者は己の才能を磨くことだけに専念しなければならない。」
この男の人はナツメ先輩が生徒会の業務を頑張っていることを認めないのか?
なんだが納得いかないなぁ……と僕が思っていると男が続けて言う。
「その点この京極ナツメとやらは類まれなるポテンシャルを持っているにも関わらず先日の『陰陽大祭』で敗北するという失態を犯した。」
どうやらこの男の人は『陰陽大祭』でナツメ先輩が敗北したことが許せないらしく、それを本人の努力不足だと憤っているらしい。
ナツメ先輩の厄介ファンかな?
ファンとアンチは紙一重だとは聞いたことがあるけどまさかこの目で本物を見ることになるとは思いもしなかった。
人気者のナツメ先輩にもこんな苦労があったんだなぁ……。
「お言葉ですけど…『陰陽大祭』の件でしたらナツメ先輩が悪いというよりアラタ先生が一枚上手だったと考える方がいいんじゃないですか?」
ピクッ
僕のその言葉に男が反応する。
僕はアラタ先生の名前を出して目の前の男に反論するが、それがいけなかったのか男は顔色を一変させ嬉しそうな表情になる。
「弥勒院アラタ……たしかにあいつは素晴らしい。真に闘争を理解している数少ない魔法師の一人だ。」
変なスイッチを押してしまったのか、ペラペラとアラタ先生について語り始める目の前の男。
「学生の時も素晴らしかったが、特に今年の『陰陽大祭』での指揮が素晴らしい……。勝つためなら何でもする。相手を欺くし、ルールの穴も突く。………まさしく正道の魔法師の在り方だ。」
僕は「何か始まった……」とナツメ先輩と目を合わせどうしようかと目線で相談する。
ナツメ先輩も大概アラタ先生のファンだが、この目の前の男はそれ以上の厄介ファンだ。
男の話は止まる気配がない。その上話の中で時々「いつか絶対超えてやる」とか「首を洗って待っていろ」などと発言している。
荒唐無稽なことを……と僕は思わないでもないが、しかし男のその熱量は本物で、ギラギラしたその目とその話しぶりからは「強くなりたい」という純粋な気持ちがひしひしと感じられた。
そしてそこで初めて、僕は目の前の男が「強さ」に恋い焦がれただ純粋に力を渇望しているだけの若者なんだと理解できた。
だからこそこの男は自分に人一倍厳しく、その分他人にも強く当たってしまうのだと思った。
そしてその溢れんばかりの向上心には僕も真似しないとなとそう思う。
「………ねぇ。君は何て名前なの?」
僕は気づいた時には男の名前を尋ねていた。
今ここで聞かなければならない──と何らかの強迫観念が働いているかのようだった。
一瞬驚いたような表情を見せた男だったが、すぐさまいつも通りの不機嫌そうな表情に戻り簡潔に答えた。
「
イカリ……イカリ君か。よし覚えた。
僕には何故かこのイカリと名乗る人物と今後も関わりを持つという確信があり、他人のように思えなかった。
だから僕はもっとイカリ君のことについて知ろうとして───
「ねぇ──」
僕はそうイカリ君に話しかけたのだが、その言葉は突然この競技場のスタッフがここに走ってきたことで途切れてしまう。
「鬼怒川さん!鬼怒川イカリさん!」
数人の競技場スタッフはバタバタと足音を鳴らしながら息を切らせて僕達の下へ現れた。
どうやら鬼怒川イカリ君がお目当てのようだが…
「ハァ……ここにいましたか……ゼェ……。」
大分疲れている様子からスタッフの人達がこの会場中を走り回っていたことが分かった。
そこまでしてイカリ君にわざわざ何の用だろうか?
「早くこちらにきてください!一回戦の第一試合は貴方の番ですよ!」
スタッフは少し怒ったようにイカリ君に向かってそう告げる。
えっ……それって……。
「む。そういえばそうだったな。」
本当に忘れていたかのような表情をしたイカリ君は、「ではな。」とそう言い残し競技場スタッフと共にこの場を去っていく。
え!?その口ぶりだと……本当にイカリ君は『武闘祭』の出場選出なの!?
「え。あいつ選手やったん?」
ナツメ先輩もまさかの事態に驚いているようだ。
『武闘祭』には推薦枠と予選通過による出場枠があり、ナツメ先輩や西園寺テルマ先輩は去年、一昨年と学園で目覚ましい成果を残しているから推薦枠での出場となるが、推薦枠に入り込むには高い実力だけでなくそれが認められるだけの知名度が必要となる。
だから必然的に推薦枠には名家出身の子供たちが多くなるのだが……まぁこの話は置いといて…
僕もナツメ先輩も鬼怒川イカリ君のことを知らなかった。鬼怒川という名字もあまり聞いたことがないから名家の類ではないだろう。
……だとしたらイカリ君は予選通過による出場枠を獲得したことになる。
見たところ僕と同じ高校一年生なのにも関わらず既に予選を突破して『武闘祭』に出場するだけの実力があるなんて……
推薦枠での出場も難しいが、それ以上に予選を通過することが難しい。
実力は勿論、連戦になるため『陰陽大祭』の時のように体力の配分も自分で考えなければいけない。
「なんや……口だけかと思ったら案外すごい奴やったな。」
「そうですね……。」
現時点で僕が鬼怒川イカリ君に劣っていることは言うまでもない。
僕自身、同い年の同級生の中では結構実力が上の方だと思っていたけど……
なんだが天狗になっていた鼻をへし折ってくれたような気分だ。
───鬼怒川イカリという思わぬライバルとの邂逅に僕は気持ちが高鳴っていた。
──────────────────────
ここにきて新キャラの登場です。
本作では珍しい男の主要キャラで、主人公のライバルポジになるのかな?
ライバルキャラと言えば昨今はクール系が多いですが、主人公が優男な感じなので真逆にギラギラとした性格にしました。
今後の鬼怒川イカリ君の活躍を乞うご期待下さい。
★と♡とフォローたくさん欲しいです。
ps.買い溜めした食材を友達にほとんど食い尽くされました……
主人公が通う学園の教師キャラに転生したから、万全の準備をもって原作を見守りたい…!! 羊飼い @fujiyomufuji
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