第35話─教育的指導


ザワザワ…ザワザワ…



400人程度の生徒が学園にある訓練場の一つに集まり愚痴や不満をこぼしていた。



「おい…『黄陣営』の作戦会議って意味あるのか?俺らの負けは決まったようなもんだろ?」



「ああ…俺らにできることっていったらできるだけ無様な様を世間に晒さないようにすることだけだな。」



集まった生徒達の中からそのようなネガティブな声が口々に聞こえてくる。



どうやら一部のクラスや生徒を除いて『黄陣営』の士気はかなり低い状態にあるようだ。



生徒の実力が他陣営に劣っていることも問題だが、生徒のやる気がないこの状況も中々問題だな。




現在は学園から各陣営に与えられた訓練用のフィールドに『黄陣営』の全生徒を作戦会議という名目で集めた所で、これからこの陣営の指揮を執ることになった俺─弥勒院アラタ─が挨拶をしなければなならない。



「アラタ先生。マイクです。」



俺が生徒達の前に立つために簡易的に設置されたお立ち台のようなちょっとした段差に向かって歩いていると、同じ陣営の先生が俺に気を使ってマイクを差し出してきた。



「ありがとうございます。ですが、使いません。」



「えっ。」



笑顔で差し出されたマイクの受け取りを拒否する。



気持ちはありがたく受け取るがマイクは使わない。生徒にインパクトを残すためにあえて自前の声だけで勝負する。



そして、俺は台の上に到着し生徒達の様子をじっくりと観察していた



「おいあれ…噂の弥勒院家の当主だぜ。本人は強いらしいけど俺らのことはどうすることもできないよなぁ。」



「そうだなぁ。」



俺が台の上にたったことで生徒達より頭が高くなり注目を浴びる。もう少し視線が集まってから始めるか。



少しずつ生徒達の声が小さくなってきた。俺が何か喋り始めることを察しているのだろう。



ふぅ……。よし、こんなもんだろ。







「全 員 注 目 ! !」







ビリビリビリッ……



空気の震えが肌で感じられる程の大声で生徒達に向かって語りかける。



あまりの大きな声に何人かの生徒は思わず耳を塞ぐ。俺の一声で空気が変わったことに気づき生徒達は息をのみ俺の言葉に耳を傾ける。



この日のために大きな声を出す練習をしてきた。抜かりはない。



「さっきから話を聞いていれば…勝てるわけがないだの、俺らは負けるだの……くだらないことばかりだ……!」



あえて普段よりも強い口調でビシッとした空気感を作る。



「せっかく…お前たちを見下す奴らに下剋上を果たす機会が来たというのに……情けない……!」



今必要なのは理路整然とした説明ではない。生徒達の感情に熱く訴えかける演説だ。



「誰が決めた……お前らが負けることを……!?誰が決めた……お前らが勝てないということを……!?戦う前から諦めてどうする…諦めたらそこで試合終了だろう………!」



途中で有名なあの名言を混ぜ込むことで説得力が上昇する。あなたの言葉を使わせていただきます安◯先生。



「あえて言おう……!君達は勝てる…と。あえて言おう……!むしろ他陣営は我々の陣営を警戒していない分一番勝つ見込みがある……と!」



勝てる。その言葉を聞いた瞬間生徒達の目が変わる。本当に皆を見返すことができるかもしれないと思い始めている。



しかし、まだ半信半疑だ。勝てるなんて言うだけなら誰でもできる。本当にそんなことができるのか、その確証が欲しいのだろう。



ああ…魅せてやるよ。お望み通り…な。



「弥勒院家当主である弥勒院アラタはここに宣言する!お前たちの勝利をここに約束すると!!」



「!!」



皆一様に驚愕の表情を浮かべている。



横で俺の話を聞いているテンカに限っては思わず口をあんぐりと開けてしまうほどだ。



確かに大分と常識外れのことではあるがこれが一番効果的であると判断した。



俺がしたのは家名を持ち出しての宣誓。それも名家である弥勒院家の、である。



社会的な地位や権力を保有する名家として認められた家の当主はここぞと言う時に『宣言』を発動することができる。魔法師が社会においても強い影響を及ぼしていることで、名家に数えられる魔法師の家はある種の独立した権限を有しているのだ。



簡単に言うと『宣言』は国の外交大使や国の長の言葉くらい重く受け止められる。公の場でそのような国の重要人物が発言したのならそれには大きな責任が発生するのは想像に固くないだろう。



これは名家の魔法師とてそうやすやすとしてはいけないもので、一定の覚悟や態度を示す時に行われるのだが、ここで俺が『宣言』してみせたことで俺の覚悟を生徒達に伝えることができる。



「お、おい…弥勒院による『宣言』だぞ…。」



「なら本当に俺達は勝てるのか……?」



「………実は嘘でしたって可能性は…」



「バカ!これだけの前で『宣言』してみせたんだ。今更取り消すなんてあり得ない!それこそ今後のキャリアや弥勒院家の社会的立場に響くことになる…!」



その通り。俺がこの宣言を撤回しても、宣言したくせに負けることになっても俺の今後に大きく響くだろう。



失言した政治家が世間からバッシングを受けるのと同じような感じだ。



これで俺にとってもこの『陰陽大祭』は負けられないイベントになった。



しかし、勝つ見込みは十分にある。



というかなければそもそもこんな事しない。



「ようやく理解したか?理解したなら早速訓練だ。時間は短い……勝つためにできることは何でもやるぞ……!」



「ッッ…!」



「勝てる…!俺達勝てるぞ…!」



「ああ…!目に物見せてやろうぜ!」



先程までの空気と一変して生徒達から熱を感じることができる。もはや『黄陣営』の生徒で勝利を疑っている者は誰もいなかった。



これで第一関門は突破した。



後は細かい育成のみ。






さあ…勝つぞ。






────────────────────────────


「おい…あんまこっち寄ってくんなよ。」



「そっちこそ…。」



魔法師候補生と武士候補生がお互いに鋭い目つきを向け合っている。



あれだけ威勢よく大口叩いたのはいいものの、現在『黄陣営』の生徒達のあちこちで小規模な衝突が頻発していた。



おっと〜?雲行きが怪しくなってきたか〜?



全員で勝ちを取りに行こうと決めてから俺が第一に始めたことは、魔法師候補生と武士候補生でチームを組ませることだった。



だってそうしたほうが絶対いいんだもん。



ゲームをプレイしていた時は当たり前に武士と魔法師を同じチームに編成していたが、この世界ではそう簡単にいかない。



武士と魔法師の対立は根深く、俺の担当するSクラスやテンカのAクラスのように共闘した経験がある一部の生徒を除いて、生徒達の間でも小さな諍いが止まらなかった。



俺やテンカのように武士と魔法師に偏見を抱いていない魔法師・武士は少数派だ。互いに相手を見下し合っているから簡単なコミュニケーションすら上手くいかない。



めんどくせっ。



黙って仲良くしとけよ俺のために。



しかし、これは他の陣営に関しても言えることで、俺が学園の生徒だった頃から基本的に魔法師候補生と武士候補生が肩を並べて戦うことはない。同じ競技に出場したりするものの武士は武士達で、魔法師は魔法師達でそれぞれ行動するため連携などあってないようなものだ。





……だからこそ、ここで『黄陣営』が武士と魔法師を同一のユニットとして運用することができればその効果は大きいものとなる。





これはもはやその手を取らない理由がないんだよなぁ。



ただ現在進行系で武士候補生と魔法師候補生がバチバチにやり合っているということだけがボトルネックである。





……これはちょっと荒治療が必要そうだな。





な~に、林間学校の時のようにちょっと追い詰められた状況になれば連携の一つや二つくらいすぐするようになるだろう。



「おーし、お前ら一旦手止めてこっち見ろー。」



「なんだよ今いいところなんだよ」と言わんばかりに、生徒達が言い争いを止めてこちらに鋭い目を向ける。



「なんだかお前らが武士と魔法師を組み合わせる意味を分かってなさそうだからちょっとやり方を変えるぞー。」



生徒達は不満げな表情を隠そうともしない。こんなことさせやがってという怒りを俺に向けているまである。



「……だって意味ないでしょ。武士なんてこっちの足を引っ張るだけだし。」



「そーよそーよ。」



「はぁ!?それはこっちのセリフなんですけど!?」



「あまりお高くとまってんじゃねぇよ!!」



いちど止めたって言うのに勝手に口喧嘩を再開する生徒達。



お~~あったまってんねぇ。



だが、そんな甘い考えをできるのもこの瞬間までだ。



俺は勝つためなら何でもするぞ。だからお前たちにも少し付き合ってもらう。



「よし。お前らが言っても聞かないのはよく分かった。だから今から実戦形式で分からせる。」



少し強引な手段を取ることにする。しかし、生徒達はどうやら実戦形式と聞いてもあまりピンと来ていないようだ。



「実戦形式って…魔法師候補生と武士候補生で戦うんですか?」



なわけね〜だろ。お前らはつくづく共闘するって考えが頭にないんだな…。



「違う。お前にらはチームを組んでもらう。今から戦う相手は──



───俺、弥勒院アラタだ。」



「!!」



今から俺と戦うことになると聞いて驚愕する生徒達。だがこんくらいやらないと意味なさそうだしなぁ。



「ちょっとあんた強引すぎ……。って言っても現状を鑑みるにしょうがないのかしら…。」



俺の発言に思わずテンカが口を挟んでくるが、テンカも生徒達のこの体たらくに思うところがあったのか、実戦形式の訓練自体には反対しないようだ。



「テンカお前は生徒達の側についてくれ。武士候補生のサポートだ。」



生徒達だけだと瞬殺だろうからな。



「へぇ……。私とやろうっての。久々に燃えて来たわね…!」



目の色を変えて途端に好戦的になるテンカ。



おいおい随分やる気じゃないか。



思えばテンカとやり合うのはだいぶ久々だな。テンカはもともと俺を目の敵にしていた事もあって学生時代はよく手合わせしたものだがそれがなんだか懐かしいな。



「学生時代のリベンジよ……!」



お前が熱くなってどうする。



「ほどほどにな…。それと、あとの先生方には魔法師候補生のサポートをお願いします。」



加えて他の先生方もサポートにつける。生徒達だけだとそもそも武士候補生と魔法師候補生の共闘にならないだろうから、教師が上手いことその流れを作って欲しい。






さぁ…今後のためにもしっかりとボコボコにしないとな。






──────────────────────


教育的指導(暴力)。


暴力…!やはり暴力は全てを解決する…!


ということで主人公パーティー含め『黃陣営』の教育が始まりました。


無事本番で勝てるといいですね。


ちなみに弥勒院家は回復魔法の権威なので医療関係は大概が弥勒院家の管轄です。


そんな弥勒院家の当主が『宣言』してみせたのですから生徒達とテンカちゃんはびっくりでした。



★と♡とフォローたくさん欲しいです。


ps.今日はナポリタンを食べました

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