第33話 イライラとビクビク

 先輩が僕の家にきた翌日。

 普段通り席に座り、後ろで駄弁っている霧乃&取り巻きたちの会話を盗み聞きしていた。


 違うな、これだと能動的だ。

 会話を浴びせられているが正しい。ライブ会場の音漏れみたいなもん。


「ねえキリノン、昨日3組の前田くんとふたりっきりで遊んだってほんとー?」


「おや、誰かに見られていたのでしょうか」


「えっ、私は霧乃ちゃんは裏で大学生と付き合ってるって聞いたよ?」


「あらあら」


 なんだよ霧乃のやつ、男共とよろしくやってんじゃないかよ。

 しかも複数人? まぁこいつにビッチの素質があるのは知っていたけどね。


 ーーごめん、真偽不明なのに貶して。

 ほんの少しだけ、ほんのちょっぴりだけショックだったから無意識に防衛本能が働いただけなのだ。


 僕以外にサシで会っている男がいる。なんて、よく考えたら当たり前過ぎる事象が僕の脳みそを一瞬だけ真っ白にしたのだ。


「えーっ!? 家須さんって何人も……」


「はい、数名の男性とデートをしました」


 女子連中が黙る。


「なにか、いけなかったでしょうか? わたしには恋人はいませんし、せっかく他の女より可愛く生まれているんだから、じっくり男を吟味するのは当たり前でしょう」


 女子たちだけじゃない。

 教室までが静まり返った。


 緊張で筋肉がこわばる。

 いま、こいつなんて言った?


 仮面を外した、本当の霧乃のときの口調じゃないか。


 ブレている。

 たぶん、ストレスのせいで。

 たぶん、赤城先生のせいで。


 霧乃を製造した男。

 霧乃が好意を寄せる対象。

 霧乃を拒んでいる相手。


 学校の男とデートしているのだって、おそらく、気を紛らわすため……?


「ふふふ、冗談ですよ。デートなんてしていません。きっと見間違いだったのでしょう」


「そ、そうだよねー、あはは」


 振り返れない。

 話しかけられない。

 こいつはいま、どんな顔をしているのだろう。


 霧乃を知ろうとするために踏み込むことが、できなかった。



ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー



 今日も今日とてバイトがある。

 群馬の桐生市にあるファミレス。

 一体僕はこれまで何時間、このファミレスに人生を捧げてきたのだろうか。


 そんでもって今日も今日とて学生カップルやらうるさいおばあさん軍団やら怖いヤンキーやらの相手をして、労働を終えた。

 休憩室で一休みしていると、着替えを済ませたピユシラが椅子に座り、来月のシフト表をチェックしはじめた。


「よっ」


「…………」


「先輩から聞いたよ。一緒に戦ったんだってね。無事で良かった」


「……」


 今日は一段とまた無口だな。

 あんまり話しかけないほうがいいのかな。


「スマホ、ちゃんと使えてる?」


 それでもつい話しかけてしまう。

 たぶん、僕はかなりピユシラを気に入っているんだと思う。


 ピユシラがこっちを向いた。


「返す」


「え、なんで」


「スエナガに、文字を送りたくなる」


「文字? 送っていいよ別に。なんでも」


「……スエナガには」


「?」


「あの人がいる。アタシは…………おこがましかった」


「おこがましい?」


 ピユシラがスマホをテーブルにおいた。

 あの人って、誰だ。まさか巡凪先輩?

 もしかして、先輩は嘘の彼女だけど、気を使った?


「ま、待って。せっかくあげたんだ。使ってよ。ていうか、店長との連絡手段として取っといてよ」


「…………」


「最近、夜ふかししてしまう」


「僕へのメッセージを送るかどうかで?」


「……あとセイキン」


 YouTube観てんじゃねえよ。

 しかもセイキンかよ。せめてヒカキンだろ。どっちでもいいけど。

 ゆっくりとかずんだもんでデマや嘘知識覚えるよりマシか。


「ちょっと待て、YouTubeって……ギガ足りてないだろ」


「なんか、追加? すると観れる」


「ギガ購入してるーー!! それの支払い僕の口座ああぁぁ!!」


「???」


「何回追加したの?」


「えーっと……」


 わかんないんだ。

 こっわ。次の引き落としが怖いよ僕は。


「待って、一旦貸して。悪いけど購入できないようにするから」


「もしかして、悪いこと……した?」


 不安げに首をかしげてくる。

 ちょっと泣き出しそうな瞳。

 庇護欲をくすぐるような表情。


「だ、大丈夫。大丈夫だけど、もうセイキンは観れないようにした」


「そう」


「セイキンを観るくらいなら、僕にくだらないメッセージを送って暇をつぶしてよ」


「…………うん」


 ピユシラにスマホを返す。


 ピユシラは、先輩をどう思っているのだろう。

 仮とはいえ、僕の彼女だと知って、どんな感情が湧いたのだろう。


 知りたい。けど、怖い。

 どこまでも臆病だ、僕は。



ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー



 その後、一人で自転車に乗って帰っていると、


「やっ、末永」


 かつて僕を殺そうとした救世主様、ユーイチロウが現れた。

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