第32話 氷の女王、来訪!! 後編
先輩を家に招くと、サアヤが包丁を構えていた。
「なにしてんだよ」
「お母さんから聞いた、あにちゃんが女を連れ込んでくるって。人生には、命懸けで戦わなくてはならないときが……ある」
その割には包丁を持つ手がどんどん下がっているけど。
なんでかって? 包丁すらロクに持ってられない腕力だからさ。
「この包丁には毒が塗ってある。0.1gでクジラとか動けなくする毒が」
「それもう使えないから捨てろ。新しいの買ってこい」
「ふ、ふふ」
サアヤが座り込んだ。
疲れちゃったらしい。
「すんません先輩、こいつ放送禁止用語に該当する存在なんです」
「……アヤメくん」
「はい?」
「かわゆいじゃない!!」
先輩がサアヤに飛びかかった!!
じろじろ見つめて、頭を撫でる。
「くふふ、アヤメくんが女の子になったみたいね。細くて心配になっちゃうけど、脆い感じがキュンとくるわ!! それに儚げ!!」
「ぬぬっ」
「なでなで!! なでなで!!」
「おっ♡♡ おおおおおお♡♡♡♡ 頭撫でられるの、久しぶり」
「よーし、よしよし。かわゆい、かわゆいわ!!」
「あっ♡ あっ♡ あにちゃんがしてくれないこと、してくれる♡♡」
サアヤ、目がイっちゃってるよ。
なんだこれ、新しいタイプの寝取られか?
勝手に取られてろ。
「決めたわ!! 私の妹になりなさい!!」
「なりゅ♡♡」
堕ちんの早すぎるだろ。
僕専用のサキュバスじゃなかったんか。
「サアヤちゃん」
「あねちゃん♡♡」
よかった。
とりあえず妹が殺人未遂の疑いで逮捕されることはなさそうだ。
「はっ!!」
サアヤが正気に戻った。
「油断した。今日のところはこの辺で許してやる」
「へ?」
「あにちゃん専用サキュバスの座は、渡さない!!」
サアヤが自室への潰走していく。
どうやら敵意自体は残っているらしい。
その後、母さんにも挨拶を済ませたのだが、
「よーしよしよし」
「あっ♡ あっ♡」
なぜか母さんも撫で撫でで堕とされていた。
ウチの家系は先輩に勝てないのだろうか。
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ひとまず僕の部屋に招き、適当にお茶を出す。
先輩は、まるでテーマパークにでも来たかのように、僕の部屋を楽しそうに見渡していた。
なにもないけどね。
壁にはカレンダーと時計だけ、漫画はほとんど電子版で飼っているから、本棚には教科書ばかり。
あぁ、一応僕専用のモニターとゲーム機があるけど。
「ここが、アヤメくんが生まれた場所なのね」
「生まれた場所ではないです」
「男の子の部屋、はじめてよ!!」
僕だって女子を……というか家族以外の人間を入れたのは初めてだ。
先輩が僕のベッドに座る。そのまま横になって、枕を抱きしめた。
「くっくっく、アヤメくんの匂い」
「恥ずかしいんでマジでやめてください」
「そういえば驚いたわ。昨日、突然任務でデートを中断させたでしょ? そのあと怪物と戦っていたんだけど、ピユシラちゃんが手伝ってくれたのよ。よく知るやつだからって」
「異世界人らしいですからね」
「驚きだわ!! 私、知らなかったもの」
「ちなみに、ピユシラってどうやって戦うんですか? 先輩は……まぁ氷属性の攻撃ってのはわかってますけど」
「くふふ、秘密よ!! 戦いとは情報が鍵を握るの。他人の戦闘スタイルを漏らすのは、モラルに反するわ!!」
僕から誰に漏れるというんだ。
まぁいいか。どうせ異能バトルに関しては完全に蚊帳の外だし。
すごい技でド派手に戦っていればいい。
理想としてはデッカい武器使っててほしいな。
ピユシラみたいな小柄な子にこそデッカい武器持ってて欲しい。ロマンがある。
「なんであれ、ピユシラは一人でいろいろ頑張ってる子なんで、もしものときは力になってもらいたいです」
「もちろんよ。同じキャッチボール部だもの」
まだ正式に部活動認定されてはいないけどね。
「でも……」
「はい?」
「アヤメくん、ヤケにピユシラちゃんを気にするわね」
「え、友達なんで、一応」
「それだけ?」
「それだけですよ」
「ふーん」
先輩が視線を逸らした。
霧乃といい先輩といい、僕がピユシラに恋愛感情を抱いているように見えるのだろうか。
ならピユシラも?
どうだろう、その割には親しく会話してくれるけど。
普通、僕みたいなのに好かれていると思ったら距離を取るもんな。
「なら私は、アヤメくんのなんなの?」
「なんなのって……恋愛相談をする間柄」
「それだけ?」
じーっと、僕を見つめる。
期待を込めた眼差しで。
僕にとって先輩とは、だって?
そんなもの、再度言語化する気にはなれない。
そもそも、霧乃曰く先輩はまだ8歳なのだ。
8歳の女の子相手を、友達やそれ以上として見るのは、おかしい気がする。
ていうか年齢のこと、先輩は知っているのか? いや、神の娘である自覚がないのだから、たぶん知らない。
「えっと……僕は……」
「待って、やっぱりまだ聞きたくないわ」
「そ、そっすか」
「うぅ……。アヤメくん、ときどきわかりにくいわ」
なんと答えるべきだったのだろう。
僕は、先輩には幸せになってほしいのだ。
僕なんかを忘れるくらいに。
けど、だからって曖昧で、中途半端な距離感を維持することが、先輩の幸福になるのかと問われれば、わからない。
先輩、僕だって僕がわからないし、先輩とどうあるべきかもわからないんですよ。
しかし、このまま何も言わずに終わるのは、情けなさすぎる。
「僕にとって先輩は……」
「……」
「僕より100倍かわゆい人です」
「アヤメくん……。アヤメくん!!」
キラキラと眩しい笑顔を浮かべて、床に座りがら尻の力だけで僕に近づいてくる。
「アヤメくんの方が1000倍はかわゆいわ!!」
「かわゆくないです」
「くふふ、アヤメくん♡♡」
「あー、えーっと、そうだ、鬼滅みましょう鬼滅。前に話しましたよね」
話題を無理やり切り替えるべく、僕の部屋にあるPS5を起動する。
先輩の肩と僕の肩が密着する。
近いです、なんて文句は言えなかった。
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