第19話 夢じゃないから
「そんなやつの言いなりになる先輩なんか、見たくないです」
「アヤメくん……」
僕の人生史上一世一代の大勝負。
サイコパス超能力者に喧嘩を売る日が来るなんてね、昨日の僕でも信じなかっただろう。
いつだって強いやつから避けてきた人生。クラスの不良っぽいやつなんて僕の視界に入れたこともない。
ゴキブリやネズミと一緒さ。コソコソ生きて、音がしたら急いで逃げ出す。
「黙ってろって言わなかったか? 末永」
「嫌だね。先輩はお前だけのものじゃない。いまやお前より僕の方がラブラブだ。勝手に連れ去ろうとするなよ」
補足しておくが冗談だ。
ちょっとした小粋なジョークだ。
「どの口が言っているんだか。俺にはわかっているぜ末永、お前は巡姉ちゃんや霧素に対し含むところがある。頭のおかしい連中がおりなす不思議ファンタジーなんて信じないし関わりたくない、そんな風に思っているんじゃないのか?」
エスパーかよこいつ。
エスパーなのか。
「信じるしかないし関わらざるを得ない状況になっているんだよ。それに僕は、責任感の塊だから。恋愛アドバイザーとして職務は全うする。ブラック労働じゃない限りはね」
「お前、ロクに恋愛経験なんかないだろ?」
「だからなんだ」
「そんなやつが偉そうに講釈垂れるなよ。お前も巡姉ちゃんと同じ、何も知らない知ろうとしない部外者。家に帰れ」
「異世界については知ってるよ。ステータスをオープンできるんだろ?」
ユーイチロウが再度僕に手をかざした。
「俺の創る世界に相応しくない悪だな。巡姉ちゃん、悪いけどこいつ……消すよ」
先輩が僕を庇うように前に立つ。
「いや、いやよユーイチロウ。アヤメくんは消させない。そんなのユーイチロウじゃない。最低よ、蛙化現象よ」
よく知っているなそんな言葉。
「どけよ、巡姉ちゃん」
「アヤメくんの言う通りよ。お願い考え直してユーイチロウ。あなたは間違っているわ。それに私、アヤメくんとユーイチロウが喧嘩しているところなんて見たくない」
「ちっ、能天気バカが。もういい、二人まとめてぶっ飛ばしてやる。やれ、ケルベロス」
三頭の巨大な犬が立派な犬歯を覗かせる。
グルルと唸った直後、ケルベロスの肉体が青い炎に包まれた。
熱い、肌がヒリヒリする。
「させない、アヤメくんは、私が守る!!」
「どいつもこいつも、俺の思い通りにならない女は嫌いなんだよ!! 蹴散らせケルベロス!!」
「うわああああ!!」
先輩の絶叫と共に、ケルベロスが消えた。
というか、一瞬で粉になってしまった。
な、なんだ? 超能力?
でも先輩は氷の超能力を使うんだよな。ならこれは……。
ユーイチロウが笑う。
「ケルベロスを一瞬!? これだ、これだよ俺が欲しい力は!! 巡姉ちゃん!!」
「な、なに、今の……。わ、私、こんなの知らない」
「それが巡姉ちゃんの本当の価値なんだよ。みんな、みんなソレを求めている。無から有は生み出せないにしても、ほぼ万能のその力」
ユーイチロウが歩み寄る。
「こ、来ないで」
「受け入れようよ。神になろうよ。それとも、力を持っているのに何もせず、呑気に生きるつもり? ねぇ巡姉ちゃん。それってすっごく最低なことなんだよ。でも俺の言う通りにしてくれたら、みんな巡姉ちゃんを好きになる。崇め奉られて、寂しい思いなんか一生しない。すべてをさらけ出そう。そしたら俺は、巡姉ちゃんだけを愛してあげる。なぁ? なぁ!!」
「いや……」
「俺の女になれ!! 巡凪!!」
「来ないで!!」
ユーイチロウの肉体にも異変が生じる。
足先から少しずつ、同じように粉になって消滅していく。
「なっ!? 巡姉ちゃん、俺を消す気か?」
「え? あっ……」
おそらく先輩が意図するものじゃない。
先輩の本能に反応して、力が発動したんだ。
「やめろ、巡姉ちゃん!! 俺のことが好きなんじゃないのか!!」
「ユ、ユーイチロウ!!」
「バ、バカな!!」
やがて胴体、頭部までなくなって、ユーイチロウは……。
倒した、のか。先輩が。
超能力なのか神の力なのかしらないけど、異能で。
「わ、わたし……。もしかしてユーイチロウを」
「落ち着いてください先輩。きっと先輩の力じゃありません」
根拠なんかないさ。
でもそういうしかないだろう。
いくら嫌いになったとはいえ、先輩はユーイチロウを殺すつもりなんかなかった。
なかったのだ。
「で、でも、じゃあ、ユーイチロウは、どこ……」
「深呼吸しましょう。これは、夢です」
「そ、そうよね。夢よね。じゃなきゃ、私がユーイチロウを」
「先輩」
「でも、胸が痛いの。夢なのに」
はぁ、はぁ、と先輩が呼吸を荒げる。
「ほ、本当に夢なの? 汗が、凄いわ。体が寒い。気持ち悪い」
「吐きそう、なんですか?」
無意識に背中に触れる。
吐いてスッキリしてしまえばいい。
瞬間、
「やっ!!」
先輩が僕の手を振り払った。
僕の右腕が、消滅した。
「え……」
痛みはない。
まるで最初から存在していなかったかのように、消えたのだ。
「あっ、アヤメくん、違うの、私……」
意図したものじゃない。
ただいきなり触られて、驚いただけなのだ。
暴走だ。
霧素が説明していた。神の力は、興奮状態になると発動する、みたいなことを。
先輩はいま、精神が不安定な状態なのだ。だから、制御できていない。
「ど、どうしよう、私、アヤメくんの腕をーー」
「心配ありません。痛くないんですよ」
ポロポロと、先輩の瞳から涙がこぼれる。
止まらない。拭っても拭っても。
「これ、やっぱり夢じゃない。夢じゃないんだわ。私、ユーイチロウを……アヤメくんまで」
「…………」
「最低なことをしちゃった。どうすればいいのアヤメくん。こんな力、知りたくなかった。私はただ、アヤメくんと遊びたかっただけなのに」
「先輩、夢です。ぜんぶ嘘なんです」
「夢なら覚めてよ!!」
一瞬、光が僕の視界いっぱいに広がった。
今度は、なんだ。
「あれ?」
ショッピングモール内の自販機やソファが、粉になって消えた。
観葉植物も、店も、建物自体が。
屋根も壁も消えて、夜空の下に晒される。
周囲を見渡して、僕は情けなく声をもらした。
「うそだろ……」
消えていく。
周囲の建物も、電柱も、なにもかも。
まるで仮想世界が徐々にデリートされていくように。
「こんな夢なんて、消えちゃえ」
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