第7話 異質な娘と近所迷惑な娘

 家須霧素と別れ、僕は自転車でバイト先のファミレスへ急いだ。


 頭が痛い。

 なんなのだあいつも。

 全員で同じ設定を演じるのはいいが、僕まで巻き込まないでくれ。


 嫌いなんだよ異能バトルも学園ラブコメも。

 どうせなら『異世界から美少女がやってきました』系の方がまだ好奇心が湧く。

 火を吹くドラゴンは地球の爬虫類と同じく変温動物なのか知りたいからさ。


「はぁ……」


 憂鬱だなぁ。仮病で休んでしまいたいよ。

 休みの連絡をすることすらビビっちゃうんだけど。


「お」


 道中、信号待ちしている湯白ゆしらを発見した。

 赤い髪、小さな体躯、黄色い目。

 どこか現実離れした、異質な少女。


 僕と同じバイト先で働いている、同級生。



 別に並んでバイトに行きたいわけじゃないが、やたらと長い赤信号のせいで必然的に接近してしまった。


 湯白よりちょっぴり後ろで止まったのだが、気づかれた。


「…………」


「よう」


「…………」


「…………」


 湯白は楽だ。

 本人が寡黙だから会話に気を使わなくていいし、どことなく雰囲気が妹に似ているから接しやすい。


 にしても、今日は湯白はどことなく……寂しそうに見える。

 表情が乏しいから勘違いかもしれないけど。


「湯白、僕よりたくさんシフト入っているよな」


「一人暮らしだから、お金がかかる」


「一人暮らしなの? え、親は?」


「…………」


 うそ、まさか聞いちゃいけない質問だった?

 外国人で日本に一人暮らしってそれ、闇が深そうなんだけど。

 さすがに空気を変えないと気まずいな。


「えーっと、湯白って日本人の苗字だよね。下の名前は? そういえば知らなかったけど」


「…………」


 なんでお前如きに私の名前を教えなくちゃならないんだよゴミクズ虫けらクソッタレ地獄に落ちろボケ。

 ってことですか?


「スエナガ、よく話しかけてくる」


「ごめんなさい」


「嫌じゃない。みんな、アタシを避ける。スエナガは、そうじゃない」


 避けているというか、反応が悪いから話しかけづらいんだろうさ。

 僕の場合はバイト先が同じだし、一人者同士変な仲間意識を持っているから話しかけちゃうだけで。


「会話は好き。だから嬉しい」


 好きなんだ。


「寂しいのは、つらい」


 信号が青になる。

 さすがの湯白相手でも、目的地を目指して一緒に進むのは恥ずかしいので、僕は自転車の速度を上げて置き去りにしてしまった。


 なんだろう、この罪悪感。









「末永くん、レジのヘルプお願い」


「へ? あ、はい」


 バイト中、皿を片付けていると店長に指示をされた。

 今日は人手が足りていない。

 だから無口な湯白ゆしらが急遽レジに回っていたようだが、案の定揉めているようだ。


 相手は強面のお兄さん。

 いやだなぁ、怖いなぁ。


「あのー、どうかされました?」






 声が小さすぎるというクレームだった。

 なんとかお引き取りねがい、湯白の赤い髪を見下ろす。


 不服そうだった。


「ま、気持ちはわかるよ。お前はキッチン専門なのにレジやらされてるんだから」


「…………」


 寡黙すぎてとても接客ができない。

 それでも喋らない仕事ではバリバリ有能でテキパキ働くので、重宝されるのだ。


「あと、相手を睨む癖はやめな」


「迷惑、かけた」


「迷惑ってほどでもないさ。多少のトラブルがあったほうが退屈しないでいい。僕だって、その気になれば同級生女子を助けることができるんだぞって自尊心にも繋がる。……店長に命令されたからだけど」


「スエナガ」


「ちなみに感謝ならいらない。僕は感謝されると鳥肌が立つんだ」


「…………」


「なんだよ」


「感謝するなと言った」


「……してみて」


「…………ストルッタジア」


「なんて?」


 小っ恥ずかしそうに、湯白が耳を赤くした。

 伏し目がちに、解説する。


「いつもありがとう、という意味。スエナガは、優しい」


「え、何語?」


「地元の言葉」


「地元って?」


 湯白は無言のまま去ってしまった。

 教えてくれないのかよ。

 英語じゃなさそうだし、ヨーロッパのどこかか?


 不思議な子だ。

 日本人離れした見た目。

 あぁ言う子が超能力者を自称するなら、多少説得力はあるけどね。



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 その日のバイト帰り、


「うおおおお!! アヤメくーん!!」


 街中にて、僕の名を叫ぶ女の声が聞こえてしまった。

 勘弁してくれ……。


 今日ほど自分の聴覚を恨んだ日はない。

 耳なし芳一に登場する平家の亡霊よ、どうぞ次は僕の耳を持っていってくれ。


「アヤメく〜〜ん!!」


 恐る恐る、声の方へチャリをこぐ。

 下半身はスカート、上半身は黒ブラの、巡凪先輩がいた。


「なにしてんすか、またそんな格好で」


「あっ!! アヤメくん!! くくく、思った通り来たわね。あのときと同じ時間、同じ格好、同じ場所で名前を呼べば、来ると思ったわ!!」


「脱ぐ必要性は皆無なんですよ。てか普通に近所迷惑です」


「だって」


「だいたい、連絡先交換したでしょう? 僕が今日バイトじゃなかったらどうするつもりだったんですか」


「うわっ!! こ、これじゃあ私、バカみたいじゃない!!」


「……」


 口にはしないよ。

 モラルに反する差別発言だからね。


「まぁいいわ」


 よくねぇよ。


「結果として、アヤメくんに会えたんだから」


「っ……」


 そんな、キラキラ笑顔で言うなよ。

 あんた美人なんだからさ。

 くそ、口角を下げろよ僕。頬を噛み締めろ。


「そういう発言やめた方がいいですよ。あくまで先輩の本命はユーイチロウなんですから」


「本命がユーイチロウだと、なんでダメなの?」


「か……勘違いするので」


「なにを?」


「いや、だから……」


 僕に好意があるんじゃないかって勘違いしちゃうだろうってことだよ。

 万に一つの可能性すらないとわかっていても、本能が期待しちゃうんだよ。


「なんだかよくわからないけど、アヤメくん照れてるわね!! かわゆいわ!!」


「かわゆくないです」


「それで本題なんだけど」


 話題の変わりようが急激すぎる。

 そうだよね、僕がかわゆいだとか照れてるとか、どうでもいいよね。


「思ったのよ、今度の土曜日、私もユーイチロウも休暇なの。このチャンス、活かすべきだわ!!」


「そ、そっすか」


「ユーイチロウの嫉妬心を煽るイベントないかしら?」


「急にそんなこと言われましても」


 嫉妬心を煽る、ねぇ。

 目の前でイチャイチャするのが正攻法だが、どうやって呼び出すか。

 それに、イチャイチャを見せつける理由もほしい。


 霧素にはあんな忠告をされたけど、僕には関係のない話だ。

 ユーイチロウに思い知らせてやりましょう、などと先輩と結託した以上、やれるだけやるのが筋だろう。


「とりあえず先輩、上を着てください」


 落ちていた制服の上着を渡す。


「ありがとう。さすがアヤメくん、彼氏力があるわね!!」


「彼氏力とか関係ないでしょこれは」


「アヤメくんの彼氏力を目の当たりにすれば、ユーイチロウだって嫉妬するはずよ!!」


 すでに僕の方があいつに嫉妬しているんですけどね。

 身長とか、顔とか。


「んー、じゃあしてみます?」


「なにを?」


「ダブルデート」









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※あとがき

先輩のブラは黒でお願いします。

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