第8話 ダブルデート① 可哀想な妹

 土曜日、僕はガラにもなく洗面所で前髪をいじっていた。

 男で前髪を気にするやつはダサい、なんて同世代の男子たちを見下してきたのに、このザマだ。


「あにちゃん、おでかけ?」


 妹のサアヤが話しかけてきた。

 相変わらず、引きこもりで偏食のくせにガリガリだ。

 エグい施設に収監されていたのかってくらい細い。


 写真を撮って白黒に加工したら、戦時中の悲しい子供だと勘違いしちゃいそうだ。


「あぁ、デート」


「…………は?」


「当て馬をやってるんだ。偽彼氏として、デートをすることになった」


「……」


「サアヤ?」


「餓死寸前のあたしが、残る体力であにちゃんを呼ぶけど、あにちゃんは他の女に鼻の下を伸ばして気づかず、あたしは死ぬんだね」


「冷凍庫に冷凍パスタあったぞ」


「いひひ、きっとあにちゃんのトラウマになる。あにちゃんの頭の中で永遠に生きられるなんて、とっても素敵」


「翌週にはお前のこと忘れてるよ」


「今度、その女連れてきて」


「お前に紹介してどうする」


「決闘する」


「さすがに目の前で妹が死ぬところは見たくないな」



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 地元の駅で待ち合わせをすることになっている。

 急遽決まったデート&先輩は今月ピンチなので、行き先は地元のショッピングモールである。

 特定の買い物が目当てではない。ブラブラするだけだ。


「おぉ!! アヤメくん」


 巡凪先輩が来た。

 来てしまった。


 さて、改めて説明するが、僕は学園ラブコメの主人公じゃない。

 陰キャで女っ気がないのになぜか女子のファッションに詳しい男主人公くんではないのだ。


 妹は引きこもりでお洒落しないしね。


 だから先輩の服装を解説できるほど、僕のファッション語彙力は優れちゃいないのである。


「どうかな、アヤメくん」


「どう、とは?」


「服装」


 なんて、照れ気味に聞いてきた。


「く、黒いっすね。その……タンクトップ?」


「そう。大人っぽく攻めようと思ってね。このデニムも知り合いに貰ったのよ」


「へ、へー」


「似合ってる?」


 足が長い。

 胸もある。

 紺色の髪は長くて綺麗で、顔だって……。


 なら、よっぽど終わってるデザインの服じゃない限り、似合ってるものだろ。


「どう? 似合ってるかしら?」


「まぁ……」


「くっくっく、やったわ!!」


 適当に停めてあった車のガラスを一瞥する。

 反射した自分の服装は……英語が書かれまくった白い長袖に、チノパン。

 くっそ〜、ダサすぎて死にてえ!! 中学の頃に買ったやつをそのまま着てしまった。


 前髪ばかり気にして、まったく服に気を使えなかった。

 ていうか中学時代の服が入るのかよ僕は。


「アヤメくんの服は…………うーん、私、ずっと組織の中で育ったから一般的なオシャレの基準が」


「わかりましたもういいです僕みたいなのが服を着てごめんなさい」


 自慢の超能力で僕を殺してくれ。


「それにしても遅いわねー、ユーイチロウたち」


「僕らが早いんですよ。集合時間まであと20分あります」


「うーん」


 とりあえず、ふたりで待機。

 スマホを出して時間稼ぎをするのは……失礼だろうか。

 こういうときは軽快なトークで場を繋ぐべきなのだろう。


 僕自身デートなんてイベントは人生初なので、何をどうするべきかまったくわからない。ネットで検索しまくったけどさ、緊張でぜんぶ忘れた。


「あーえっと、どうなんすか、その、組織は。戦ったりするみたいですけど」


 しょうがないだろ他に話題がなかったんだから。

 僕だって本気で興味があるわけじゃねえよ。


「くふふ、昨日は日本妖怪と西洋妖怪の連合軍と戦ったわ。私の氷系サイコキネシスで砂かけオババとタイマンバトルをしたのよ」


「すごいっすね」


 氷属性だったんだ。超能力に属性とかあるんだ。

 だいたいなんで超能力者が妖怪と戦うんだよ。霊媒師の仕事じゃないのか。


「アヤメくんは?」


「へ?」


「アヤメくんは最近どうなの?」


「身体測定で、0.5mm伸びてました」


「うん? それは……髪の誤差じゃない?」


 わかってるよ。

 夢ぐらい見させてくれよ。


「くくく」


 さっきからよく笑うな。

 悪人みたいに。


「アヤメくんって、天然なのね」


 あんたにだけは言われたくないんだよ。

 辞書で天然の意味を調べたら代表例として先輩の名前が書かれていてもおかしくないレベルなんだよ。


「くっくっく、かわゆいわ!!」


「かわゆくないです。てか、口癖なんですか? かわゆいって」


「ううん。本当に可愛いと思ったときにしか言わないわよ。アヤメくんは本当にかわゆいわよ、そして面白い」


 平然と答えるなよ、そんなこと。

 あー、胸のあたりがゾワゾワする。


「先輩、先輩はユーイチロウが好きなんですよね。なら他の男を褒めるってしないほうがいいですよ。あくまで僕は偽彼氏なんですから」


「そうなの? ふーん」


 不服そうに唇を尖らせる。

 なんで納得できないんだよ。

 至極当然のことだろう。


「私は、褒められると嬉しいわ。だから、アヤメくんにも嬉しくなってほしいの。もっと仲良くなりたい。ユーイチロウのことは好きだけど、それ以上にアヤメくんと喋っている時間が……。あれ? でもそれって……。んー? 頭がこんがらがってきたわ!! でも、本当にやめてほしいなら、もう言わないわよ?」


「別に、本当にやめてほしいってレベルじゃないですけど……」


「くふふ、なら良いわね」


 先輩は、恋愛というものを知らないで育ってきたと教えてくれた。

 今の先輩にとって大事なのは、よくわからない恋愛感情より、僕との間に芽生えつつある友情、なのだろうか。

 勝手に友情を育まれても困るが。


「おっ、ユーイチロウ!! ……と、霧素ちゃん」


 声につられて視線を向ける。

 本当だ。ふたりが仲良く、手を繋いでやってきた。

 巡凪先輩、不機嫌そう。


「おはよ、巡姉ちゃんと、末永」


 霧素もペコリ。


「じゃあ行こうか」


「ま、待ちなさいよユーイチロウ。なんで霧素ちゃんと一緒に!?」


 代わりに霧素が答える。


「先日の妖怪連合軍との戦闘で、ユーイチロウさん大奮闘だったじゃないですか。なので、個人的にご褒美をあげていたんです」


「ご褒美!? い、いったい何を……」


「ひみつです♡♡」


 出た。家須霧素。

 ユーイチロウのことも巡凪先輩のことも内心嫌っている女。

 何を考えているのかわからん女。


「末永さん、今日はよろしくおねがいしますね」


「あ、うん」


 天使のような、可愛い女。

 通称、神の娘。


 あームカつく。この美女ふたりを侍らせるユーイチロウが心底ムカつく。

 そうだよ嫉妬だよ。妬み僻み嫉みだよ。


 せめて僕の身長が175cm以上なら、少しくらい男として対抗できたのに。

 先輩、僕だって「かわゆい」より「かっこいい」と言われたいんですよ。









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※あとがき

なぜ男子は謎の英語シャツを着てしまうのか。

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