第5話 家須霧素
耳を疑った。
僕の頭までおかしくなったのかとゾッとした。
灰色の髪の転校生が、空いていた僕の後ろの席に座る。
こいつ、自分の名前、なんて言った?
家須霧素?
だってそれは巡凪先輩が生み出した架空のキャラクターじゃないのか?
「あの」
後ろから家須に指で突かれた。
反射的な振り返る。
天使のような、柔らかな笑顔だった。
僕は美形な妹がいるからギリギリ耐えられたが、そうじゃなかったら女子に対する耐性がなさすぎてコロっと心停止していたかもしれない。
「わからないことだらけなので、いろいろ教えてくださいね」
「……うん」
謎の美少女転校生にクラスは大盛り上がり。
家須はクラスの陽キャ連中に囲まれて、不祥事を起こした芸能人くらい質問攻めされていた。
「家須さん日本人なの?」
「かわいい〜!! お人形さんみたい」
「俺、犬飼ってるぜ!! 見に来る?」
「髪、これ地毛? サラサラじゃ〜ん」
「俺も犬飼ってるよ」
「もしかして読モとかしてる?」
「俺なんか5匹も犬飼ってるぜ」
猫も飼え。
途中、おもむろに家須が立ち上がった。
「みなさま申し訳ありません。わたし、これからお付き合いしている方のところに行かなくてはいけないので」
「「「えっ!?」」」
彼女が教室を後にすると、みんながついていった。
そりゃそうだ。謎の美少女転校生がこの学校にいる彼氏に会いに行こうとしているのだから。
正体が気になって仕方ないだろう。
かくいう僕もついて行っている。
おおよそ検討はついているが。
転校生のくせに一切迷いのない足取りで旧校舎に入る。
6組に突入するなり、
「ユーイチロウさん」
あのヒーローくんの名前を読んだ。
「霧素!? 転校してくるのは来週じゃなかったのか?」
「早くあなたに会いたくて。でも残念です、クラスは別々になってしまいました」
あらためて、生徒たちがふたりを取り囲んだ。
さらなる質問の追撃。
思春期たちの好奇心はそう簡単には収まらない。
しかし、本当にユーイチロウだったとは。
超能力者ユーイチロウと、神の娘家須。
ふたりは恋人同士だった。
いやいや、確か巡凪先輩情報だと付き合うのは組織が禁止しているはず。
裏でこっそり付き合っているのか。
あー、そもそもあの人の話なんぞ信じるなよ。
「どこまで先輩の妄想なんだ?」
「妄想? なんのこと?」
「統失の疑いがある巡凪先輩が、どこまで現実とごっちゃにしているのかって話です」
「とうさつ? 私が? 私は盗撮なんてしないわよ」
「盗撮じゃなくて……うわっ!! 巡凪先輩、いつの間に!!!!」
隣にいた。
ナチュラルに会話しちゃってた。
「くっくっく、アヤメくんを探していたのよ。さっそく作戦会議をしたくてね。そしたらユーイチロウのクラスにいるんだもの、ビックリしたわ」
「朝から元気ですね」
「なんでこんなに人が集まっているの?」
「それはですね……」
途端、陽キャどもで形成させた壁から、家須が飛び出してきた。
「聞き覚えのある声だと思ったら、巡凪さん」
「なっ!? 霧素ちゃん!?」
「コンクラーベ護衛作戦以来ですね……おっと、極秘事項でした。ふふふ」
「そ、そういえば転校してくるとか言っていたような……」
おいおい、こいつまでわけのわからない妄想を口にするのか。
コンクラーベ? 教皇を決める選挙のこと?
最近そのネタの映画が公開されていたが、それに影響された妄想か?
ユーイチロウも近づいてくる。
「や、巡姉ちゃん」
「ユーイチロウ」
「それに、巡姉ちゃんの二人目の彼氏くん」
なんて、僕を見下ろす。
名前くらい覚えろよ、名乗ったんだからさ。
「朝からラブラブだね。幸せそうだ」
「まーね」
僕は鎖巡凪先輩の二人目の彼氏だ。
先輩から頼まれたんじゃない、僕が提案したことだ。
この男、ユーイチロウは眉唾物だ。
関係を持つすべての女性と付き合いたいと抜かしやがるやつ。
良く言えば浮気性。
悪く言えばクズ。
すまん、どっちも悪口だった。
だから恋愛経験のない巡凪先輩とイチャイチャしているところをユーイチロウに見せつけて、嫉妬させるのだ。
この男に本当の『好意』ってものを教えてやるために。
家須が微笑んだ。
「まぁ、そうなんですね巡凪さん。二人目がいるのでしたら、ユーイチロウさんのことは当分、独り占めできそうですね。ふふ」
「うぎぎ……」
女子たち無視して、ユーイチロウの瞳を覗く。
やはりこいつの目は、黒色だ。
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お昼。
僕は先輩に呼び出され、学校の屋上でお弁当を食べることになった。
美人な先輩とふたりで食事。
シチュエーションだけなら耳障りはいいが、相手が巡凪先輩だからね。
なんせこの人……よそう、ヘイトスピーチになる。
先輩はバリバリ不機嫌な顔つきで、手作り弁当を食していた。
「もぐもぐ!! さっきの見た!? ユーイチロウってば霧素ちゃんに『あーん』してもらってたわよね!!」
「そっすね」
屋上に来る前、こっそりまた6組を覗いたら、ユーイチロウが家須にあーんをされている場面を目撃しちゃったのだ。
「楽しそうにしちゃって〜!! 私だってしてもらったことないのに!!」
されたい側かよ。
「くくく、しかしこんなことで狼狽えないのが氷のように冷たい女、クイーン・オブ・アイスマンたる私。SOBAのBクラス隊員鎖巡凪」
「そっすか」
「作戦を考えましょうアヤメくん!! 思わずユーイチロウが私に『あーん』をしたくなるような!!」
「両腕が骨折したら食べさせてくれるんじゃないですか?」
「……なるほど」
納得するなよ。
「つまり!! 二人目の彼氏であるアヤメくんが、ユーイチロウの前で私の腕を楽しそうに折ればいいのね!!」
「それだと僕はただのシンプルサイコパスです」
しかして、形だけとはいえ一応僕は先輩のサブ彼氏。
この立場を利用しない手はない。
なんにもアイディアは湧いてこないけど。
「彼氏、か……」
冷静になってみると、嘘とはいえ僕は先輩の彼氏なのか。
これまで一度も彼女がいなかった、僕が。
先輩の横顔を覗く。
噂で耳にしたのだが、先輩は2年生の間でもかなりの人気者らしい。
スタイル抜群顔も良し。スポーツ万能勉強は……それなり。
その明るい性格と、若干子供っぽいところに、男女ともどもメロメロなんだとか。
「な〜に? じっと見つめて」
「別に」
自称超能力者のやべー女だけど。
「そうだ!! 試しにアヤメくんが私にあーんをしてみなさいよ」
「なんのお試しですか。嫌ですよ。そういうのは本命のユーイチロウに取っておいてください」
「確かに。じゃあ、私がしてあげる。あーんをする側の気持ち、知りたいわ」
「なっ!?」
「ほら私、小さい頃から組織のメンバーとして育ったから知らないことばかりで……」
「それはもういいです!!」
先輩が自分のお弁当箱から卵焼きを摘んだ。
それをなんの躊躇いもなく、僕に近づけてくる。
「い、いやいや、僕はただの偽彼氏!! 僕なんかにあーんしたいですか? 好きでもないのに」
「偽彼氏でも、彼氏でしょ? それに、恋愛相談のおかえし」
「バーガーキングは!?」
「よくよく考えたら私、今月ピンチだったのよ」
高いからね、バーキンはね。
「そんなの普通に詐欺じゃないですか」
「くっくっく、バーガーキングに劣るとはいえ、私のあーんは中々価値あるものよっ。よく友達にもしてあげるわ」
「なら価値低いんじゃん」
「ほら、あーん」
「あ、いや、その……」
箸、さっきまで先輩が使ってたやつですよね。
歯が当たらないように食べればいいのか。
できるのかよそんな器用なこと。
「どうしたの?」
「ぼ、僕、ヴィーガンなので、卵はちょっと」
「へ? でもアヤメくんのお弁当に唐揚げが……」
「ヴィーガンなので!! ヒヨコさんが可哀想なので卵は食べられません!!」
背を向けて、拒絶の意思を示す。
勘弁してくれ。どうせユーイチロウとイチャイチャする人から、あーんなんぞされてたまるか。
僕の脳を壊す気か。
「くくく、さすがの私でもわかるわよ。アヤメくん、照れてるわね。かわゆいじゃない!!」
うっさい。
話を変えてやろう。
「と、ところで先輩、ユーイチロウの目って何色ですか?」
「青色でしょ?」
「黒ですよ」
「そう? うーん、まぁいいじゃない、細かいことは。あはは」
色弱なのかな。
だとしても黒を青とは間違えないだろう。
これも先輩の謎設定なのか?
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結局作戦など思いつくわけもなく、僕たちは普通に午後の授業を受けて放課後を迎えた。
掃除当番の仕事を終えて、教室までバッグを取りに行く。
「あら」
ひとり、家須が残っていた。
窓際に立ち、外を眺めていたようだ。
「ふふ、巡凪さんとずいぶん仲がいいようですね」
「別に」
「まさか、いろいろ教えてもらったりしました?」
どうする。
嘘をつくか。
なんで? わからない、防衛本能みたいなものだ。
「ユーイチロウとはどこで出会ったの」
「話題を逸らされちゃいましたね。ユーイチロウさんですか? ふふ、極秘事項です」
「そうなんだ。じゃあ僕、帰るから」
机のフックから自分のバッグを取る。
「巡凪さんの恋の応援をしているなら、ひとつ有益な情報を教えてあげます」
「は?」
「わかってますよ。あなたは巡凪さんとユーイチロウさんをくっつけるための当て馬だってことくらい。どうやって知ったかは、極秘事項です」
なにが極秘だよ。
どうせユーイチロウから教えてもらって、適当な推理をしただけだろう。
当たってよかったな。
「有益な情報って?」
「はい。わたし、ユーイチロウさんと巡凪さんのこと、だーいキライなんです」
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※あとがき
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