第2話 恋愛アドバイザーの誕生
ライトノベルの主人公は一軒家暮らしで高身長なやつが多くて腹が立つ。
それが現代ファンタジーやラブコメを嫌っている理由の一つかもしれない。
ただの僻みだがね。
「行ってきまーす」
ローファーを履き、マンションの玄関扉を開ける。
「あにちゃーん」
妹に呼ばれ、振り返る。
長くボサボサの髪、よれよれのシャツ。
外に出ないから肌は真っ白で、腕なんか自転車のハンドルくらい細いのではなかろうか。
「いひひ……帰りに……ミルクティー、よろしく」
僕の妹、末永サアヤ。
一応中学二年生の、引きこもり。
イジメられているわけでも病気がちなわけでもなく、ただの引きこもり。
親が甘いせいで、日がな一日ずーっとゲームをしている。
「それぐらい自分で買え。僕はアニメのお兄さんキャラのようなシスコンではない」
「あたしは……ブラコンだから、あにちゃん好き。いひひ」
「ほぅ、じゃあ僕のどこが好きなんだ? 言ってみろよ」
「あにちゃんみたいな面倒臭い男を好きになるの、あたしだけ。あたしみたいな女を好きになるのも、あにちゃんだけ。だから好き」
「……まったく」
ついでにスナック菓子でも買ってやるか。
こいつ、かなりの偏食だからな。
何度も説明するが、僕はシスコンではない。
サアヤとの会話だって2日ぶりだ。
視界に入らない日だってある。
だから僕はシスコンではない。
妹と気持ち悪いほど仲の良いシスコン主人公どもとは違うのだ。
確かに学園ラブコメの主人公にはたいてい一癖も二癖もある妹がいるし、サアヤは癖の塊のような女だが、だからといって僕はあいつらとは違う。
いかんね、なに勝手に敵意を燃やしているのだか。
これも僻みの延長さ、マンション暮らしだからね。
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昨日の女はどうしているだろう。
自転車で登校中、ふと彼女の顔が脳裏をよぎった。
あの女、毎日あんな頭のおかしい演技をしているのか?
中二病を通り越して精神疾患の粋だよ。
おっと、これ以上はいけない。放送禁止用語になってしまう。
人を傷つける言葉は歴史から忘れさせていかなければならない。
「なにが超能力組織だよ」
そういうのは東京とか神奈川とかの、アニメやラノベの舞台になりまくってる土地で活動してくれ。
ここは群馬だ。群馬なんぞで異能バトルやラブコメをするなよ。峠で車を爆走させるくらししかできない県なんだからさ。
やべ、これヘイトスピーチか。
駐輪場に自転車を止めて、靴を履き替える。
それから教室へ向かっていると、
「うわっと」
ボーッとしていて、誰かにぶつかってしまった。
女生徒だった。
赤い髪の、僕より小柄な女の子。
目は金色で、顔立ちもアジア系ではない。
「
コクリと頷く。
同級生で、同じバイト先で働いている少女、湯白。
外国人なのは一目瞭然。名字は漢字だが、名前は知らない。
たぶんハーフ。
出身地は不明。というか、本人がとても無口なので誰にも教えていないみたいだ。
クラスでもかなり浮いており、僕が知る限り友達はいない。
いつもひとりだ。
それでも物覚えや手際がいいので、バイト先のファミレスではキッチンとして重宝されている。
「ならいいけど、またな」
「待って」
湯白がバッグから折りたたみ傘を取り出した。
あぁ、先週のバイト帰りに貸したやつだ。
「スエナガのおかげで、濡れなかった」
「そりゃよかった」
「…………」
普段伏し目がちなくせに、今日は珍しく僕をじーっと見上げてくる。
ぶつかったこと、怒っているのか?
「スエナガ」
「な、なんだよ」
「キライな臭い」
「へ?」
プイッと顔を背けて去ってしまった。
僕、そんなに変な臭いしてるか?
昨日はお風呂に……入ったよな。汗もかいてないし……。
え、なんだよ。
泣きそうだよ。思春期男子高校生にクサイは精神攻撃だよ。
「スエナガの体臭じゃない」
「は?」
「…………」
湯白は眉をひそめた不機嫌顔のまま、自分の教室へと去っていった。
体臭が酷いわけじゃないってことは……服? バッグ? 最近親が新しいシャンプーを買ったから、それか?
「柔軟剤、変えてもらおう」
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ショックから立ち直れぬまま、教室に入る。
窓際の席でスマホを取り出し、気を紛らわすために数独のアプリを起動した。
ソシャゲだと覗き込まれるだろうし、女子からキモがられる。
漫画でも同様。小説は……教室が煩くて文字に集中できない。
だから平凡なパズルゲームをするのさ。
「おー、いたいた。捜したわよ」
飽きたな……。
マインスイーパーに変えようかな。
「おーい。ねぇ、こっち向いてよ」
「…………」
「ちょっと、上級生を無視するなんてひどいじゃないの」
うるさいな。
誰が呼ばれてるのか知らんが、相手してやれよ。
眉をひそめながら視線を向ける。
「あ、やっと見てくれたわね」
僕の席の隣に、誰か立っている。
女子だ。紺色の、長い髪。左手首にはブレスレット。
無駄に自信満々そうな目つき。
僕を見つめて、笑っている。
「あ、あんた……」
「くっくっく、昨日ぶりね」
「クイーン・オブ・アイスマン」
「おっと、その通称は一般人の前では使用厳禁よ。組織の存在がバレしまう恐れがあるもの。くくく、でも表の世界でのあだ名もあるのよ。吹雪のようにクールな女、『キング・オブ・アイスウーマン』なんてね」
「一周回って蔑称だろそれ。……じゃない、なんであんたがここに」
「昨晩あのあと、同じ学校の制服だって気づいたから、捜したのよ」
「だから、なんで?」
クラスメートたちの視線が集まってる。
謎の美人がやってきたのだから、当たり前だ。
「ねぇ、あの人2年の鎖先輩じゃない?」
「モデルみたい……」
「話してるの誰だっけ」
どうやら謎の美人ではないらしい。
有名人なのか?
いやちょっとまて、なんで2年の先輩の名前はわかって同じクラスの僕の名前はわからないんだよ。
「あんなやついたっけ?」
「俺知ってるよ、す……すえ……」
ぐっ、熱い。僕にとって他人の視線は鬼滅の鬼にとっての太陽光みたいなものなのだ。
こっちを見るな!! 死ぬ……っ!!
「も、もしかして、また記憶がどうの?」
「いいえ、残念ながらまだ記憶消去の念波を送れるほど、私の力は回復してないの。安心しなさい、SOBAには報告していないわ。記憶も消せないのにペラペラ内部事情を話したこと、責められたくないもの」
「また都合の良い設定を……」
「ここに来た理由はただひとつ。そう、あなたは私の事情を知っている稀有な一般人!! だからこそ、相談しにきたのよ」
「そ、相談? な、なんの?」
「昨日話したじゃない。恋愛相談よ!!」
女子たちが小さな悲鳴を上げた。
美人が教室に
いや無理しろ。
気に掛けるな、友達とお喋りしてろ。
僕を注目するな。
「い、いったん外に」
とりあえず廊下に出る。
改めて並んで立つとよくわかる。
この人、スタイルがいい。
身長なんか僕よりも……。
「それで君、どうかな? 恋愛相談。ユーイチロウの気持ちを確かめたいのよ」
「実は記憶消去の念波は無事に僕に届いてましてね、なんにも覚えていないのです。もうなーんにも覚えてない。あなた誰ですか? ここはどこ? 私はだれ? 地球は何回まわった?」
「あなた、人の心を読む異能を持っているんでしょ?」
聞けよ。
「持ってませんよマジで。正真正銘、ガチの一般人です」
「ふーん、まぁいいわ」
いいのかよ。
「SOBAだと仲の良い同世代があんまりいないし、あなたにしか頼めないのよ」
「知りませんよそんなの」
「私、昨日あなたに指摘されて自覚したの。私はまだユーイチロウに未練タラタラ。まだ挽回できるんじゃないかって、期待しちゃっているのよ」
「だから、僕に恋愛相談? 残念ですね、僕は生まれてこの方マトモに恋愛したことないんですよ。恋愛ゲームですら女の子の好感度を上げたことないです」
「私だってそうよ。生まれてからずっと組織の隊員として修行の毎日だったし、一般的な学校に入ったのも高校生からなのよ。恋愛の『れ』の字すら知らずに育ったのよ」
これを妄想フィルターを取り除いて翻訳すると、中学生まで不登校でまったく男子と関わったことがありません。といった具合か。
僕の妹と同じだな。
あいつと違ってこの人は肉々しいが。
「まずはユーイチロウを一目見てきてほしいの。同じ学校で、あなたと同じ1年生だから」
いっそ無視してやるか。
しつこそうだけどな、この人。
「改めて自己紹介をするわ。私は鎖巡凪。SOBAのーー」
「Bクラスなんでしょ?」
「正解。あなたは?」
「僕は……」
自己紹介なんてバイト初日に店長たちの前でして以来だ。
何度やってもなれない。自分の名前を口にする行為は。
「末永です」
「下の名前は?」
「……アヤメ」
「くふふ、よろしくね、アヤメくん」
などと、自称超能力者は喜色満面の笑みを浮かべた。
何年ぶりだよ、母さん以外で僕の名前を呼んだ女は。
勘弁してくれ。学園ラブコメの女性キャラみたいな距離の縮め方をするな。
勘違いするだろ。
本当に、どこの誰なんだよ、この人を冷たい女呼ばわりしたやつは。
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※あとがき
兄だから、あにちゃんです。
応援よろしくお願いしますっ。
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