僕の周りで異能バトルが展開しているらしいが、モブなので恋愛相談しかできない
いくかいおう
氷の娘
第1話 平成ラブコメヒロインに出会ってしまう
僕は異世界ファンタジーが好きだ。
知らない土地、知らない文化、知らない人種に囲まれながら、不思議な力を使って世界を救う。
なんと夢のある話だろうか。
では逆に、嫌いなジャンルは何かと問われたら……現代ファンタジーだと声を高らかに宣言する。
嘘くさいから。
秘密結社だとか、日常の裏で行われる戦闘だとか、謎の不審死やら怪奇現象だとか。
この、あちこちにカメラがある現代社会でそれは嘘くさすぎるって。
目撃者バンバンでてくるって。
何かしらの映像に記録されてるって。
SNSで拡散されまくりだって。
それと、学園ラブコメね。
ラノベとかによくいるような頭のおかしい女性たちなんぞ、まず現実の学校にはいないのだ。
実際の女性はオタクに優しくないし一途じゃないし清楚でもなければ裏で悪口めっちゃ言っているのだ(全国の女性を敵に回した自覚、あり。どうせ世界中の女性からキモがられている陰キャだから構わんのさ)。
だいたい、なんだラブコメに登場する女たちは。
なんで基本的にパーソナルスペースが狭い上に簡単に人を好きになれるんだ。
普通入れないだろ、半径2m圏内に、人を。授業や整列でもない限り。
異世界ファンタジーと違って、現代が舞台だと嘘くさいのがネックになって萎えるのだ。
なんだろうねこの違い。
面倒くさいリアルめくらみたいになってしまった。
とまぁそんなこんなで、今日も僕はバイト帰りに自転車に跨りながら、なーんの変哲もない普通の街のなかを帰宅するのだ。
季節は春。一年で最も過ごしやすい5月の暮れ。
薄暗く人通りのない小道を曲がったところで、それは起きた。
「この氷の女王に不可能はないのよ!!」
どこかから女の人の声がした。
「だからこれくらい、少し休めば大丈夫よ。行ってユーイチロウ。あなたなら、きっと救えるわ。この世界を!!」
演劇の練習でもしているのか?
迷惑なことだ。もう22時だぞ。
寝てる人もいるっていうのに。
どんなやつが叫んでいるのか知りたくて、僕は声の方に近寄った。
曲がり角からひょっこり身を乗り出す。
同じ高校の制服を着た少女が、倒れていた。
違うな、正確には『スカートは履いているが上半身はブラのみ』が正しい。
「え、え。痴女? パパ活女子?」
「ふふ、結局最後まで私の気持ち、言えなかったわね」
なんかぶつぶつ言ってるし。
よくみると左手に銀色のブレスレットをつけているけど……コスプレ?
「あのー」
「?」
起き上がってこっちを向いた。
紺色の長い髪。
猫のような丸い瞳。
綺麗な人だった。
「え、大丈夫っすか」
「…………」
「救急車呼んだ方がいいのか、黙って踵を返した方がいいのか、選んでもらえます?」
「……こっちにきて」
手招きされてしまった。
元気そうではあるな。
「まったく、一般人に見られてしまうなんてね。
「あ、踵を返しますね」
「待ちなさい。あなたの記憶を削除させてもらうわ。数時間ほど頭痛が続くけど、悪く思わないでね」
「ふつーに嫌なんですけど」
「それにしても……あなた中学生? こんな時間に何をしているの?」
こっちのセリフすぎるんだが。
悪かったな中学生みたいな身長で。
「高校生ですが」
「おっ、私と同じね!!」
だからなんだ。
「くふふ、ごめんなさい。あなた、かわゆい顔をしていたからつい」
「かわ……」
女性はさらにぐいっと距離を詰めてきた。
近い近い近い!!
なんだ、こいつ。新しいタイプの美人局?
それに結界だとか、記憶を消すとか言っていたな。アホらしい。なのにどうしてかこいつ、目がマジだ。
「安心して、脳に障害は残らないわ」
「ま、待って。よくわからんのですが、せめて説明してほしいんすが」
「どうせ忘れるのに?」
「納得できなきゃ覚悟もできない。じゃなきゃ、全力で走り去りますよ」
「なるほど、しょうがないわね。今の私には、あなたに追いつけるほどの体力はないもの。いいわ、説明してあげる。私は……」
「私は?」
「超能力結社SOBAのBクラス戦闘員、
「…………」
「SOBAの、鎖巡凪よ!!」
「…………」
「しかもBクラス戦闘員よ!!」
あ、ふーん。
この子はアレだ。
そういう子だ。
あえて正式な名称は使わないよ。放送禁止用語だからね。
差別を助長する言葉は使っちゃいけない。
「くくく、もしかしたらこの名前なら聞いたことがあるかもしれないわね。氷のように冷たい女、『クイーン・オブ・アイスマン』ならね」
あるわけないだろ。
せめて女なのか男なのかハッキリしてくれ。
「いいこと? この世界はいくつもの勢力が存在し、神の娘を巡って戦争をしているのよ。私はSOBAの一員として、神の娘『
うん、帰ろう。
うわ、腕を掴まれた。
しまった、判断が遅かったか。
「待ちなさい。知りたいと言ったのはあなたでしょ!! 最後まで聞くべきだわ」
「人生とは後悔の連続だと思い知りました」
まずそのコテコテの女性言葉をやめてくれないかな。
鼻につく。
「まだ続きがあるのよ。いくつもの組織が存在するけれど、基本的には敵ばかりなのね、でも私たちにはユーイチロウがいる。なんせ、あらゆる『異能』の力を宿した選ばれし者なんだから」
ペラペラペラペラと止まらないやつだ。
序盤で設定を語りまくるラノベは売れないんだぞ。
ていうか……あぁ、くそ。
どうしても視線がブラに行ってしまう。
そこそこの大きさの、黒いブラジャー。
なんで脱いでるんだよこの人。
サイコ・フレーム? がどうとか抜かしていたが。
まて、サイコフレームはガンダムの用語だろうが。
「ユーイチロウは凄いのよ。私が教えることなんかないくらいに成長が早くて、でも少しおバカでね、ほっとけないやつなのよ」
「そ、そうなんすか」
「ほんと、ほっとけないのよ、あのバカは」
なんて、遠くを見つめてられてもですね。
星のない真っ暗な空しかありませんが。
「あんなに頼りなかったのに」
「……」
「霧素ちゃんに会ってから、あいつは……あいつは……」
それから数十分後。
「ぐすっ、ぐすっ、私だってわかってるの!! ユーイチロウは霧素ちゃんが好きだってことぐらい。だってラブラブだもん。チューしてたもん!! 浜辺でもチューしてたしデッカいクジラの体内でもチューしてたもん!! 私となんか手も繋いだことないのに!!」
あれ、僕は今なにを聞かされているんだろう。
おかしいな、変な厨二設定を延々と強制的に頭に叩き込まれていたんだがな。
「けどね、けどよ!! あれは魔力を流し込むために仕方なくでね、つまり人工呼吸的な。救命処置なの。ものすごく良い雰囲気だったけど!!」
「救命処置ならノーカンなんじゃないすか」
「でも、もういいの。諦めたの」
「諦めたんだ」
「二人を応援するわ。これからもユーイチロウをサポートするつもりよ。だっておバカでほっとけないんだもの」
どんだけバカなんだ。
「別に略奪したいわけじゃないの。本当よ? 本当にただ戦闘面でサポートするだけ。たまに料理くらい振る舞ってあげるけど。ほっとけないやつだから」
「あっそう」
「ふー、話したらスッキリしたわ。それじゃあ記憶を消すわね!!」
自分語りが好きなタイプのサイコパスみたい。
「すぐに終わらせるわ」
巡凪が手をかざしてきた。
まただ、また本気の眼差し。
そんなもので人の記憶が消せるわけがないだろう。
なのに、どうして僕はドキドキしているんだ。
怖いから? 女性の肌が近いから? まさか期待しているんじゃないだろうな。
他人の記憶を消す超能力の存在を。
あぁ、確かに期待しているのかもな。
すべて忘れさせてくれ、このままだと悪夢にうなされそうだ
「なっ!? おかしいわ。そうか、今の私には、記憶消去の念波を送ることもできないのね」
ほらやっぱり。
適当な理由をつけて失敗すると思ったよ。
「はぁ、もういいよ。僕は帰る」
「え、でも……」
「この世界に超能力だとか秘密結社なんてものは存在しない。それと」
「それと?」
「あんた、ユーイチロウくんに未練たらたらなのバレバレだよ」
「なっ!?」
僕は自転車に跨って、今度こそ帰るためにペダルに足を乗せた。
が、謎の女にチャリのカゴをガッシリ掴まれ、走り出せない。
「待ちなさい!! あなたまさか……他人の感情を読み取る超能力者!? それとも魔法使いなの!?」
「違います」
「じゃなきゃおかしいわ!! 私、クールすぎて感情が読めないって言われるのにぃ!!」
誰に言われたんだ誰に。
あぁもう、自転車を揺らすな。揺れるんだよ別のものも。
「ただの一般人です」
「そうだ!! ねぇあなた、特殊能力があるのならユーイチロウがどのくらい霧素ちゃんを好きなのか確かめてよ」
「聞けよ。つーか、とりあえず離してください。そしたら考えます」
「はい離した」
「今だ!!」
女性を騙し、大急ぎで逃げ出す。
「待ちなさーい!! 待っでえええええ!!」
と、彼女の汚い叫び声が聞こえてきたが、無視する。
そもそもユーイチロウくんなるスーパーヒーローが実在するのかどうかも怪しい。
現代ファンタジーなんてものは嘘ばかりだ。
この科学がすべてを支配する退屈な世界には異能も、神も、特別な力を持った男の子も存在しないのだ。
ただ、仮にまやかしや妄想だったとしても、あの子がユーイチロウくんに抱く恋愛感情だけは、本物なのかもしれない。
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※あとがき
よろしくお願いしますっ。
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