飴が降らない空

「雨じゃなくて、飴が降ったら素敵だと思わねえか?」


 と、その肌のコンガリと焼けた男は、ニコリともせず隣人に話しかけた。


 仕事一辺倒の堅物オヤジの割には、ファンシーというか能天気というか、らしくないアイデアだった——長時間のフライトが彼をそうさせていたというのも、多分にあっただろう。


「……すみません、僕にはさっぱり、どういう意味だか」


 その隣で苦笑するのは、同じく肌がコンガリと焼けつつも、まだ顔面に年季の入っていない若者である。「なぞなぞですか?」


「ドロップだけに、だ」


 中年は特に何らの感慨もなさそうに答える。「ドロップがドロップした日には、大層ご機嫌だろうが」


「……ううん」


 しかし、若者はなおも苦笑のまま、すんなりと首肯しない。「何が問題だ?」と中年は尋ねる。飛行機がグラッと揺れる。


「いや、ちょっと僕の方でも想像してみたんですよ……その、雨じゃなくて飴が降ったら、どうなるかって」


「妄想の方は芳しくなかったわけか。飴玉が空から降ってきたら危なくて仕方ねえって?」


「それもありますけど……、粘着性があるのも頂けないですよね。あちこちネバネバして大変だ……それに、虫が大量発生するかもしれないし、川が詰まったり、それから…………」


「もういい。お前の現実思考にはウンザリだ。聞いてるだけで頭が痛くなる」


 中年は下唇を突き出し、腕を組んでどっかりと背もたれに体重を預ける。


「………………」


 若者はその、不貞腐れた隣人を気まずそうに眺め、しばらくしてから、


「食うには困らないのでしょうけどね」


 と呟いた。


 が、その呟きは機内アナウンスによって掻き消される。もう間もなくで降下とのこと。


 着陸の準備をしながら若者は、


「そう言えば確か、似たようなフレーズがありましたよね。雨じゃなくて飴みたいなやつ」と言ってみる。


「……ンなフレーズなんか、腐るほど溢れてんだろ」と中年は突っぱねるが、若者の携えた自動小銃が目に入り、ハタと閃く。


「……銃口から花が咲いたらいいのに、か」


「あ、そうですそれそれ」と若者はパッと明るい顔になる。「飴なんかより花の方がよっぽどいい。花が増えて困ることなんてないんだし、人も殺さなくて済む」


「殺されなくて、の間違いだろ」


「縁起でもない。僕はこんな風に焼けた肌になりましたがね、それでもまだ生きていたいですよ」と、若者はむくれつつ、自らの焼け爛れた顔面を指差す。


「じゃ、敵は殺さねえとな」


「折角いい天気だっていうのに、最低の気分ですよ」


 間もなく部隊長から指令が通達され、空挺部隊は我先にと航空機から飛び降りる。


 球状に膨らんだパラシュートは、彩りさえカラフルであれば、ちょうどキャンディのようであった。

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