第7話 駒吉の誕生
置き箱の成功から一月、店はかつてない賑わいを見せていた。
背負いの商人がひっきりなしに訪れ、置き箱の注文が飛び交う。
男の名は「置き箱の男」として商人たちの間に知れ渡っていた。
ある日、男は番頭の部屋に呼ばれた。
かつては震え上がる場面だったが、今の男は別人だった。竹皮をさすり、胸を張って部屋へ入った。
番頭は笑いながら言った。
「お前、何がそんなに変わったんだ? その貫禄は小僧のものじゃない。
置き箱は店の悩みを解決する名案だった。
主人から名を授かった。今日からお前は『駒吉』だ。今まで通り真っ直ぐ務めてくれ。」
駒吉は予期せぬ言葉に目頭を熱くし、道祖神の言葉を思い出した。
小判とは例えに過ぎず、認められることこそが報われることなのだと悟った。涙が頬を伝った。
その夜、駒吉は蔵の帳簿を手に渋い顔をしていた。
在庫数が合わずとも、数え直せば済む話だが、問題は帳簿を渡す相手――文吉にあった。
文吉は松吉と同世代で、在庫管理の重責を担う手代だ。だが、店内で彼は嫌われ者だった。
かつて、先代の番頭が在庫管理をしていた頃、蔵帳簿と実際の在庫が大きく乖離していた。
文吉は新任の番頭に命じられ調査を行い、「不始末帳」に誤差の原因をまとめた。
そこには、先代番頭が少数の誤差を軽視し、数え直さず処理した結果、年月を経て莫大な誤差が生じた経緯が記されていた。
この帳簿には、在庫が停滞するに至った原因が記されており、駒吉の置き箱考案まで在庫は増え続けていた。
文吉の才能を認め、番頭は彼に蔵帳簿を任せたが、不始末帳に名を挙げられた手代たちの遺恨は根深く、
今なお文吉が不始末帳をつけていると噂された。
駒吉が文吉を苦手とする理由は別だった。
努力を積み上げた文吉に対し、偶然の出世で名を頂いた自分を「まやかし」と感じ、彼の目が恐ろしかった。
文吉に帳簿を渡すと、彼は一通り目を通し、微笑んで言った。
「誤差一つない。さすが駒吉さんだ。君の置き箱のおかげで、先代の在庫が年内に片付きそうだ。
すべて小判となって戻ってきた。店にとっても私にとっても驚くべき成果だ。」
駒吉は恐縮しつつ答えた。
「私は偶然この役職を得ただけ。本来なら小僧のままでもおかしくない。」
文吉は手を止め、駒吉を真っ直ぐ見つめた。
「小僧の頃から見ていたが、君は私より真面目だ。掃除一つに悩み、腐らず、不遇を運に変えた。
運は皆に等しく訪れる。だが、それをつかむには実力が必要だ。君には今それがある。真面目だからこそ、
よこしまな心なく運を活かせた。それが君の成功だ。」
「そうなのでしょうか?」と問う駒吉に、文吉は帳簿を束ねながら「そういうものだよ」と微笑んだ。
駒吉は竹皮を握りしめ、胸の内に渦巻く不安を押し隠した。
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