第二十六話:つちのこ見付けた
ツチノコ祭りは東黒川村がツチノコで盛り上がり始めた時に始まった祭りである。
これといって特別な行事はない。
ツチノコにあやかった屋台が多い事や、ツチノコの形の打ち上げ花火が上がる事以外は普通と変わらない祭りだった。
賑わいはそれなりだが、集まっているのは村人と家族でレジャーに来た少しの観光客といった所だろう。
ツチノコが流行っていた頃は今では信じられない程の人が集まっていたらしいが、ツチノコを信じる人がいなくなってしまった今の祭りは少し寂しい人口を感じさせる物だった。
「あ、本当にテレビ来てる」
ヒラケンが指差す先。テレビ局の大きなビデオカメラを肩に乗せたカメラマンが歩いている。
寺浦達の根回しは完璧らしい。
レジ子は河童侍を探して視線をキョロキョロと動かしていた。
寺浦に向かうように案内された場所は、祭りの会場中心にあるステージ広場。
毎年恒例の一発芸大会が行われているらしく、他の場所よりは人が集まっているように見える。
「予約した千堂一なんですけど」
「千堂一さんですね。お待ちしておりました。お出番はですね、三十分程後、このお方の次になっていますので、控え室にてお待ち下さいませ」
「ありがとうございまーす!」
「他所さんから一発芸大会に参加してくださる方って珍しいんですよ。今日は一体何を見せてくれるんですか?」
受付をしている女性にそう聞かれると、一は「ちょっと、世紀の大発見をお披露目しようかな──なんてね」なんて言いながら不敵な笑みを溢した。
「何コイツ……」
「一君どうしちゃったの……?」
「こういうのはノリが大事なの!!」
ノリの悪い友人二人にツッコミを入れながら、四人は控え室に向かって行く。
レジ子のネッシー鞄の中には、数匹のツチノコが入っていた。
控え室で鞄を開けると、ツチノコがモゾモゾと出て来る。
「狭い所でごめんね〜」
「で、ツチノコをどう見せるんだ?」
「食べる?」
「食べません。ま、ちょっと見ててくれよ」
一はそう言って、手に持っていた紙袋からマジシャン帽を取り出して、ミヒロからコートを奪い取る。
「何すんだ寒いだろうが」
「どんな感覚してんだよ。今は真夏だぞ」
そして三人から少し離れて、お辞儀をしながら帽子を被る一。その姿は妙に胡散臭い。
「ここに帽子があります」
そして、一は被っていた帽子の中を三人に見せた。
帽子の中は帽子の色と同じで真っ暗で、そこには何もない。
「ほい!」
しかしその帽子をひっくり返すと、そこからツチノコが出て来る。所謂マジックという奴だ。
「凄ーい」
「まんま一発芸か」
「すげー、もっかいやって」
「ほい! ほい!」
合計三匹のツチノコが帽子の中から出て来る。三人には種子も仕掛けも分からなかった。
「何処で覚えたんだか」
「こういう事出来るとよー、友達が暇な時に突然やって楽しめるだろ?」
「姫にも見せてやろ」
ヒラケンの提案に、三人は顔を見合わせて笑顔を見せる。
きっと姫にまた会える筈だ。
そう思って、一は準備をする。三人に種明かしはしなかった。
「千堂一さーん。準備お願いしまーす」
「はーい! そんじゃ、行ってくるぜ。お前らも手筈通りな!」
そう言って、一は三人と順番に手を合わせる。三人は控え室から出て行った。
一はマジシャン帽を被り、ミヒロからパクったコートを羽織って控え室からステージに出る。
お客さんの数は多く見積もっても二百人いるかいないかだ。しかし、近くに見付けたカメラに一は視線を向けた。
寺浦はしっかりと根回しをしてくれたらしい。
「はーい、初めましてー! いやー、こんな
お得意の社交術は、相手が何人でも変わらない。
「大魔術とかじゃないんかい!」
と、ヤジも飛んで掴みは上々である。
「いやー、お目が高いっすねぇ! 実は大魔術も出来るんですよ。では、世紀の大発見の前に! 世紀の大魔術をお見せしますね! 今から、このスプーンを曲げまーす! オラ! オラ! くそ!! 曲がれよ!!」
そう言って、一は帽子から取り出したスプーンを手で曲げようとして、まったく曲がらず大失敗して見せた。
「すみません、種があるスプーンと間違えて普通のスプーン持ってきてしまったので無理でした」
田舎の人々にはその軽いノリが受けたのか、一は「がんばれー」だとか「何してんだー!」なんて言われて注目を集める。
「ではね、気を取り戻して。世紀の大発見を皆様にお見せしたいと思います! 何を隠そう、この私。なんと、あの、ツチノコを捕獲したんです!」
一がそう言うと、会場の人々が騒ついた。
先程の大失敗を見て、これまた適当な事言ってるだけだと思う者や、ツチノコという言葉に反応する者。
「そこのテレビさーん、映ってますかー! 世紀の大発見ですからねー!」
「生放送ですよー!」
「それはもう、最高です! では皆さん、とくとご覧下さい!!」
言いながら、一は帽子を反対に持ち、その中に手を入れる。
そして、帽子からツチノコを取り出して、掲げた。
「これが、ツチノコです!!」
静まり返る会場。
一の手から降りて、ステージに立つ、まさしく本物のツチノコ。
「ツチノコだ!!」
数秒の沈黙の末、衝撃的な光景に凍り付いた会場で、先程観客席に移動していたミヒロが声を上げる。
「あっちにもツチノコだ〜」
さらにレジ子がその反対側で声を上げた。
「うおー! ツチノコ! 捕まえろー!」
そして、ヒラケンが走りながら叫ぶ。会場から一斉に声が溢れた。
「ツチノコ!? マジ!!」
「やべぇ!!」
「本物!?」
「あっちにもいるって!」
「本当にいたんだ、ツチノコ!」
「おい、捕まえに行こうぜ!」
湧き上がる観客席。テレビのカメラマンは、動揺しながらもカメラをグルグルと回してツチノコを探す。
そのカメラレンズの先に、確かにツチノコは映り込んでいた。
「いやー、ツチノコって本当にいたんですねぇ! 皆さんも、探してみてください。確かツチノコって捕まえると、懸賞金が出るらしいですよー! では、俺はこの辺で!!」
若干パニックになる会場のステージの上で、一はツチノコを拾って走り去る。
しかし、殆どの観客が一の事なんて見ていなかった。村人も観光客もテレビの人達も、全員がツチノコの影を追い掛ける。
「作戦大成功だぜ!」
「猿芝居が……」
「ミヒロも猿芝居しただろうがよ!」
妙に不貞腐れた態度のミヒロを小突く一。しかし、ミヒロの表情はそのままだ。どこか遠くを見たまま、溜め息を吐く。
「ミヒロ?」
「……こんな事で、本当に姫が帰って来るのか」
山の神様は、大昔にお寺と共に人々からの信仰を失った。
力が弱くなっていき、ツチノコを信じる人々の想いだけで、かろうじて存在を保たれていた土の子という存在は、遂に昨日、ミヒロ達の前で消えてしまったのである。
「ミー君」
「そもそも神様の姫とツチノコは関係なんて──」
「ミヒロ兄ちゃん」
「──なんだ、って……ぁ?」
「ツチノコ、見ー付けた!」
そんな声が、背後から聞こえた。
二度と聞けなくなってしまったと思っていた声。取れなかった手。ツチノコみたいな色の髪の毛。元気にツチノコを探す、小さな女の子。
「姫(ちゃん)!!」
四人の声が重なる。
そこには、四人の友達が、四人を指差して立っていた。
「違う違う! 皆、後ろ!! ツチノコ!!」
「え!?」
「は!?」
「ん!?」
「ツチノコ!?」
慌てるような様子の姫に言われるがまま、四人は振り向く。そこにはツチノコがいて、ツチノコは四人に見られると逃げてしまった。
「あーあ、逃げちゃった……」
「お前、ツチノコなんてそもそも俺達はもう捕まえ──」
「いやー! しまったぜ! くそー、せっかく、あんなに近くにツチノコがいたのによー!」
ミヒロの言葉を大袈裟に遮って、一は姫の元に歩いて行く。
「何言って……あ?」
言われてみると、先程までレジ子のカバンや一の帽子の中にいたツチノコ達がいなくなっていた。ヒラケンも唖然としている。
「姫、身体治った? 元気?」
「うん。皆のおかげで、元気!」
ヒラケンの質問に、本当に元気に応える姫。
三人は、そんな光景を見て微笑ましくて笑った。
ミヒロもツチノコが逃げた事がどうでも良くなる。というか、全部どうでも良かった。
姫がそこにいる。ただ、それだけだ。
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