第十話:泳ぐツチノコ

 水が飛び散って、一瞬虹が見える。



 川遊びをする姫とヒラケン、それに混じるレジ子と一を眺めながら、ミヒロは無意識にツチノコを探す為に視線を泳がせていた。

 探さないというつもりだったが、どうも目が勝手に何かを探してしまう。



「うお、くらえ必殺! 連続水バシャバシャ!」

「わー! 一お兄さん凄ーい!」

「これが大人の力だ。……体が大きいからな!」

「大人の癖に卑怯な。レジ子姉ちゃん、なんとか言ってやって」

「私はこの時の為にめっちゃ大きい水鉄砲を持ってきたのです」

「大人の癖に卑怯な……!」

「くらえー」

 水を掛け合う四人。

 夏の気温で熱くなった身体に、川の水はとても気持ちが良かった。



「あいつらあんなに濡れて帰りどうするんだ?」

 風邪引かなきゃ良い、とは思う。


 子供というのは平気で水着も着ずに私服で川遊びをする生き物である。それに大学生が二人混じっているのはどうかと思ったが。



「ん? こ、これは──」

 自然と身体が動いて、ツチノコを探していたミヒロは少し川辺から離れた木々の間である生き物を発見した。


 彼は目を輝かせて、それを手で掴む。



「おいはじめ!! 見ろ見ろ見ろ!! カブトムシ!!」

 そしてその生き物カブトムシを手に取って、大声を上げながら川に走るミヒロ。


「ミヒロ……お前ガキだなぁ」

「なんだテメェ……!! カブトムシだぞ……!!」

 ミヒロも大概子供なのだ。



「ミヒロお兄さん、カブトムシ捕まえたの? 見せて見せてー」

「姫はカブトムシ大丈夫なのか。ほら見ろ、デカいぞ。ヒラケンも見ろ」

「カブトムシ好きだよ。ツチノコ探してると良く見るから!」

「デッカ」

「よし、コイツの名前はデッカブトムシだ」

「ミー君が楽しそうで何よりです」

 一の背後に隠れるレジ子。魚は良いが、虫はダメらしい。


 特にゴキブリ系がダメで、ミヒロもそれは知っているからレジ子にはあまり声を掛けないでいる。



「お家で飼うのー?」

「お前嫌だろ。普通に逃す」

「が、我慢出来るよ……! ミー君が……楽しそうだから」

「カブトムシは捕まえて、観るだけで面白いから」

「そうなんだ?」

「そうなんだ」

 少しオドオドしながら、レジ子はカブトムシに視線を向けた。確かに、想像しているカブトムシよりも大きく見える。


「……さらば、デッカブトムシ」

「やっぱお家で飼っても良いよ……!?」

「男の別れに涙は要らない」

「カブトムシばいばーい!」

 田舎の自然豊かな場所で育ったからだろうか。その後ミヒロはヒラケン達と少しの間観察してから、カブトムシを自然に返した。


 ちなみにちゃんと立派な角がある雄である。



 その後また、暫く川遊びを続けた五人。

 猛スピードで川の中を走る姫と鬼ごっこをしたり、水切りの練習をしたり、鮎を手掴みで捕まえようとしたり、一を水鉄砲で蜂の巣にしたり。


 夏の川を満喫して、時間の事も忘れていた。



「待てー! ヒラケーン!」

「姫早……ぬごぉ!!」

「あ、時間やばい」

 ふと休憩していた一がスマホで時間を確認する。画面に表示されている時間は夕方の十八時少し前。


「あ、本当──」

 一の声を聞いて、振り向く姫。


 彼女は少しビックリしたような表情をしてから川を出た。



「──あ、私帰らないと! 皆、また明日! ツチノコ公園にお昼に集合ね!」

「ちょ、おい待て姫」

 ミヒロが手を伸ばすも、その手は姫の手には届かずに空気を掴む。


「……っと、指切り! 一お兄さん!」

 ミヒロを避けて、一の前まで走る姫。彼女は一の小指を掴んで、口を開いた。



「指切りげんまん、嘘付いたら針千本のーます! 指切った!」

 そう言って、腕を振り回して、姫はいつも通りの凄い速度で川の上流へと走っていく。


 あまりの唐突な退場に、誰も彼女を呼び止める事が出来なかった。



「……今日は俺だけだったなぁ、指切り」

「色々聞くの忘れてたな……。まぁ、明日でも良いか」

 少し苦笑いしながらミヒロは頭を掻く。東黒川村は川の下流であり、やはり姫は山の反対側に向かって行った。


 そこに村はない筈なのに。



「確かめにいくのは、ちょっと怖いしな」

「おーい、観光客の人! そろそろ暗くなるぞー」

 姫を見送ってから固まっていると、下流の方から人の声がする。


 振り向けば、ミヒロとヒラケンは見覚えのある詰め所の若い男二人が手を振っていた。



「あ! すみませーん! 詰め所の方ですか?」

「そうだよ。釣り竿も返して貰わないといけないし、呼びに来たんだ」

「あんたら、ゴミとかちゃんと持ち帰ってくれよ? ほら見てコレ。ここに来る途中で拾ったけど、ゴミ置いてく人もいるからさ」

 男が持ち上げるビニール袋には、お菓子のゴミ等がチマチマと入っている。


 勿論一達の捨てた物ではなかった。彼等の他にも釣りをしに来た人がいたりするのだろう。



「うわ、酷いっすね」

「昔よりマシになったけどな。前はツチノコツチノコって、人がわんさか来てたから、もっと酷い有様だった」

「ツチノコなんている訳ないのにな。迷惑な話だよ」

「おい」

「あわわ、ミー君……!」

 二人の会話を聞いて声を上げるミヒロを、背後からレジ子が止めた。


 舌打ちをして、ミヒロは視線を逸らす。

 今「ツチノコはいる」なんて言っても馬鹿にされるだけだ。そんな事は分かっている。



「え、でもツチノコ釣れたらしいっすよ。俺見てないけど」

 しかし、何も考えていないのか。一は、笑いながら平然とそんな言葉を漏らした。自分は見てもいないのに。



「あ? あっはは、何言ってんだアンタ」

「ツチノコは釣るもんじゃねーだろ。面白い事言うなぁ」

「いやー、俺もそう思うんすけどねー! あ、ゴミは一切残してないんで! 釣竿ありがとうございましたー! 鮎めっちゃ釣れたんで、美味しく頂きまーす。な、ミヒロ!」

「あ? お、おぅ」

 ミヒロの肩を抱いて、一は綺麗な歯を見せて笑う。


 一の明るい返事に、詰め所の二人も「そうかそうか」と笑いながら釣竿を受け取った。


「まぁ、綺麗に使ってくれれば良いんだよ。それじゃ、あんたらも気を付けて帰れな」

 そう言って、二人は先に川辺を下っていく。振り返れば、太陽が山の影に沈み始めていた。



「レジ子姉ちゃん、あのおっさん二人何言ってんだ? ツチノコはいるだろ」

「んー、見てないから……信じられないのかも?」

 去っていく二人を見ながら、ヒラケンは純粋な疑問を呟く。初めから疑ってもいなかったヒラケンにとって、二人の言葉はどこかしっくりこなかった。


「ま、そんな人もいるだろ! でもよー、見た事があるないとか関係なく、信じてた方が人生面白いよな! ミヒロもそう思うだろ?」

「……まぁ」

 一の人当たりの良さと世渡りの上手さには、いつも助けられている。


 もし彼がいなかったら、ミヒロは何を言っていたか分からない。揉め事を起こしたい訳ではないが、そういう世渡りの上手さが自分にはないのだ。



「絶対ツチノコ捕まえるぞ、一」

「おう! そう……だ、な!?」

 ミヒロの妙なやる気に拳を突き出して答える一。その拳の先、河岸に佇むツチノコを見付けてしまい、一は目を丸くする。


 一の拳の先、夕日に照らされた河岸に、四人を見上げるツチノコツチノコの姿があった。

 


「ツチノコ!!」

「はぁ!?」

 振り向くミヒロ。同時に、川の中へとダイブして優雅に泳いで消えていくツチノコ。



「ツチノコ……もしかして俺達に何かを伝えようとしてるんじゃ!!」

「おちょくられてるんだろ。……絶対捕まえてやる」

「ミー君鮎持って〜、重い〜」

「大量だった。ふん」

 日が沈み始める前に、四人は山を降り始める。


 赤く燃えるような空に照らされた川で、ツチノコがゆったりと泳いでいた。

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