【お茶会】四十二歳フリーターの僕は、二十年前の大学時代に生まれ変わり、ビットコインを買い占めて無双する

写乱

お茶会

小説『四十二歳フリーターの僕は、二十年前の大学時代に生まれ変わり、ビットコインを買い占めて無双する』刊行記念・登場人物お茶会


【場所】

都内某所、貸し切りのホテルラウンジ。

大きな窓からは穏やかな午後の光が差し込んでいる。テーブルの上にはコーヒーや紅茶、そして数種類のケーキが並んでいる。


【登場人物】

佐藤健:主人公。少しやつれているが、今は穏やかな表情。

美咲:ヒロイン。太陽のような笑顔は健在。そういえば、結婚した後の苗字しか作ってなかったな。

里中素史:物語の鍵を握る青年。コンビニの制服ではなく今どきの若者らしいパーカー姿。

高橋渉:健の親友。リーダー。少しだけ社長のような貫禄が出てきた。

鈴木誠:健の親友。真面目担当。相変わらず少しだけ気弱そう。

佐々木 稔:健の親友。お調子者担当。スマホをいじりながらニヤニヤしている。

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【お茶会開始】


里中:これって、ひぐ〇しのお疲れ様会みたいなもんっすよね。気楽にやりましょうよ。


高橋:いや、それだけは言っちゃダメだろ…。


佐々木:(スマホの画面を見せながら)いやーしかしAmazonレビューすごいことになってるな、俺たちの物語。「最後のどんでん返しに鳥肌が立った」「三度泣いた」だってさ。まあ俺の活躍を考えれば当然の結果だけどな。


高橋:お前の活躍ってほとんどネットでちょっかい出してただけだろ。一番大変だったのは現場にいた俺たちだからな。


鈴木:まあまあ二人とも。無事にこうして物語が終わってみんなで集まれたんだから、よかったじゃないか。


美咲:(健の腕を軽くつねりながら)ほんとだよ。特にこの人が一番無茶ばっかりするんだから。ねえ健?


健:(苦笑しながら)……ごめん。でも二度目の人生では本当にみんなに助けられたよ。ありがとう。


里中:(クリームソーダをストローでかき混ぜながら)いやーお疲れ様でした皆さん。俺、自分の出番って最初と最後だけなんでほとんど読んでるだけでしたけど、マジで面白い話でしたよね。作者さん結構やるなーみたいな。


高橋:里中くんが言うと全然褒めてるように聞こえないんだけど(笑)。つーか君、本当に何者なの?


里中:あ、まあしがないストーリーの管理人っすよ。それよりケーキ食べません? このモンブラン、マジやばいっすよ。


佐々木:話を逸らすな神(笑)。まあいいや。作者も後書きでいくつかポイントを挙げてたみたいだし、俺たちもそこから振り返ってみるか。最初のポイントは何だっけ?


鈴木:えっと…(手元のメモを見ながら)「1.主人公自身の手によるビットコイン再発見」だね。


■第一部:ビットコインと狂気の始まり


美咲:あーあれね! 健がタイムリープして私のことを幸せにするって決めた直後に考え始めたやつでしょ!


健:いやだからあれは美咲を幸せにするための手段として……。


高橋:嘘つけよ(笑)。お前の目、完全に「億万長者になって世界を手に入れてやる」って目だったぞ。俺、あの時の「笑い猫」でのお前の顔忘れらんねえもん。急に世界の真理に目覚めた教祖様みたいになって。


健:しょうがないだろ! 俺は前の人生で金がなくて美咲に振られたんだから……。


美咲:私、健がお金ないから振ったんじゃないんだけどなー。まあ、あの時の健にはそう見えてたんだろうね。でもそれにしてもいきなり大学サボってバイト三昧はやりすぎでしょ。


鈴木:僕もあの時は本当に心配したよ。佐藤くん人が変わったみたいに鬼気迫る顔してて。建設現場のバイトなんて僕らみたいな学生が普通やるもんじゃないよ。


佐々木:俺はてっきりやばいマルチにでもハマったんだと思ってたぜ。「これからは電子の金が世界を変える」とか熱弁してたもんな。今思えば全部本当のことだったわけだけど。


健:でも本当に大変だったんだぞ。ビットコインがまだこの世にないんだから。サトシ・ナカモトもどこにもいないし。


里中:(クリームソーダのサクランボを食べながら)まあその時俺、まだコンビニでシフト入ってなかったんで。出番まだっすね。


高橋:だから君は何なんだよ(笑)。で健、お前そこから自分でビットコインを創り出したんだろ? あれ作者もさらっと書いてるけど普通に考えて不可能じゃないか? 俺、後で調べたけど暗号理論とかP2Pネットワークとか個人の大学生が独学でどうにかなるレベルじゃないだろ。


健:……あれは地獄だった。本当に。


美咲:地獄って……。


健:うん。俺、未来でただの投資家としてビットコインをかじってただけなんだ。だから「公開鍵暗号」とか「プルーフ・オブ・ワーク」とか言葉は知ってる。でもその中身、つまり数学的な裏付けは何一つ知らなかった。


鈴木:論文を読んだんだろう?


健:読んだよ。RSA暗号のあの素因数分解の非対称性とか。楕円曲線暗号の離散対数問題とか。あまりの美しさに感動して鳥肌が立った。宇宙の真理がそのまま暗号になってるみたいで。でも感動したのとそれを理解して自分でコードにできるかは全く別の話なんだ。


佐々木:あー分かるわー。クライアントの無理難題な要望を分かったふりして聞いてる時と実際に企画書に落とし込む時の絶望感の差みたいなもんだろ。


高橋:全然違うだろ(笑)。


健:あの時の俺は本当に狂ってた。一日十八時間以上数学の参考書と睨めっこしてた。高校の三角関数からやり直したんだぞ。信じられるか? 数十億の資産を持ってる男がタワーマンションの一室でsin、cos、tanで頭を抱えてるんだ。


美咲:(くすくす笑いながら)想像つくかも。健、昔からそういうところあったもんね。一度ハマると周りが見えなくなる。


健:笑い事じゃないって。でも本当にそれくらいやらなきゃ追いつけなかった。そしてようやく数学の山を越えたと思ったら今度はプログラミングっていう別の地獄が待ってるんだ。C++のポインタとかマジで悪魔の発明だろ、あれ。


里中:あーポインタはむずいっすよね。俺も大学の授業でちょっとだけやりましたけどすぐ諦めましたもん。


高橋:お前、大学行ってたのかよ!


里中:まあ一応。ちゃんと卒業もしましたよ。


健:とにかくあの理論を自分の手でコードとして再現できた時のあの感動は忘れられない。モニターに「Verification: Success」って文字が表示されたあの瞬間。俺は自分がただの未来を知る男から本当に未来を創る側に回れたんだってそう思えたんだ。まあそのせいでまた美咲との未来を失うことになるんだけど……。


美咲:(健の手をそっと握りながら)……それはもういいの。


鈴木:でもその健くんの狂気的なまでの努力があったから次の話に繋がるんだよね。後書きの二番目のポイント。


佐々木:出たな。俺たちの見せ場。「2.東日本大震災の救援」。


■第二部:英雄たちの長すぎた一週間


高橋:いやーあれは本当に死ぬかと思ったぜ。


佐々木:全くだ。作者もよくあんな無茶な展開考えついたよな。前震が来たからっていきなり会社休んで二百人の部隊引き連れて東北まで行くか? 普通。


高橋:でも、お前らも来たじゃないか。


佐々木:そりゃ健のあの辻立ちのニュース見たらな。あんな悲壮な顔されたら行かないわけにはいかないだろ。友達として。


鈴木:僕は正直半信半疑だったけどね。でも高橋くんのあの電話口での鬼気迫る声を聞いたらもう行くしかないって思った。


健:俺は本当に嬉しかったよ。仙台の駅のホームでお前たちの顔が見えた時、俺もう一人じゃないんだって心の底から思えた。


美咲:私、あの場面読んでて一番泣いちゃったな。健がやっと仲間に会えたんだって。


高橋:でもそこからが本当の地獄の始まりだったけどな。本震まで四十時間しかないんだぜ? 普通のイベントなら準備に半年はかけるぞ。


鈴木:自治体との交渉も大変だった。彼らには彼らの手順とプライドがあるからね。「民間のよく分からない団体に何ができるんだ」って最初は門前払いだった。


佐々木:俺たちの情報戦も綱渡りだったよな。「政府は嘘をついてる」なんて一歩間違えればただのパニックを煽るデマだ。作者もよくあんなきわどいセリフ書かせたよな、俺に。


里中:(スマホをいじりながら)でも健さんが最初に一人で馬鹿にされながらも辻立ちしてくれたのが効いてたんすよね。あの「伏線」があったから佐々木さんの情報戦もリアリティを持った。物語の構成ってやつすか。うまいっすよね作者さん。


健:俺はただ必死だっただけだよ。でも高橋のあのプロの部隊は本当にすごかった。彼らがいなければ何も始まらなかった。


高橋:あいつらは最高の連中だ。俺が一番信頼してる仲間たちだ。まあ健のあの湯水のように湧き出る資金がなきゃ彼らも動かせなかったけどな(笑)。


健:金ならいくらでもあったからな。あの時だけはビットコインを創った過去の自分に感謝したよ。


鈴木:そして本震が来た。


佐々木:……思い出したくもねえな、あの揺れは。


高橋:俺は釜石の路上にいた。地面が波打って立っていられなかった。周りの建物が軋んで崩れていく。あの轟音と人々の絶叫は多分一生耳から離れない。


健:俺は司令部で無線から聞こえてくるお前たちのその絶叫を聞いていることしかできなかった。歯を食いしばってただ祈ることしか。


美咲:……でもみんな無事だった。そしてたくさんの人を助けた。それは本当にすごいことだよ。


高橋:ああ。俺たちのあの四十時間の戦いは無駄じゃなかった。それは確かだ。


鈴木:そして物語は三番目のポイントに進むわけだね。僕にとっては少し辛い話だけど。


佐々木:……そうだな。


健:……ああ。


■第三部:失われた太陽


美咲:……「3.美咲の死」。うん、まあ私、死んじゃうんだよねこの話(笑)。


健:……笑い事じゃないだろ。


美咲:ごめんごめん。でもさ客観的に見て、物語としてはこの展開は必要だったんじゃないかなって思うんだよね。


高橋:……まあな。作者も後書きで書いてたけど、俺たちが健を英雄として讃えてそれでめでたしめでたしじゃあまりに話が軽すぎる。


佐々木:そうなんだよな。健のこの二度の人生をかけた物語の本当のテーマはそこじゃなかったってことだ。


健:俺は……。俺はお前を救うためにタイムリープしたはずだった。なのに結局俺はお前を救えなかった。それどころか俺の身勝手な選択がお前を死に追いやった。その事実が俺には何よりも重い。


鈴木:でも健くん。それは違うと思う。君が何もしなければもっと多くの人が亡くなっていたんだ。それに美咲さんは……。


美咲:うん。私は幼稚園の先生として子供たちを守って死んだ。それは私が自分で選んだことだよ。もしあの場にいても私はきっと同じことをした。健がいてもいなくても。だから健が自分を責めるのはお門違いってやつかな。


健:でも……。


美咲:でも健が私の死を知ってあのタワーマンションで一人で泣き叫んでくれたのは……正直ちょっと嬉しかったよ。ああ私のことまだそんなに想っててくれたんだなって。キャラクターとして報われた気がしたかな(笑)。


高橋:お前、強いな本当に。


美咲:当たり前でしょ。伊達に太陽って呼ばれてないんだから!


里中:(急に真面目な顔で)でも作者さん、ここの展開結構悩んだみたいっすよ。バッドエンドにはしたくなかったって。健さんをただ絶望させて終わらせたくなかったんすよね。


佐々木:魔封学園だっけ? 別の話のアレスがどうとか。


里中:そうっす。だから健さんを本当の意味で救済するために最後の四番目のポイントが必要になったんすよ。


高橋:……ああ。全ての謎が解けるあの最後の場面か。


健:俺が本当のお前に会いに行くあの場面だな。


鈴木:「4.里中くんの役割」。


■第四部:神様はコンビニにいる


高橋:いやーしかし本当に驚いたぜ。里中くん、お前がサトシ・ナカモトだったとはな。


里中:あ、まあ間違ってはいないっすけどね。俺がやるのって他人の人生のシナリオ、ちょっとだけ書き換えるくらいっすよ。


高橋:いやだからそれって神じゃん(笑)。


里中:作者もよく最後にこんなオチつけましたよね(笑)。「最初のサトシは誰やねん」問題、解決するの面倒だったんすかね。


佐々木:里中素史でサトシ・ナカモト。アナグラムか。広告代理店の人間として一本取られたよ。俺はてっきり健が本当のサトシなんだと最後まで思ってたぜ。


健:俺もそう思ってた。自分がその運命なんだって。でも違った。俺はただお前の掌の上で踊らされてただけだったんだな。


里中:人聞き悪いこと言わないでくださいよ健さん。俺はただ健さんのあのあまりに切実な祈りを聞いたから、ちょっとだけ手助けしただけっすよ。健さんがビットコインを再発明したのも東北を救ったのも全部健さん自身の力じゃないすか。俺はただ見てただけ。


美咲:でもそれって一番すごいことじゃない? 全てを知っててでも手は出さずにただ信じて見ててくれるって。究極の愛みたいな?


里中:(少し照れながら)いやまあそこまで言われるとあれすけど。


鈴木:でも君のおかげで健くんは本当の意味で救われたんだ。三度目のチャンスをもらえたんだから。


健:……ああ。俺はもう一度あの日に戻る。今度はもうビットコインの知識も何もない。ただの二十二歳のうだつの上がらない佐藤健として。


高橋:で今度はどうするんだ? 健。


健:決まってるだろ。

(健は美咲の方をまっすぐに見て言う)

今度こそ真面目に就職活動する。そしてちゃんと就職してお前を迎えに行く。そしてお前の手を絶対に離さない。


美咲:(満面の笑みで)うん。待ってる。


佐々木:うわーリア充爆発しろ(笑)。


高橋:でも震災はどうするんだ? お前、今度は金も知識も何もないんだぞ。


健:その時はまたお前たちに頭を下げるさ。

(健は高橋、鈴木、佐々木、そして美咲の顔を一人一人見渡して言う)

俺はもう知ってるからな。俺一人じゃ何もできないってこと。でもみんながいればきっと何でもできるってこと。今度は最初からみんなで戦うんだ。


里中:……いい最終回って感じっすね。作者さんもきっと満足してるでしょ。あ、そうそう。先週末に最終話が大幅に書き換えられているので、最初から読んでた方は、もう一度読み直してみるといいかもっす。


佐々木:お、そろそろ時間か。


鈴木:そうだね。僕たちもそろそろそれぞれの物語に帰らないと。


高橋:だな。じゃあ最後に、あれやっとくか。


美咲:うん!

(六人は立ち上がり、読者の方をまっすぐに、向く)


健:この長くて回りくどくてそして少しだけ奇跡みたいな物語を最後まで読んでくれて。


美咲:本当に本当にありがとうございました!


高橋:お前らが読んでくれたから俺たちの戦いも無駄じゃなかったぜ!


鈴木:皆さんの明日が今日よりも少しだけ良い日でありますように。


佐々木:感想はAmazonレビューかハッシュタグ「#四十二歳フリーターの健はビットコインを買い占めて無双する」でよろしくな!


健:いや、それ略しすぎだから。伝わってないから!


里中:またあなたの物語がどうしようもなく行き詰まったら。どこかのコンビニの深夜勤務で僕が待ってるかもしれないっすよ。


健:それでは皆さん。


全員:また会う日まで! お元気で!

(六人は満面の笑みで手を振る)


【了】

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【お茶会】四十二歳フリーターの僕は、二十年前の大学時代に生まれ変わり、ビットコインを買い占めて無双する 写乱 @syaran_sukiyanen

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