第3話 お呼び出し?

「…………ふぅ」



 それから、三日後の放課後のこと。

 ゆっくりと、深く呼吸を整える。そんなわたしがいるのは、誰もいない体育館の裏。さて、なんでこんなところにいるのかと言うと――



【――おはようございます、実松さねまつ未来みらいさん。申し訳ありませんが、折り入ってお話があります。なので、もし良ければ今日の放課後、体育館の裏に来ていただけませんか】



 そう、丁寧な文字で書かれたお手紙が、今朝わたしの靴箱に入っていて。……これは、ひょっとして……なんて、そんな勘違いはしません。このわたしに……ら、らぶれたーを送る人なんていないから。


 ところで、差出人の名前なのだけど……うん、見たことないけど……でも、なんかどこかで聞いたことが――



「――ごめん、お待たせ実松さん!」


「…………へっ?」


 お手紙とにらめっこをしていると、不意に届いた慌てた声。そして、思わずポカンとするわたし。だって――



「……その、来てくれてありがとう。お手紙にも書いたけれど、改めて……ぼくは、六年二組の鴇河ときかわ彗月はづきって言います。よろしくね、実松さん」


 そう、柔らかな微笑で話すのは――あの時、たくさんの女の子達から歓声を浴びていた、すっごく綺麗なあの男の子だったから。




「……あっ、はい、実松未来です! その、よろしくお願いします……」

「うん、よろしくね実松さん」


 その後、ハッとして自己紹介をするわたし。まあ、お手紙にも書いてあったし、わざわざ名乗るまでもないんだろうけど……まあ、一応。


 ……ところで、どんな用事なんだろう? ……知り合い、じゃないよね? 忘れてたら、ほんとに申し訳ないけど……でも、それはないかなと。その、いわゆるメンクイ? ではないけど……それでも、こんな綺麗な顔の子を忘れることはないと思うから。でも、だとしたらなんで――



「……その、当然なんだけど……もし良かったら、一緒に野球をしてくれないかな?」


「…………へっ?」



 そんな疑問の中、思いも寄らない衝撃の言葉を口にする鴇河くん。……えっと、聞き間違い? でも、確かに今、野球って――


「……うん、びっくりするよね。急にこんなこと言われても。でも、ちゃんと理由があるんだ。……実は、少し前に君を見たんだ。公園で、すごく高いところにかかってた帽子にボールを当てる君の姿を。ぼく、すっごく驚いて……それで、感動しちゃって。それで、もし良かったら一緒に野球をしてくれないかなって」

「…………あ」


 すると、柔らかく微笑みそう口にする鴇河くん。お話を聞くに、わたしの野球の能力を見込んで、ということだと思うんだけど……でも、それは勘違いだよ、鴇河くん。あんなの、本当にたまたまだし……それに、それ以上に――



「……せっかくのお誘いだけど、ごめんなさい、鴇河くん。その……わたし、野球のことよく知らないし……それに――」





「…………そっか」



 それから、少し経過して。

 わたしの話を聞き終えた後、真剣な表情かおでそうつぶやく鴇河くん。まあ、さっきまでもずっと真剣に聴いてくれてたんだけど。


 ともあれ、わたしが話したのは、自分の力の強さにコンプレックスを抱いていること。だから、野球に限らずスポーツ全般――つまりは、力を使いそうなことはあまり気が進まないわけで。……うん、せっかく誘ってくれたのに、申し訳ないとは思うけ――


「……ねえ、実松さん」


 すると、ふとそう口にする鴇河くん。顔を上げると、さっきと同じ……ううん、さっき以上に真剣な表情でわたしを見つめる鴇河くん。そして――


「……気持ちが分かる、なんて簡単に言っちゃいけないとは思ってる。力が強くて困る、なんてぼくは考えたことないし、むしろもっと強くなりたいと思うくらいだから。だけど……それでも、その力の強さは、とっても素敵な実松さんの個性だと思う。だから、ぼくの勝手な願いなんだけど……どうか、実松さんにも自分の魅力を好きになってほしいんだ」

「……っ!!」


 そう、微笑み告げる鴇河くん。からかう様子なんて全くない、とても真っ直ぐな目で。……そんなこと、言われたことない。そんなこと、今まで一度も――


「……もちろん、すぐになんて言わない。野球部に入ってくれ、なんて急に言われても困るだろうし。返事はいつでもいいし、しなくてもいい。でも、もし良かったら一度、練習を見に来てほしいな」

「……鴇河くん」


 そう、優しく微笑み口にする鴇河くん。そして、感謝の言葉を口にし去っていく。そんな優しい男の子の背中を、わたしはただしばらく見つめたままで。





「…………ふぅ」



 その日の夜のこと。

 自室のベッドに寝転びながら、そっと息をもらすわたし。頭の中には、今日のあの言葉がずっと頭に浮かんで離れなくて。



『……それでも、その力の強さは、とっても素敵な実松さんの個性だと思う。だから、ぼくの勝手な願いなんだけど……どうか、実松さんにもその魅力を好きになってほしいんだ』



 わたしの目を真っ直ぐに見つめ言ってくれた、鴇河くんの言葉。もちろん他の言葉もだけど、特にここが頭に焼きついて離れなくて。


「…………野球、か」


 そう、ポツリとつぶやく。……うん、嬉しかったよ。野球部に誘ってくれたことも、あんな素敵な言葉をくれたことも、ほんとに嬉しかった。……でも、やっぱりわたしには――


 

 

 



 

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