第4話 鬼狩り

2009年、△月✕日──木曜日。

都内某所、深夜1時。

澪はいつも通り、言葉の痕跡を消すための作業を始めていた。


ノートパソコンの画面には、蓮華がアップしたばかりの音声ファイル。

タイトルはない。ただ無音のサムネイルと数字列だけが並んでいる。

彼女は音声を再生せず、解析ソフトに通した。


波形は、美しかった。

まるで水の表面に広がる光の断面のように、なめらかで精密。

そして、危険すぎた。


「……これが、語り。鬼塚蓮華の“声”か」


澪はマイクに向かって、小さく囁いた。


「ここに感染因子があれば、音素構成から逆算可能。

語りを、切断するルートを見つけられる」


彼女はかつて、蓮華の語りによって兄を失った。

いや、正確には“語りに呼ばれた兄が、自ら語り鬼になって消えた”のだった。

それ以来、澪は言葉そのものを研究対象として扱っている。


言葉は、生き物。

語りは、構造。

だからこそ、語りを殺すには“解体”ではなく“否定”が必要だった。


「接触構文:形態素連結型。

文法:語尾変調式。

音素:32bit非圧縮。

鬼ノ遊戯の語り構文は、自己拡張型に進化している……!」


彼女は記録を取りながら、ふと窓の外を見た。

そこには、一人の少年が立っていた。制服姿。鷹芽。

彼はじっと澪を見ていた。


「……逃亡者ね」


澪はスマホを手に取り、Onigameの通知履歴を確認する。


> 🎮 Onigameより通知:

> 【雨宮様。逃げる声が、今夜も街を横切りました。】


澪は目を細めた。


「語られる前に、止める。

語られた者を、狩る。

語る者を、沈める」


──それが彼女の使命だった。

そして今夜もまた、語り鬼は誰かに囁いている。


澪は窓を閉じる。

感情を、すべて外気と共に遮断するように。


「ごめんね、鬼塚蓮華。

言葉が美しすぎるって、罪になるんだよ」


語るな。 その声は、誰かの“生”を貫くからだ。

その言葉は、誰かの“意志”を上塗りするからだ。

だから私は、語り鬼を狩る。


都市は静かだった――

いや、静寂すら語られていた。

感染は声で来る。

優しさに化けた語りが、

少女を神話に変えた。

男を記憶に閉じ込めた。

繭は、自分が誰だったかもわからぬまま微笑む。


私は、知っている。

語りは薬ではない。

語りは、力だ。

誰かの“物語”を奪えるなら、

それは戦争だ。


逃亡者は語る。

「記憶が書き換えられた」と。

「名前が消えた」と。

「語られる度に、生がねじれる」と。


私の手には、記録がある。

蓮華が語った残響、

鷹芽の消えた過去、

市民の幻聴、

繋がった語りが都市を歪めていく。


だから私は、語ることを狩る。

語られないことの自由。

語られたまま死なない権利。

語りから自分を奪い返す行為――

それが鬼狩りだ。


これは正義ではない。

これは抵抗だ。

語りという感染が都市の限界を超えた時、

狩ることは浄化になる。

語りを断つことが、

誰かの“存在”を守る唯一の方法になる。


語るな、語り鬼。

語られるな、市民たち。

語りは救いの仮面をかぶった刃だ。


私は澪。

語りの残響を消す者。

鬼ノ遊戯の終焉を語る者だ。

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