15. アキバオタクのとある界隈について


「天界では感情を獅子よりも獰猛だと教えられてる。なんたって創造神が人間から遠ざけるくらいだからね。天使でも迂闊に手を出せない特異なものなんだ」

「極端な例だけど、カードを燃やしたらどうなる?」

「物理的にどうにかするのは一つの手段。あとはカードに込められた感情より強い感情で上書きする——でもこれはボクらには不可能だね」

「ま、それがわかれば十分。もう解決策は見えたから」

「へっ?」


 話に一区切りついたあと夕食を済ませてお風呂に入って、身も心もスッキリしたところで再び天使と対峙した。

 うん、もう大丈夫だ。いつものように冷静に物事を受け入れる準備が整った。少し休んで思考もだいぶスッキリ。おかげですぐに解決策が見つかった。


「天使が迂闊に手を出せないとしても対処できないわけじゃない。ならアキハが今日にでも天界に戻って——」


 家出中なのは重々承知だ。でもあの事故の再来となれば天界が手をこまねいてる場合ではない。あの時と違って優秀な天使が原因を突き止めているのだから対策は容易だろう。勉強であれゲームであれ何事も先手を打つのは大切だ。

 ……なのにアキハの顔色はすぐれない。そんなに天界に戻るのが嫌なのかと呆れてしまった。


「できることはできる、よ。けど掛け合ったところで動いてくれないさ。天界が動くのは何か起きてから。天使が動くのは天界が動いてから」


 無力感に苛まれる。もし他の天使に断られたとしてもお菓子で懐柔できると思ってたのに。まさか地上に連れてくるのも困難だなんて。


 やっぱり自分は非力だ。天使も天界も役に立たないなら事件が起こるのを待つだけ。俗にいうとこれが「詰み」なのかもしれない。


 いつ会っても「葵くん」と陽気に接してくれる沼津店長がある日突然壊れる。そんな未来見たくない。考えたくもない。


 もしもの話を妄想するほど自分は空想家じゃない。だけど世界王者になったあとも足繁く『もんもん』に通っていればプリミティブを持ち出すチャンスがあったかもしれない。

 そもそもあの夏の日、店に行かなければこんな惨めな思いは抱かなかった……今すぐ自分を否定したい。


「葵には黙ってたけど実は何度か、あのカードの様子を見に行ってたんだ。好ましい状況じゃないからボクもお手上げ……と思ってたんだけど、きみは本当にすごいね。簡単に奇跡を持ち込んでくるんだから」


 なにを突然、変なことを云うのかと思えばさながら映画のワンシーンのようにパチンと指を打ち鳴らす。

 するといつの間にかアキハの手には折り畳まれた一枚の紙があった。それをテーブルの上に広げる。そこには目を疑うものが書かれていた。


『「ソーサリー・スピリッツ」復活祭! 新世代を目撃せよ』


 見慣れた単語。しかしそこに書かれた文言は記憶にない。所詮はアキハの気休めだろうと高を潜っていたが、気づけばそのポスターに書かれた内容に釘付けにされていた。


 ——きたる五月五日、新体制になって初のイベントが聖地秋葉原にて開催される。

 これまで発売された全てのカードや火事を免れた貴重な開発資料の展示、これまで遊んでいたプレイヤーのための対戦スペースや会場限定の物販、そしてイベントのメインとなる商品発表会を会場に特設ステージを設けて大々的に行うようだ。

 秋葉原のイベントホールを丸々使用するのに入場はなんと無料。沼津店長率いる新体制の本気を窺えた。


 前々から今年中になんらかの形でイベントを行うと聞かされていたが、ここまで大規模になるとは夢にも思わなかった。


 しかし本当か? わたしが知らないのにアキハが知っているのも不思議な話だ。試しに手元のスマホで調べてみることに……わ、本当だ。一部の界隈で大騒ぎになってる。というか発表自体数日前にあったようだ。しばらく天使にかかりきりになったせいで秋葉原からもネットからも遠かっていたから耳に入らなかった。


『ついにきたか!』『地方だけど絶対いくわ』『実家帰ったらデッキ探す』


 すでに世間から忘れられているとばかり。界隈を中心にネットの至る所で熱意ある言葉が散らばっていた。店長の努力が世間から評価されるのはわたしにも込み上げるものがある。もう一度ポスターを隅々まで読むと、隅にちんまりと一文が書かれていた。


『プリミティブカード 会場にて世界初公開』


 へー、どうなんだ。反対する人はいなかったのだろうか。この世に一枚しかない貴重なカードなら厳重に保管するのが好ましいと思うけど、記念すべき最初のイベントだから相応しいと考えたのかもしれない。どこぞの店長が考えそうなことだ。「目玉はいくつあってもいい、あはは」なんて——


 うん、プリミティブ? 存在するかしないかで散々議論され、つい先ほど問題のブツだと話したアレ、のこと?

 わたしの記憶が正しければ公式がプリミティブの存在を認めたのはこれが初めて。まさに歴史の転換機を目撃していた。


「まさかこれを機に盗め、と?」

「それもちょっと面白そう……じゃない! きみって見かけによらず好戦的だよね。いい? 今でこそ策を練る猶予はあるけれど、感情を持つ不特定多数の人間から注目されれば正直ボクも何が起こるか予測できない。あの時より最悪な結末になってもおかしくない」

「そ、そんな!」

「でも葵ならきっとなんとかできる」


 気休めにもならない無責任な言葉に聞こえた。けどアキハの瞳に濁りはない。


「現状、感情をどうにかする手立てはない。なら葵の選択肢は一つ——混乱が起きたって大ごとにしなければいいんだ。人が暴れていれば警備員を呼んだり、放火が起きれば火を消してしまえばいい。悲劇を引き起こすのは人間なんだ。だったらしらみ潰しに火種を消していけば丸く収まる。そう思わない?」

「簡単に云ってくれるね」


 イベントまで半月を切っている。今更わたしが沼津店長にプリミティブの危険性を訴えたって中止にできるわけがない。となればアキハの作戦どおり、全てを知っているわたしが単独で動く他ない。端的にいえば出たとこ勝負。考える限り、最も現実的で最も困難な選択だ。でもこれしかない。


 それにわたしならうってつけの役割だ。沼津店長と面識を持ち、尚且つ実績あるこのわたしなら関係者として入場できるはず。

 うん、なんとかなるかもしれない。


「……はぁ、面倒なことになったな」

「でもボク知ってる。面倒だ面倒だって云いつつ、なんだかんだでやってくれるって」


 ……あぁ、もう! わたしはそういうキャラじゃない!

 短い付き合いのくせにいちいち全部見透かしてきて。アキハのそういうとこ、嫌いだ。


 

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