神様、あたし信じてますから。〜聖女と大司教が見つけた奇跡の話〜

Anonyme

第1話 村一番の美女 

——あの頃の私は、自分がどれほど“無知”だったかなんて、少しも気づいていなかった。


その世間知らずの行動が、やがて王国を巻き込み、揺るがすことになるなんて、夢にも思わなかったのだ。


* * *


夕食のとき、芋を口に運んでいると、父ちゃんが言った。

「ジネット、もうお前も十七だ。そろそろ結婚を決めないと行き遅れるぞ。意地を張らずにティボーと一緒になればいいじゃないか。あんなに真面目に作物を育ててる男は、他にいないぞ」


何度も、何度も聞き飽きた台詞。もう耳にタコができちゃうよ。

ティボーって誰かって? あたしより一つ下の幼馴染。子どもの頃はよく遊んだけど──それだけ。


ありきたりな茶髪に、珍しくもない濃茶の目。特別印象に残らない顔立ちだし、気の利いた話もできない。真面目かもしれないけど、それが何? 浮気しなさそう?……モテないだけでしょ!


(あたしはあんな平凡な男、絶対にお断り!)


「父ちゃん、いつも言ってるだろ?ティボーにはあたしは勿体なさすぎるって。あたしみたいないい女には、せめてもっとお金持ちか、格好良い男でなくっちゃ」


父ちゃんは顔をしかめ、母ちゃんは眉を下げた。

「お前、自信だけは村一番だなあ」


ったく、うちの両親はあたしに厳しいんだから。……そう、あたしは、村一番の美女。抜けるような白い肌に、光を受けるとキラキラ輝く金髪は、村の男たちを魅力してやまない。家の中だと茶色っぽく見えちゃうのが、ちょっと惜しいけどね。にしても、こんな美しい髪、田舎じゃなかなか見られないよ。大きな紅い瞳は占い師にも“精霊の眼”だと褒められたし、鼻筋はすっと通って、小さな唇も愛らしい。


村ではあたしだけがこんな顔だから、そりゃあ男たちは夢中にもなるってもんよ。まあ、これだけは母ちゃんに感謝だね。今じゃしょぼくれちゃってるけど、若い頃は美人だったと村の男たちはよく言っている。……いかつい父ちゃんに似なくて本当によかった。

そういえば、道で会うたびに花をくれる薬屋の次男坊もいたっけ。村の祭りでは五人に告白されたけど、大したことない男に惚れられてもねえ。


「……かといって、村長の息子や酒場のエリックのことも袖にしてるだろう」


あたしは首を傾げた。

「うーん、村長の息子は金持ちかもしれないけどさ、ちょっとオツムが弱いんだよね。エリックは色男だけど女癖が悪いし。ま、私を口説きたいなら、二人とももっと頑張ってもらわないと」


「……お前、調子に乗りすぎだぞ」

「ジネット、慎みのない女性は嫌われるわよ」


(それは、平凡な女なら、の話でしょ!)


「大丈夫よ!父ちゃんも母ちゃんも心配しないで。あたしが、うーんと金持ちのいい男捕まえて、二人を楽させてあげるから、大きく構えときなよ」

そういって、最後の芋を飲み込んだ。二人は顔を見合わせて、大きくため息をついた。


(この人たちって、本当にあたしの価値をわかってないのね。神様はきっと、あたしにもっと相応しい未来を用意してるんだから!)


美しくて、優しくて、機転も利く。そんな女、この村には他にいないでしょ?きっと外の世界にだってなかなかいないはずよ。


あたしの価値を、買い叩かれるなんてごめんだわ。できるだけ釣り上げて、いい男と結婚しなくっちゃ。ついでと言ってはなんだけど、親孝行にもなるんだから、願ったり叶ったりでしょ?


あたしは、その辺の平凡な田舎娘とは違うんだから。


——だけど、あたしはこのとき、まだ知らなかった。神様が、あたしにぴったりな、特別な役割を用意してくれてるなんてね!

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