第1話 兄やんとヨーヨー

押し入れの闇が無限に広がり、カーテンがオバケに見えたあの頃、


僕と兄やんは、同じ時間の中で生きていた。


ひとりっ子の僕にとって、右隣の家に住む兄やんは本当の兄貴だった。


彼の言葉は羅針盤であり、笑顔や、その仕草全てが僕の憧れであり、ヒーローだった。


兄やんは何でもできた。


いや、できなかったことも、彼の純粋さで「できた」ことに変えた。


ある日、ゴミ捨て場のブロック塀で、兄やんはコカコーラのロゴが入った重いヨーヨーを手に持っていた。


「坊、これで世界を変えられるぜ!」


兄やんがヨーヨーを振り回すと、まるで魔法みたいに糸が唸った。


でも、すぐにヨーヨーは電柱に絡まって、だらんと垂れ下がった。


「ちぇ、失敗!」と笑う兄やん。


僕が「世界、変わらなかったね」と言うと、彼は目を細めて、


「変わったさ。坊が笑っただろ?」


その言葉に、僕はキャハハと笑った。


でも、ふと気づくと、商店街のおじさんが遠くから兄やんを冷ややかな目で見ていた。


「兄やん、なんであの人、変な顔してるの?」


僕の問いに、兄やんは「大人なんて、急いでるだけさ」とだけ言って、ヨーヨーをまた振り回した。


その笑顔の奥に、なんか変な影みたいなものが見えた気がした。

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