その24 カニさんトラップ

 にゃんごろーは、凍り付いた。

 しゃがみ込み、足元にあった炙りマーブル春キノコの前でクワッと大口を開けたままのポーズで、目だけをさまよわせ、そして。


「ひぃいいいいいっ!」


 悲鳴と共に飛び上がった。

 踊り好きなネコーだけあって、なかなか見事なジャンプだったが、着地はへっぴり腰だった。


「え? 突然、何? ねえ、君? もしかして、何かした?」

「うええええん! にゃ、にゃんごろーは、ただぁ! お帽子中の春キノコは、どんな魔法の味がするのかなって思って、軽く魔法で炙って、あーんしようとしたら、こんにゃことにぃいいいいっ!」

「あんなに怯えてたくせに、なんで突然、そんな大胆なことを……」

「にゃんか、ふと、思いついて、ちゅいぃぃぃぃぃい!」

「ベビーキノコだと思って、油断し過ぎじゃない?」

「ごめぇえええええん!」


 にゃんごろーは、へっぴり腰のままキョロキョロオドオドしているが、魔法釣りネコーは、警報が鳴り始めた時は驚いて周囲を警戒したが、ひとまず音だけで何も起こらないと分かるとすぐに警戒を解いた。

 巨大キノコのカサの下にいるというのに、落ち着いた様子で、にゃんごろーの相手をしている。


「てゆーか、君、最初のキノコのおならもまだ出てないんでしょ? その上で、また春キノコを食べたら、また街へ出られるのが先送りになっちゃうんじゃないの?」

「…………はあああっ! しょーだったぁ! はっ! まさか、このアラームは、にゃんごろーにそれを教えるために…………? な、なんて、しんせちゅな……。ありがとう、ありがとう! にゃんごろー、もう大丈夫! 大丈夫だから、そろそろ、お静かにお願いしますぅー!」


 魔法釣りネコーが「そういえば」な指摘をすると、「そもそも」を思い出したにゃんごろーは、都合のいい解釈をして、太古の塔の全方位に向かってヘコヘコともふ頭を下げながら感謝を述べ、未だ鳴り止まぬアラートに対して図々しくも「そろそろ」をお願いする。

 かくして、アラームは止んだ。

 にゃんごろーは「ほわっ」と顔を綻ばせ、魔法釣りネコーは「え? 本当に?」と首を傾げ、そして。

 ふたりは、そろって悲鳴を上げた。


「にゃあああああああああああっ!」

「ええええええええええええええ!?」


 エレベーターのある塔中央の筒状エリア。

 そこに、大きな口が開いたのだ。

 筒状エリアは、以前にゃんごろーが予想した通り、格納庫になっていようだ。ただし、格納されているのは、春の食材ではなかった。

 巨大春キノコよりもさらに大きい、赤と黒のマーブル模様の特大キノコだった。

 巨大春キノコは、体が大きめ人間よりもちょい大きいなくらいのサイズ感だが、赤黒マーブル特大キノコは、大きめな人間からしてもグイーンと見上げる大きさだ。ジクの太さもかなりのものだ。ネコーのひとりぐらいは、余裕で住めそうな大きさだ。

 にゃんごろーは、震え上がった。

 恐ろしいのは、大きさだけではなかった。

 赤黒マーブルには、顔があったのだ。

 ジクの半分よりも上の方に、顔に見える黄色い光が灯っているのだ。

 鋭く吊り上がった目。やたらと横に長い口には、牙が生えているように見える。

 どこから誰がどう見ても、お怒りを表現していらっしゃる。

 そして、その怒りは、間違いなくにゃんごろーに向けられていた。赤黒マーブルの中で黄色く光っている目は、にゃんごろーをロックオンしているのだ。

 目から光が照射されていたら、間違いなくにゃんごろーのもふ身を貫いていただろう。

 にゃんごろーは、見事な土下座を披露して謝罪した。

 恐怖のあまり、魔法の避難経路のことは、もふ頭からすっぽりと抜け落ちていた。


「ベビーキノコを齧ろうとして、ごめんなさいでした! もう二度としません! 反省してます! だから、許してください! にゃんごろーを食べないでぇ!」

「あ、炙ったのがよくなかったんじゃない? もしかしたら、塔の中は火気厳禁なのかも。魔法の炎とはいえ、塔の中で許可なく勝手に火を使ったから怒ってるのかも?」

「…………は! なるほど? ちゅまり、炙ったキノコを冷やせば、お怒りもシュルンととけてなくなるかも……!」


 お怒りの対象外だからか、魔法釣りネコーは冷静に他ネコー事を貫いて、思い付きを軽く口にした。進退窮まっているにゃんごろーは、すぐさまその案に飛びついて、炙られて甘香ばしい匂いをさせているピンクと水色のマーブルキノコに両手を向け、冷気の魔法を放つ。

 しかし、焦り過ぎていたせいか、少々……いや、大分力が入り過ぎてしまった。

 にゃんごろーとしては、冷蔵庫くらいの冷気で炙りキノコをヒンヤリさせてあげるつもりだったのだが、冷凍庫を超える冷気が炙りキノコを襲った。

 その結果、春の炙りキノコは、真冬の霜々キノコに変身した。


「ちょっと、冷やし過ぎじゃない?」

「グルォオオオオオオオオオオン!」


 魔法釣りネコーの冷静な指摘に応えるように、獣のような咆哮が轟いた。

 発生源は、赤黒マーブルキノコだ。

 口の形が、変形していた。

 横長だった口は、大口を開けたような四角形に形を変えていた。しかも、すべての辺が、まっすぐではなくトゲトゲしている。トゲの深さは一律ではなく、それが赤黒マーブルキノコの深すぎるお怒りを表明しているようでもあった。

 怒りの波動が、ビリビリと伝わってくる。

 にゃんごろーは、恐怖のあまり竦み上がって動けない。

 赤黒マーブルキノコには、春巨大キノコと違って手足が付いておらず、その場を離れようとしないことだけが救いだった。とはいえ、魔法で攻撃されればそれまでなのだが、もうそこまで頭が働いていなかった。

 思考回路は完全に凍結していた。


「あ。怒ってる。うーん……? あ、もしかして。キノコの帽子飛ばしを邪魔したからじゃない? きっと、これは神聖なお帽子の儀式なんだよ。それを邪魔したから、こんなに怒ってるんだよ」

「……あ! そ、そーかもぉ! このキノコだけ、お帽子が止まってる! そーいえば、炙った後から、止まってたかもぉ。え、えっと、ちゅまり! また、お帽子が飛ぶようになれば、お怒りも、シュインと消えるはず!…………てやっ! えい・えい・えい・えい!」

「……………………あ」


 魔法釣りネコーが、またしても思い付きを口にすると、にゃんごろーはその案に軽々しく飛びついた。具体的には、霜々キノコをブチィっと強引に摘み取り、ぶんぶんとキノコを振ってみた。

 …………が、パラパラと霜が落ちてくるだけで、お帽子は一つも飛んで行かない。


「ひぃーん、お帽子出てこないぃいいい! どうしよー!?」

「…………うぅーん、そういうことじゃないっていうか。色々もう、手遅れなんじゃないかなー?」


 にゃんごろーは錯乱のあまり、霜しか出てこないキノコを振り回しながら踊り出した。

 魔法釣りネコーは「あーあ」の顔をしている。魔法釣りネコーには、この後の展開が、なんとなーく予想出来ていた。

 ふとした思い付きから始まったにゃんごろーの一連のその場しのぎ行動は、どれも悪手ばかりだ。特に最後の一手は、赤黒マーブルキノコの怒りをより一層燃え上がらせ、にゃんごろーの命運にトドメを刺したように思われる。


 案の定。


 赤黒マーブルは猛り狂った。

 さっきよりも激しく咆哮を放ち、根が生えたように……というか実際に根が生えて動けなかったはずの格納庫内からシュインと流れ出て来た。

 それはもう、シュインだった。

 まぎれもなく、シュインだった。


「あ、出て来たよ?」

「…………ほえ?…………にょ、にょ――――!」


 どういう仕組みか分からないが、根が張って動けないはずの赤黒マーブルキノコは、シュインと滑るように格納庫から出陣したのだ。

 格納庫から出たところで、一度動きを止めたが、鋭く吊り上がった瞬きしらずの黄色い目は、にゃんごろーに注がれっぱなしだ。

 完全にロックオンされている。

 にゃんごろーは震えながら、にょいーんと伸び上がった。


「用意しておいた避難通路を使えばいいんじゃないかな?」

「……………………! そ、そそ、そーだったぁーん!」


 にゃんごろーは、赤黒マーブルを警戒しつつ、足元に目を走らせる。

 避難口は、前方……赤黒マーブル側にあった。

 動揺と錯乱のダンスを踊っている間に、避難口を器用に避けつつ、現場から後ろに下がっていたようだ。踊っている間に落ちていれば、今頃は危険から離脱できていたのかもしれないが、無意識のうちに避けてしまっていたようだ。自分で開けた避難口であることを忘れて、ただの落とし穴として認識していたのかもしれない。

 まあ、今はそんなことはどうでもよい。

 それよりも、いかにして赤黒マーブルをこれ以上刺激することなく、ちょい向こうにある避難口に飛び込めるか、大事なことはそれだけだ。


「ま、まじゅは、マーブル・キ・ノコーンの気を、逸らしゃにゃいと……よ、よし! カニさんシュシュシュで、好きにさせる!」


 何事かを思いついたにゃんごろーは、もふにょふと反復横跳びを始めた。なかなかに俊敏な動きだ。

 隙を誘うの言い間違いなのか、本気で好きにさせて懐柔するつもりなのかは不明だが、効果のほどはというと――――。

 魔法釣りネコーの意表はつけたようだが、赤黒マーブルに効果があるのかは微妙だった。

 魔法釣りネコーは驚いて目を見開いた後、「ふくく」と笑いを堪えているが、赤黒マーブルは依然としてお怒りの表情のまま、にゃんごろーをロックオン中だ。

 ハニトラならぬカニトラにかかった気配は微塵もない。

 好きにさせても、隙を誘ってもいない。

 マーブルの攻撃が目からの光線発射だったら、多少のかく乱効果はあるかもしれないが、あの巨体でシュインと突進する戦法を取られたら、普通に吹き飛ばされて終わりだ。反復中にシュインされたら、逃げる間もなくドーンで終わる。


「と、止まってくれてるうちに、駆け込んで飛び込むか、新しく通路を、開いた方が、は、早いし、安全なんじゃ、ない……? ふ、ふふふっ」

「……………………」


 どこまでも他ネコー事な魔法釣りネコーが、野次のようなアドバイスを飛ばしながら、笑い崩れる。

 にゃんごろーは、それには答えなかった。

 そもそも、聞こえていないのかもしれない。

 にゃんごろーは、両方の目をカッとおっぴろげて、赤黒マーブルの動向を窺いながら、左右にシュシュシュッと残像を描き続け、そして。


「ふっ、ふふっ…………ん? あ、あー! 動揺と混乱の極みのあまりの破れかぶれ行動かと思ったら、一応ちゃんとした作戦だったんだぁ! へーえ! 最善とは言い難いけど、やるねぇ。ま、見世物としては最上級の選択だったけどね」


 しゃがみ込んで笑っていた魔法釣りネコーが、あることに気づいて立ち上がった。

 そして、ポムポムと肉球拍手を送り始める。

 にゃんごろーは、その声援に応えるかのように――――。


「よし! 今だ! とうっ!」


 事前に用意しておいた避難口に勇ましく飛び込んだ。

 ぽっかり開いたネコーおひりとり様サイズの穴に、白の混じった明るい茶色のもふ身がシュルンと落ちていき、耳の先が通過すると同時に、サッと閉じる。

 魔法釣りネコーは、穴が閉じた後も、ポフポフと肉球拍手を送り続けた。

 にゃんごろーは、左右に残像を残しながら、にじりにじりと少しずーつ前へ進んでいたのだ。


『反復横跳びで気を逸らせている間に、ゆっくり確実に避難口へ近づいて行き、しかるべきタイミングで一気に飛び込む』


 それが、にゃんごろーが立てた作戦だった。

 咄嗟の思い付きにしては、まあまあの作戦かもしれない。


「ふっ、ふふっ。速攻で足元に通路作って飛び込んだ方が早くて安全だったと思うけど、ほんと、見世物としては、こっちの作戦の方が、格段に最上級っ……。あー、面白かった」


 にゃんごろーは真剣に危機一髪のつもりだったけれど、魔法釣りネコーは薄情にも茶番扱いで楽しんでいたようだ。

 騒々しいネコーがいなくなって、キノコのお帽子フロアはすっかり静かになった。

 赤黒マーブルは、お怒りの表情のまま、騒々しいのが消えた空間を見つめて佇んでいる。


「さてさて。お怒りは、まだ、解けてないのかなー? もしかして、どこに逃げたか、探してる?」


 魔法釣りネコーは、足元の春キノコを踏まないように気をつけながら、弾む足取りで赤黒マーブルに近づいて行った。

 傍までやって来ると、ポンと赤黒マーブルの胴体に手を触れる。

 赤黒マーブルは、魔法釣りネコーには反応を示さなかった。


「ふぅーん? やっぱり…………」


 魔法釣りネコーは、赤黒マーブルを撫でまわしながら、傘のようなカサの天井を見上げる。

 しげしげとマーブルを見つめるネコーの目が、ニンマリと弧を描いた。


「うん。もう一幕、楽しめそうだね?」


 何やら、良からぬイタズラを思いついたようだ。

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