その17 春の森のネコー
月明かりに照らされて、タマゴの船がふよふよと夜空を飛んで行く。
おとうふネコーにして不思議ハンターを名乗るネコー、にゃんごろーの卵船だ。
島の真ん中の湖を渡り、滞在先であるイチゴのお宿とは反対側のドーナツの輪に向かっている途中だった。
湖面に映った満月が、ユラユラ揺れて、とても美しい。
「上にも、下にも、お月様ぁ~♪ お空の月はぁ、キリッとしてるぅ♪ お水の月はぁ、ホロホロロォーン♪ みゅふっ♪ 堅焼きクッキーと口溶け柔らかホロホロクッキーの関係とぉ、似ているかもしれにゃい。にゃふっ♪」
にゃんごろーは、卵内を前面スクリーンにして、空と湖面の二つの月を楽しんでいた。
映像だけなら、とても風流である。
が、音声が入ると台無しだった。
にゃんごろーは、おとうふに月を愛でながら、湖の真ん中にある塔を迂回して、反対岸へと渡る。
桜の森が、月光を照り返していた。
美しく、神秘的だ。
「ふわぁーおぅ……。きれーい。まるで、春ブロッコリーを、わさって敷き詰めて、お月見ソースをかけたみたい。美味しそーう……ジュル」
神秘色は色褪せていったが、おとうふ色は格段に高まった。
にゃんごろーは、口中に溢れた涎をゴクンと飲み干し、その美しくも美味しそうな光景を目に焼き付けようと、森の上をクルンと一周回ってから、ふいんと卵を降下させた。桜森と湖の間の小道の脇へ進み、桜の木の傍に卵を停める。
小道には適当な感覚で街灯が立っていたが、人の気配もネコーの気配もしなかった。
昼間ならば、よいお散歩コースなのだろうが、夕ごはん時にこんなところをウロウロするのは酔狂な観光客か、人目を避けたい者たちぐらいだろう。
にゃんごろーは、卵を降りると、桜森の中へともふ足を踏み入れた。
しばらく卵船を離れることになるが、心配はしていなかった。
防犯魔法対策はバッチリだからだ。
もふ毛に隠れて目立たないが、手首に装着したブレスレットと卵船は魔法で連動しているのだ。にゃんごろーが卵内にいない時に誰かが卵を動かすと、すぐに分かるようになっていた。ネコーが魔法で卵を開けて勝手に操縦しようとした場合もだが、人間が力に任せて、あるいは道具に任せて物理的に卵を持ち運ぼうとした場合にも、だ。
おまけに、その連絡は、青猫号本部にも届くようになっていた。卵が何処に運ばれても、にゃんごろーと本部は、その行方を魔法で追うことが出来るのだ。
ついでのおまけに、にゃんごろーも卵にとある魔法を仕掛けていた。
卵のお船に悪さをしようとした者に、とんでもなくくさーいおならが丸一日止まらなくなる魔法を仕掛けてあるのだ。
ちなみに、このいたずら……いや、お仕置きは、過去に二度発動したことがある。よほど自分のおならが臭かったのか、犯人は深く深くふかーく反省し、二度とネコーの持ち物には手を出さないと誓っていた。人間の持ち物も無断で持ち去ってはダメだと思うが、ひとまず事件は解決したのだ。
さておき。
にゃんごろーは、浮かれ弾みまくったスキップで、桜森の奥へ向かって、桜の木の間をすり抜けながら、「ズン・ズン・チャッチャ♪ ラン・ラララ♪」と突き進んでいった。
森の奥に、目当てのお店があるはずなのだ。
こんなところに?――――と思うかもしれないが、ネコーによるネコーのお店ならば何の不思議もない。儲けなど考えていない、完全に趣味のお店なのだろう。魔法の力で大抵のことは何とかしてしまえるネコーは、人間の生活に興味があるのでなければ、お金なんかなくてもそれなりに楽しく暮らしていけるのだ。
「ううーん♪ あ・た・りぃー♪ の匂いがすーるねぇーん♪」
お店らしきものは見当たらないが、にゃんごろーはご機嫌で音符を舞い踊らせた。
森の奥には、魔法の気配が漂っていた。
ネコーの魔法だ。
森の奥のとある場所に近づくと自然に迂回するように促す魔法、とある場所に辿り着けなくするための魔法だ。
これならば、魔法を使えない普通の人間が、うっかり店を見つけてしまうことはないだろう。人間の魔法使いやネコーでも、かなりの魔法の使い手でないと気づいたら森の外へ出ていた……なんてことになりそうだ。
つまり、この魔法を突破して店に辿り着けた者だけが、特別なお料理を食べる資格があるということなのだろう。
そう思うと、期待は高まる一方だ。
にゃんごろーは、足取りと鼻歌は弾ませつつも、冷静に魔法の気配を辿り、隠されている方へ、隠されている方へ……と進んでいく。
そうして、ついに。
魔法の発生源へと辿り着いた。
桜の木立に囲まれるようにしてぽっかり空いた空間。
そこにジャストフィットしている、ネコーサイズのドームがあった。
緑鮮やかな葉っぱを重ね合わせて作ったドームだ。
ネコーあるいは人間の子供が数人くらいなら入れそうな大きさだった。人間の大人も入れないことはないが、ずっとしゃがんだままでいなくてはならない天井の高さだ。
看板は出ていないし、入り口らしきものも見当たらなかった。
けれど、ここが目当ての店で間違いなかった。
ドームの中から、ネコーの気配がするのだ。
魔法で探りを入れた感じだと、中にいるネコーはひとり。
おそらく、この店の店主なのだろう。
「お休みの日じゃなくてよかったぁーん♪ もうお店は、開いてるのかなーん♪ それとも準備中かなぁーん♪ 聞いてみよーっと♪」
ドームの前で、もふもふクネクネ踊った後、にゃんごろーは姿勢を正した。
初めてのお店を訪ねるのだ。
おとうふな予感に浮かれていても、ちゃんと礼儀は払うのだ。
「おこーんばーんはぁー! 特別なキノコを味わいに来ました! ネコーがひとりです! 人間のお金も持ってます! お店は、今、開いてますかー? 入っても、大丈夫ですかー?」
シュバッと片手を上げ、まるで宣誓をするように声を張り上げる。
返事はない。
けれど、ドームの中で誰かが動く気配は感じた。
にゃんごろーの存在に気づいてくれたのだろう。
にゃんごろーは、元気よく片手を上げたまま、返事を待つ。
「ごめんごめーん、なのよん。ちょっとうたた寝してたのよん。今、開けるのよん」
「…………わ、わはぁー♪」
片手から元気がなくなる前に返事が聞こえた。
そして、ドアが開く。
葉っぱドームの一部が、わさぁーっと宙に舞って、ネコーサイズの入り口が出来上がったのだ。さっきまでドームの一部だった葉っぱは、ひらひらひらりとドームの上空を舞っている。一緒に踊りたくなる気持ちを押さえて、にゃんごろーは入り口をくぐった。
中に入って後ろを振り向くと、わさわさわさーっと葉っぱが戻ってきて、入り口を塞いでいく。
「おおー! おもしろーい! さすが、ネコーのお店ぇー♪」
にゃんごろーは、ポフポフと手を叩いて喜んだ。
それから、改めて前に向き直り、店内を見回す。
壁も天井も床も、緑の葉っぱが折り重なって出来ていた。散らばらないように魔法の力が行き渡っている。
天井の真ん中に、淡いオレンジに光る半円がくっついていた。それが照明となって、ドームの中を優しく照らしている。
奥には、葉っぱを集めて作ったカウンターと、椅子があった。椅子は、二つだ。
カウンターの端には、キノコを漬けたガラス瓶とキノコを盛り付けたザルが並んでいた。
心が弾むような可愛らしい色彩と模様のキノコ。
塔の中で見つけた、春キノコに間違いない。
「こ、これはぁー! タ・イーコの塔の春キノコォーん♪」
「ふふ、いらっしゃいなのよん。太古の塔に入ったことがあるんだよん?」
にゃんごろーが、スササーッとカウンターに近づき、ザルの上のキノコとガラス瓶の中のキノコの間で視線を行ったり来たりさせていると、店主のネコーがおっとりと笑った。独特な話し方をするネコーは、春キノコにも負けないくらい可愛らしいシュガーピンクのもふぁもふぁしたネコーだった。首の下あたりが、特にもっふぁりしている。抱きしめたら、気持ちよさそうだ。
春色ネコーは、にゃんごろーに問いかけながら、目で座るように促した。にゃんごろーは、軽く頷いて、左の椅子に座る。
「はい。昨日、真ん中の島で釣りをしていたネコーと一緒に探検してきました。塔の中は、春色のキノコのお家になっていました。それで、そのネコーに、このお店の噂を聞いて、いろいろ調べてやって来ました!」
「それは、嬉しいのよん」
「あの、でっかいキノコの生き物のことは、知ってますか……?」
「知ってるのよん。でも、何なのかは分からないのよん。小さいキノコの世話をしているだけみたいなのよん」
「そ、そうですか……」
塔の話ついでに、巨大キノコのことも聞いてみたが、春色ネコーもその正体は知らないようだ。にゃんごろーは思い出して、ぷるりともふ身を震わせた。
「それじゃあ、今夜は春の味を心行くまで楽しんでいってなのよん」
「は、はい!」
蘇った恐怖は、春色ネコーの言葉で吹き飛んで行った。
恐怖よりもおとうふが勝ったのだ。
ここにいるわけではない魔獣かもしれない巨大キノコよりも、特別な春キノコ料理なのだ。
「あ、そうそうなのよん。もう知ってるかもだけれどもなのよん。春キノコは、見た目は可愛いけれど、毒キノコなのよん」
「あ、はい! 噂で聞きました! 承知の上です!」
「分かったのよん。毒の危険を承知で春を味わおうとするあなたは、春キノコを楽しむ同志なのよん」
おとうふに気を逸らせるにゃんごろーだったが、春色ネコーは、まずは注意喚起を行った。にゃんごろーは、内心ちょっぴり焦れたが、大事な説明ではある。危険は承知で春キノコ料理を味わいに来たことを、前のめりでハキハキと伝えた。
春色ネコーは、その返事を聞いて満足そうな顔で大きく頷いた。
どうやら、かなりの春キノコ好きのようだ。
春キノコ専門のおとうふ仲間ともいえるかもしれないと考え、にゃんごろーは口元を緩ませた。
「まあ、心配しなくても、森にかけた魔法を潜り抜けてここまで辿り着けたなら、問題ないと思うのよん」
「なるほど。あの隠れん坊魔法は、ふりかけの魔法! 春キノコの毒を何とか出来る魔法の力があるものだけが、お店までやって来ることが出来るようにと仕掛けたものだったのですね?」
「そうよん。解毒魔法が使えるだけの魔法力を持った者だけが辿り着けるように、森にふりかけたふりかけ魔法よん」
「なるほど、やはり」
推測が当たったにゃんごろーは、もっともらしい顔つきで、もふりと腕を組み頷いた。
にゃんごろーはおそらく、ふるいにかけるための魔法と言いたかったのだろうが、春色ネコーは、森へふりかけた魔法と解釈したようだ。
まあ、なんにせよ。
にゃんごろーの春キノコへの期待は、俄然高まっていた。
森に魔法をふりかけてまで毒キノコ専門店を営む春色ネコー。ひとりのネコーをそこまで虜にする春キノコとは、相当に美味しいキノコなのだろうと涎が溢れて止まらなかった。
「さ、それじゃあなのよん。オイル漬けと生のキノコを炙ったのと、どちらがいいのよん? お好きなキノコを選んでなのよん?」
「え? あ、はい。えっと、それじゃあ……」
春色ネコーは、ガラス瓶とザル盛キノコをピッピッと爪の先で順に指していった。
オイル漬けのキノコは、少々大きめ、全身水色でカサに白い星が散らばっていた。ザルの上にはネコーの手のひらサイズの小さめ春キノコがゴロゴロしている。
にゃんごろーは、ザルの上の春キノコを選んだ。
黄緑のジクに黄色のカサ。黄色には、小さな白の水玉が舞っている。
タ・イーコの塔の上のタンポポ野原を思わせる配色だった。
にゃんごろーが、この島で一番初めに感じた春だ。
「了解なのよん。あらよっとなのよん」
春色ネコーは、にゃんごろーが選んだ春キノコを爪の先でプスリと刺して持ち上げると、魔法で火炙りにした。
チリチリと春キノコは焼けていく。
火が入ると、柔らかだった色あいが濃く鮮やかになっていく。キュッと小ぶりになっていき、艶やかに色づいていく。
甘く香ばしい匂いが鼻孔をくすぐる。
心が浮き立つ匂いだ。
「さ、これで完成なのよん」
「はい。ありがとうございます」
春色ネコーは爪に刺したままの春キノコをズズイとにゃんごろーに差し出した。
にゃんごろーも、反対側から春キノコに爪を立てて、春色ネコーの爪から春キノコを抜き取る。
人間の飲食店ならあり得ない光景だが、ネコー同士なら、こんなものなのである。
「一口で、食べきるのよん! 最高の春が味わえるのよーん!」
「は、はい! しょれでは、いただきみゃす!」
それまで、しっとりと落ち着いていた春色ネコーが、急に鼻息を荒くした。
目が血走っている。
にゃんごろーもまた、喜びに興奮した。
しっとりおっとりが豹変するほど美味しいのだ!
と、考えたのだ。
にゃんごろーは、魔法に炙られて鮮やかに縮んだ春キノコを「あむん」と頬張った。
魔法で炙られて縮んだ春キノコは、ネコーの口にちょうどいいサイズになっていた。
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