その13 太古のエベレンレン
太古の塔の中にあるもう一つの塔、春野原の真ん中に建つ白い塔に辿り着いたにゃんごろーは、両手の肉球をヒタリと壁に押し当てた。
すると、ちょうど目の前に黄色く光るマークが二つ、ポワンと現れる。
上向きの三角と、その下に下向き三角が一つずつ。
魔法釣りネコーは、一体何の魔法だろうと首を傾げたが、にゃんごろーはその正体に心当たりがあるようで、もふもふもふっと両手を振り回して、もふビシッとポーズを決めた後、自信満々で叫んだ。
「これは、エベレンレンの魔法!」
「…………エベレンレン? それも、古代の魔法なの?」
「んーにゃ。今も使われてる魔法だよー! エベレンレンは、上に行ったり下に行ったりする魔法の箱なんだよー!」
「ああ、エレベーターとかいう、人間たちが使う魔法のことだね? 常春島には、あまり高い建物はないからねぇ。話には聞いたことあるけれど、見るのは初めてだよ。乗れるのかな?」
「うん! 魔法もまだ生きてるし、大丈夫。上に行ってみよう! とうっ!」
にゃんごろーは魔法釣りネコーが答えるのを待たず、上向きの三角に肉球をペトッと押し当てる。
三角マークが消え、もっとずっと大きな黄色く光る四角が現れた。
ネコー二人が余裕をもって入れそうな四角だ。
四角は何度か点滅を繰り返した後、最後に大きく光って消え、それから。
同じサイズの箱が現れた。
光のカーテンが消えて、その向こうに隠れていた部屋が姿を現したかのようだった。
けれど、それが元々そこにあった部屋でも箱でもないことを、ネコーたちは何となく感覚で理解していた。
「ううむ。魔法のセンセーがお仕事をしているようだねぇ」
「先生? 何か教えてくれるの?」
「うんにゃ。ネコーがふたりいるーって分かったから、ちょうどよい大きさの箱を、呼んだ?……ううん、つくったのかなぁ?」
「あ、センサーのことか」
古代魔法の仕組みをそれなりに解き明かしながら、ふたりはためらわずに箱に乗り込んでいく。箱の中ほどまで進んでから、ふたりはクルンと振り返った。そこには、まだ春野原が見えている。けれど、ふたりには分かった。
もう、扉は閉じられているのだと。
魔法釣りネコーは、フラリと春野原へ引き返していった。といっても、別に怖気づいて箱の外へ出ようとしたわけではない。
その証拠に、魔法釣りネコーのピンクグレーのもふ毛に包まれた顔は、ワクワクと輝いていた。
箱と野原の境目まで来ると、魔法釣りネコーは、そっと手を伸ばす。
肉球が、ヒタリと冷たいものに触れた。
磨きに磨き抜かれたガラス窓のような、見えない壁に遮られたのだ。
けれど、それはガラスではない。
魔法で操作をすれば、外から見たのと同じ白い壁に戻すことも出来るし、土壁に覆われた太古の塔の外の景色を映すことも出来るのだろう。
魔法釣りネコーは「ほぅ」とため息を洩らしながら、見えない壁の感触をペタペタと味わう。
それらの魔法技術には、青猫号や卵船を通じて慣れ親しんでいるにゃんごろーは、何やら保護者目線になって、ニコニコほこほこと見えない壁と戯れる魔法釣りネコーを見守っていた。
見守りながらも、一応不思議ハンターとしての考察も行っていた。
ペタペタ祭り開催中の魔法釣りネコーを見つめながらも、にゃんごろーはもふりと腕を組み「ふぅむ」と唸った。
「ふぅみゅん。貯蔵庫に違いないって思ってたけど、どうやらここは、タ・イーコの塔の魔法システムの大事なトコみたいだねぇ」
「へえ? そうなの?」
ペタペタしていた魔法釣りネコーが、両手を野原に押し当てたまま、くにょんともふ身を捻って、瞬きながらにゃんごろーを見つめた。
ペタペタがパチパチに変わったのは、不思議ハンターが珍しくまともな考察を述べたからだ。これまでの考察は、ハンター自身はいたって真面目に言っているのだが、傍で聞いている側からしたらトンチキ与太話でしかなかった。けれど、今回のお説は、ざっくりではあるが、それなりにそれっぽい。
しかし、不思議ハンターは、やはりトンチキだった。
「うみゅ。もしかしたら、ここは、すっごい昔にものすごいてっぺん地理チリが起こって、世界から春がなくなりそうになったから造られた春の食材栽培施設で、春の食材貯蔵庫なのかと思ったんだよねぇ」
「……てっぺんちりちり?…………ああ、天変地異から逃れるための避難場所として建てられた塔ってことかぁ。うぅーん、人間が好きそうな説だねぇ」
言語の乱れを律義に訂正しながらも、魔法釣りネコーは面白そうにお説に耳を傾ける。
大筋は、おとぎ話やら物語やらで使い古されていそうなありふれた説なのだが、細部に滲み出ているおとうふ思考が全体の印象をトンチキにしていた。
「つまり、春を守るための塔! 春が失われた世界にたった一つだけ残された春の島! それが、このドーナツの島! そして、タ・イーコの塔は春を守る魔法システムで、春の恵みを生み出すところでもあって、その恵みを蓄えておく場所だと思ったんだけど……うぅみゅぅ。この白い塔がただの魔法システムの大事な場所で、貯蔵庫じゃないとすると、このお説は、間違っていたのかも…………いや、待ちゅんだ!」
「え? 誰に言ってるの?」
「この白い塔が貯蔵庫じゃなくても、いいよね? うみゅ! きっと、この塔のどこかに、ちゃんと貯蔵アフロがあるに違いない! にゃんごろーのお説に間違いはなかった!」
「貯蔵アフロはちょっと見てみたいけど、アフロじゃなくて、フロアだねぇ。んー、てゆーか、これ動くんだよね? どうやって、動かすの? ボク、他のフロアも見てみたいんだけど?」
「はっ! それは、そう! 行ってみよう! 貯蔵アフロがあるのか、確かめねばー!」
ツッコミも訂正もスルーされたけれど、要望は通った。
魔法釣りネコーの願いを聞き入れたというよりは、たまたま自分の目的にも沿っていたからというのが一番の理由のようではあったが、目的さえ達成できれば魔法釣りネコーはそれで構わなかった。行先は別にどこでもよくて、エレベーターの魔法を体感できれば、それでいいのだ。それに、やり方さえ覚えてしまえば、島の住民である魔法釣りネコーは、いつでもひとりで遊びに来られるのだ。不思議ハンターの話は面白いけれど、次はひとりでじっくり魔法に浸って、それを絵にしたいなと魔法釣りネコーは思った。
さて、そのエレベータの使用方法なのだが…………。
「うぅん? 操作パネールは、にゃいのかぁ。ふみゅ?」
「…………え? 使い方、知ってるんじゃないの?」
「大丈夫! にゃんとかなる!」
にゃんごろーは、箱の中をウロウロ・キョロキョロした後、もふっと首を捻った。
何やら知っている風だったので操作をお任せしよと思っていた魔法釣りネコーが、当てが外れたんだけどとばかりにチロンと視線を流したその先で、不思議ハンターは、もふんと胸を張って安請け合いをした。
それは、何の根拠もないまさしく安請け合いだったが、しかし結果的には言った通り、何とかなった。
「エベレンレーン! 上に行きたーい! なんか、面白いものがあるところぉー!」
「え? そんなにざっくりでいいの?」
ネコーですら胡乱な目になる“ざっくりさ”だったが、エベレンレンは、そのざっくりに応じた。
箱の外に見えていた春野原が消えて、箱はただの箱になった。四方八方どちらを向いても白い壁である。
魔法釣りネコーは最初、あまりのざっくり加減と言い間違いに塔のシステムが腹を立てて閉じ込められてしまったのではないかと思った。
しかし、そうではなかった。
箱が動いている感覚はまるでなかった。
なのに、「塔のシステムに謝った方がいいんじゃないの」と不思議ハンターを窘めようと口を開きかけた時には、春野原が消えた壁に、新しい春野原が出現していた。
実は、扉を閉じて開いただけなんじゃないか?
そう疑いたくなるくらいに、先ほどの春野原とよく似た春野原だった。
けれど、確実に元の春野原ではなかった。
「ひょ、ひょえー!? なに、あれ!? なに、あれ!? なに、あれぇー!?」
「大きな春キノコが、いっぱいいるねぇ」
キノコのサイズが違うのだ。
ネコーどころか、人間よりも背が高い。
先ほどは、カサの色や模様ばかりに目が行ったが、こうして見るとジクの方もカラフルだ。春っぽい色ではあるが、柄やカサとジクの色の取り合わせに法則はないようで、かなり自由奔放だった。
だが、それよりも――――。
「魔法生物キ・ノコーンかな!? それとも、キノコ型魔法人形かな!?」
「へえ、そんな魔法生物がいるんだ?」
「知らにゃいけど、ほら、古代の隠されたヤツとか、いるかもしれにゃいじゃない……?」
「あ、タ・イーコやラ・メーンと一緒な感じか……。それで、行ってみないの?」
巨大キノコには手足が生えていて、野原を動き回っていた。
カサの下から二本の腕が生えていて、ちゃんと指まである。細くて長くて器用そうな指だ。足の方は、生えているというよりは、ジクの半分から下が二股に分かれて足になっていた。色合いや柄はともかく、人間のような足だ。ちゃんと踵があり甲があり指がある。
謎の巨大キノコについて、にゃんごろーは意外な博識さを披露してきた。魔法釣りネコーは感心して詳しい話を聞こうと思ったが、どうやら今までのトンチキ説同様、その場の思い付きを口にしただけのようだ。
ちょっぴりがっかりした魔法釣りネコーだったが、ふとあることに気づいて、尋ねてみた。
これまでの行動パターンからしたら、「おっきなキノコだぁー!」とか叫びながら我先に飛び出していきそうなネコーがエレベーターの箱の中から出て行こうとする素振りすら見せなかったからだ。
にゃんごろーは、箱の中で立ち竦んでいた。
先ほど口にした魔法生物やら魔法人形は、そうであってほしいという願望であって、にゃんごろーには口にするのも恐ろしいある懸念があったのだ。
にゃんごろーは、ぷるりともふ毛を震わせながら、恐る恐る、その恐るべき言葉を発した。
「…………あのでっかいキノコ、キノコの魔獣だったり、しないよね? にゃんごろーたち、見つかったら、食べられちゃったりとか、とか、とか、とか…………しにゃいよね?」
にゃんごろーは縋るように魔法釣りネコーを見つめた。本気で怯えているようだ。
魔法釣りネコーは、特ににゃんごろーを安心させてあげようとかそういう意図はなく、ただ思ったことをサクッと答えた。
「魔獣だったとしても、キノコは、お肉は食べないんじゃない?」
「……………………は!? それは、確かに!? で、でも、魔獣キノコだったら、もしかして、もしかすることも、あったりするんじゃ……? そうしたら、あんなにでっかいキノコが、あんなにたくさんいたら…………。ち、違うアフロに行ってみない?」
にゃんごろーは、サクッとした答えに一度は納得して頷いた。が、すぐにまた不安に取りつかれ、別のフロアへの移動を提案する。
魔法釣りネコーは、ジッとにゃんごろーを見つめた。
――――食いしん坊なのに、魔獣に食べられるのが怖いのかぁ。いや、食いしん坊だからこそ、逆の立場になることが怖いのかな?
などと、少々失礼なことを考えていた。
しかし、怖がる相手に無理を強いるつもりはないし、キノコにはさして興味がなかったので、あっさりと頷いた。
「いいよ。それじゃ、次はどうしようか?」
「はわあっ! ありがとーお! じゃ、じゃあ、次は、お、屋上! 屋上に行ってみよう! あそこは、安心だから! 古代の魔法じゃないけど、面白い魔法もあったから! ね?」
「うん。いいよ。屋上からの眺めも見てみたいしね」
「よし! じゃあ、エベレンレン! 次は、屋上へお願いします!」
エベレンレンは、次も呼びかけに応えてくれた。
にゃんごろーにとっての恐ろしい世界は白い壁の向こうに消えた。
ほーっともふ身を弛緩させるにゃんごろーを見て、魔法釣りネコーはさらに失礼なことを考えていた。
――――やっばり、古代の魔法システムはエベレンレンとアフロ呼びを怒っていて、嫌がらせのためにこのフロアに連れてきたんじゃない? まあ、ボクは意外なものを見れて、ちょっとだけ面白かったけどね。
魔法釣りネコーは、くふっと小さく笑うと、そっとお口にチャックをした。
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