第2話『誰でも良かった?』
バスが来るまでの間、蝉の声がシャワーのように降り注いでいた。二人で並ぶ列の最後尾は、他より少しだけ静かだ。さっき彼が被せ直してくれた麦わら帽子が、まだ彼の指の温もりを留めているような気がして、わたしは落ち着かない気持ちでアスファルトの染みを見つめていた。
でも、どうしても聞いてみたいことがあった。
勇気を出して、隣に立つ彼を見上げる。
「あの……」
「ん?」
ヘッドフォンを首にかけたまま、彼がこちらを向く。
わたしは、照れ隠しにかけていたサングラスの縁に指をかけ、少しだけ下にずらして彼の上着越しに目を見た。
「わたし、サングラスも帽子も深く被ってて、顔なんてよく見えなかったでしょ?」
「うん、まあ、そうだね」
「なのに、どうしてあんなに必死に拾ってくれたの? もしかしたら、すごく怖い人だったかもしれないのに」
少し意地悪な問いかけに、彼は一瞬きょとんとした顔をした。それから、わたしの視線を真正面から受け止めると、急にバツが悪そうに視線を逸らし、照れくさそうに自分の首筋をぽりぽりと掻いた。
「……いや」
ぽつりと呟かれた言葉に、わたしは首を傾げる。
「わかってたよ。君だって」
「え?」
「その帽子……」と、彼はわたしの頭の上に視線を送る。「すごく似合ってるなって、列に並んでる時から、ずっと見てたから」
その言葉は、真夏の太陽よりもずっと熱く、わたしの体温を一気に跳ね上がらせた。
見てた……? わたしを?
「だから、風で飛んでった時、すぐに君のだってわかったんだ」
そう言って、彼ははにかむように笑った。
もう、サングラスで顔を隠している意味なんてなかった。きっと耳まで真っ赤になっているのがバレてしまう。わたしは慌ててサングラスを元の位置に押し上げ、彼の視線から逃げるように深く俯いた。
「……そ、そうなんだ」
かろうじて絞り出した声は、自分でも驚くほど上ずっていた。
心臓が、うるさい。蝉の声なのか、わたしの鼓動なのか、もう区別がつかない。
その時、遠くの方から、待ちわびていたバスのエンジン音が聞こえてきた。やっと来た、と思う安堵と、もう来てしまったのか、という名残惜しさが、夏の空気に溶けて揺れていた。
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