第23話:悲劇のヒロイン

朱里に宣戦布告された合同ライブのステージは、最悪だった。

VERMILIONの完璧なパフォーマンスの後では、私のソロステージなど、学芸会の出し物にしか見えない。観客の冷え切った視線が、私の心を突き刺す。早く終わってほしい。早く、凛火のいるあの部屋に帰りたい。


タワーマンションに戻った私を、凛火は何も言わずに迎えてくれた。

私がステージで感じた屈辱を、彼女は察しているのかもしれない。


「……凛火」

「なんだ」

「次の配信のこと、考えてるんだ」


私は、朱里への対抗心から生まれた、黒いアイデアを口にした。

「もっと、物語が必要だと思うの。私たちの配信には」

「……物語」

「そう。ただ戦うだけじゃなくて、凛火がどうして戦わなきゃいけないのか。凛火が、どんな悲劇を背負っているのか。それを、みんなに知ってもらうの」


私の言葉に、凛火の眉がわずかに顰められる。

「俺の過去を、切り売りするのか」

「違う!」


私は、食い気味に否定した。

「切り売りするんじゃない。私たちの物語の一部として、昇華させるの。朱里の言う『作り物の芸術』なんかじゃない、本物の悲劇と、本物の絆の物語を、世界に見せつけるのよ」


その瞳は、狂信者のそれだったかもしれない。

しかし、その時の私は、本気でそう信じていた。凛火の過去という神聖な領域に踏み込むことが、私たちの芸術を完成させる唯一の道なのだと。


私は梶原に連絡を取り、計画を話した。

「次の相手は、凛火がギリギリ勝てるくらいの強い人を用意してください。そして、配信の冒頭で、私がナレーションを入れたいんです」

『ナレーションだと?』

「ええ。凛火が背負う、過去の悲劇についての…」


電話の向こうで、梶原が下品に笑う声がした。

『ハッ…! 最高じゃねえか、詩凪ちゃん! お前、マジで悪魔だな!』


梶原の賛辞は、もはや私の耳には届いていなかった。

その日から、私は来るべきステージのために、脚本を書き始めた。

主役は、悲劇の騎士、篠森凛火。

私は、彼女の物語を紡ぐ、語り部。


凛火の過去を、私は知らない。だから、想像で補うしかなかった。

フェンシングの試合で、一体何があったのか。彼女はどうして、栄光の道を捨てなければならなかったのか。

私が書く物語の中で、凛火は嫉妬深いライバルの策略によって、無実の罪を着せられた悲劇の天才剣士となった。


「――これは、一人の天才が、その翼を折られ、光を奪われた物語」


私は、書き上げたナレーションの原稿を、凛火の前で読んで聞かせた。

凛火は、何も言わずに、ただ窓の外の夜景を見つめている。


「どう…かな?」

「……俺は」


凛火は、ゆっくりと口を開いた。

「俺は、そんなに綺麗な人間じゃない」

「いいの。これから、そうなるんだから」


私は、微笑んだ。

「私が、あなたをそういう人にしてあげる。私の歌で、私の物語で」

「あなたは、ただ私のために戦ってくれればいいの。悲劇のヒロ-インとして、ね」


その言葉が、どれほど残酷なものか。

どれほど、凛火の本当の魂を冒涜するものか。

その時の私は、気づいていなかった。

ただ、完璧な悲劇の舞台を作り上げることへの、熱狂だけが、私の全てだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る