第15話:アルゴリズムのクエスト

梶原が持ってくる次の対戦相手のリストは、日を追うごとに凶悪さを増していった。

詩凪がプロデューサーとして冷徹になろうとすればするほど、凛火の肉体と精神は着実に摩耗していく。二人の会話は減り、アパートには言いようのない緊張感が漂っていた。あの夜、詩凪の歌を聴いて凛火が眠ったような、穏やかな時間はもうどこにもなかった。


そんなある日、配信プラットフォームの運営から、再びメールが届いた。

梶原はそれを「神のお告げ」と呼んだ。


「来たぜ、次のステージだ」


梶原がノートパソコンの画面を私たちに向ける。そこには「特別イベント:オーディエンス参加型デスマッチ」という、悪趣味なバナーが踊っていた。


「視聴者が、リアルタイムで戦闘のルールを決める。投げ銭の額に応じて、選択肢が増えていくらしい。面白えことを考えやがる」


その内容は、私たちの配信の本質を的確に突いていた。視聴者に「神」の視点を与え、物語に直接介入しているかのような全能感を与える。そうすれば、彼らは熱狂し、さらに多くの金を投じるだろう。アルゴリズムは、私たちのコンテンツの「うまみ」を完全に理解していた。


「達成すれば、莫大なボーナスと、一週間のトップページでの独占プロモーション枠が約束されている」と梶原は続けた。「乗るしかないだろ、このビッグウェーブに」


「ふざけるな」


凛火が、低い声で言った。

「観客のオモチャにされるのはごめんだ」

「オモチャ? 人聞きが悪いな。これはファンサービスだろ」

「どっちでも同じことだ。俺は、やらない」


凛火の瞳には、強い拒絶の色が浮かんでいた。飼い慣らされた獣の、最後の抵抗だった。

梶原は肩をすくめ、わざとらしく詩凪に視線を送った。

「困ったな、詩凪ちゃん。騎士様がご機嫌斜めだ。このままじゃ、VERMILIONに全部持っていかれるぞ?」


その言葉は、私の心を的確に抉った。

VERMILION。朱里の嘲笑うかのような顔が、脳裏にちらつく。私たちが足踏みしている間にも、彼女たちは着々とファンを増やし、その地位を固めている。


「……凛火」


私は、祈るような気持ちで、凛火の名前を呼んだ。

凛火は、何も言わずに私を見つめている。その瞳は、「お前も、そっち側なのか」と問いかけているようだった。


違う。でも、ここで立ち止まるわけにはいかない。

私たちが始めた物語を、こんなところで終わらせるわけにはいかない。


「お願い…」


私の口からこぼれ落ちたのは、懇願だった。

「これが最後だから。これを乗り越えたら、きっと、もっとすごいステージに行けるから。お願い、凛火…」


凛火は、私の瞳をしばらく見つめた後、ふっと視線を逸らし、短く息を吐いた。

「……好きにしろ」


その言葉に、私は安堵の息を漏らす。しかし、その安堵は、罪悪感という鋭い針となって、すぐに私の胸を刺した。

凛火が、私のために、また一つ、自分のかけらを差し出してくれた。

そのことに気づかないふりをして、私は梶原に頷いた。


「やります。そのイベント」


梶原は、満足げに口の端を吊り上げた。

私は、ただ唇を固く結んだ。もう、後戻りはできない。

私たちは、視聴者という神々が用意した、残酷な遊びの盤上へと、自ら駒を進めたのだ。

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