第10話:アルゴリズムの囁き
筋書き通りの戦いは、完璧な形で幕を閉じた。
凛火が劇的な逆転勝利を収めた瞬間、コメント欄は祝福の言葉で埋め尽くされ、投げ銭の通知が鳴り響いた。私たちの最初の「公式」配信は、大成功だった。
「どうだ。言った通りだろう?」
配信後、梶原は満足げに煙草をふかしながら言った。
「観客は、リアルとフェイクの区別なんてつきやしない。いや、むしろ、よくできたフェイクの方を本物だと信じたがるんだ」
その言葉は、私の胸に重くのしかかった。
私たちは、嘘をついている。この熱狂は、私たちが作り上げた偽物だ。
しかし、口座に振り込まれた金額は、紛れもない本物だった。
アパートに帰ると、凛火はすぐにシャワーを浴び、自分の部屋に閉じこもってしまった。ヤラセの戦いだったとはいえ、彼女の消耗は激しいようだった。
私は一人、リビングでスマホの画面を眺めていた。今日の配信の録画が、すでに再生回数を伸ばし始めている。コメントの一つ一つを、貪るように読む。
『今日の凛火様、いつもより苦しそうだったな…』
『詩凪ちゃんの歌があったから勝てたんだよ』
『二人の絆、マジで尊い』
そうだ。私たちの物語は、ちゃんと届いている。
たとえ、それが偽物だとしても。
その時、スマホに一通のメールが届いた。
差出人は、私たちが使っている配信プラットフォームの運営事務局だった。
件名には「【重要】優良クリエイター認定プログラムへのご招待」と書かれている。
メールを開くと、そこには私たちのチャンネルが、特に影響力と成長性が認められるチャンネルとして「優良クリエイター」に認定されたことが記されていた。そして、今後の活動をサポートするための、特別なプログラムへの招待状が添えられていた。
読み進めていくと、背筋がぞくりと粟立つのを感じた。
そこには、私たちのチャンネルをさらに成長させるための「ヒント」として、いくつかの具体的な提案が書かれていた。
より過激なコンテンツへの挑戦: 視聴者は常に新しい刺激を求めています。対戦形式のバリエーションを増やすことを推奨します。(例:ハンデ戦、凶器使用戦など)
視聴者とのインタラクティブな企画: 視聴者が物語に介入できる企画は、エンゲージメントを飛躍的に高めます。(例:投げ銭によるルール変更、対戦相手のリクエストなど)
クリエイターのプライベートな側面: 視聴者は、クリエイターの公の顔だけでなく、私生活にも強い興味を抱きます。二人の関係性をより深く描くコンテンツは、熱心なファン層の形成に繋がります。
それは、人間味のない、ただ冷徹なデータ分析に基づいた、無機質な提案だった。
しかし、その一つ一つが、私たちの成功の本質を、恐ろしいほど正確に突いていた。
このメールは、私たちを祝福しているようでいて、同時に、こう囁いているかのようだった。
――もっとやれ。もっと深く堕ちてこい。そうすれば、お前たちが望む全てを与えてやろう、と。
私は、そっとメールを閉じた。
ドアの向こう側からは、凛火のかすかな寝息が聞こえてくる。
私たちは、自分たちの意志でこの道を選んだはずだった。
しかし、気づけば、もっと巨大で、顔の見えない何かの掌の上で踊らされているのかもしれない。
アルゴリズムという名の、神の掌の上で。
その事実に、私はまだ気づかないふりをすることしかできなかった。
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