第44話
魔王とネクロス⑦
「奴が『夜霧の党』の首魁だ。吸血鬼だ。手強い。」
ルンゲの叫びを聞いて、アモンはクロスの姿を確認した。魔力の塊が人族の姿をとり、立っている。そんな錯覚に一瞬陥った。属性魔法を使わず、魔法力そのものをぶつける。手荒な挨拶だ。クロスの静かで端正な顔立ちと佇まいからは想像できない。
アモンは強く思う。やはり人族はおもしろい。ギラフは筋肉質のゴツゴツした見た目に反して見惚れてしまうような華麗な棒術でアモンの魔法を無効化した。ルンゲは狩りで獲物を追い込むような弓矢を使う。それぞれが自分の闘いのカタチを持っている。
アモンはクロスに向けて風属性魔法を数発放つ。放たれた風魔法は、クロスの目の前で魔法力に還元されてさらに、魔素に戻った。クロスはそれを吸収して己のものとした。初めて見る……どんな術式か検討もつかない。魔族よりも魔法に長けている、アモンは驚き、うれしくなった。
「クロス=プリースト……だな。今の術は……」
「知っているのか、私を。今のは術というより、物心ついた頃からできるのでな。魔素や精霊が友だった生い立ちからかもしれないが。自分でもよく分からんが。」
名前だけはよく聞いていた友人の友人に初めて会った、そんな時の感情に近いだろうか。アモンの問いにクロスは素直に質問に答えていた。最も、魔素や精霊が友……と言われてもアモンにもよく分からない。
魔族は人族と似たような容姿を持つ者も多い。そして、魔族の中でも特に人族に近い容姿の者を魔人と呼ぶことがある。吸血鬼は、魔人の一種である。
魔族と人族との違いはやはり、魔力の御し方であろう。人族の多くは魔法は限られた系統のものを詠唱して使う。稀に無詠唱の魔法使いもいるが、人族の上澄み1割にも満たないだろう。人族は『神の祝福』で急成長するが、魔族に引けを取らないレベルの魔をその身に宿す者は少ない。
一方、魔族は生まれた時から、何種類もの系統の魔法を詠唱も無しに操ることができることが多い。イメージした時には魔法が発動しているという具合だ。今、目の前のクロスは、アモンが魔法として発現したものを魔素に戻し、さらに、吸収し、己の魔力へ変換した。
「貴様、人族の形をした魔族ではないのか。」
クロスにアモンが発した言葉は、人族の魔法使いにとってはこの上ない称賛だろう。実際、魔法に関しては、クロスは今まで見てきたどの魔族よりもデタラメだ。クロスは微笑みで返した。
クロスという男に対して底が知れない不気味さを感じたと同時に、アモンの中にかつてない高揚感が湧き上がってきた。長い魔族の一生、退屈なだけの年月。アモンは日々を呪って生きてきた。同族とは反りが合わず、人族の生活に興味を持った。人族の多く住む街に溶け込み、サイラスと数人の仲間で『夜霧』を作ったのも、その渇きを癒やすためと言っていい。アモンは欲していた冷たく清らかな泉を、今夜、見つけた。
「……今夜はいい夜だ。」
アモンはそう呟いた。できれば、このままクロスと殺しあいたかった。それは、存在のぶつけ合いに等しい。しかし、動かないギラフは別として、ルンゲは割って入ってくるだろう。機会はまた来る。2人きりの闘いはその時にまた楽しめばいい。
アモンは逃げることにした。自分がクロス、ルンゲ、ギラフという、この街にいる人族の最高戦であろう3人を引きつけているのだ。サイラスも脱出するだろう。魔力の低下する朝迄に街を出る。左前方にギラフ、右手にクロス、左後方にルンゲが位置している。広い範囲に目眩しの霧の魔法を放ち、視界を遮りつつ後方の港側に逃げた。
「アモン、逃すか!」
ルンゲの声が聞こえたが、声の位置とは別の方向から矢は飛んできた。見ると左肩に深く矢は刺さっているか。ルンゲの弓が特別製なのは先程分かっていた。恐らく標的追尾の加護でも付与されているのだろう。アモンの目眩しは精霊の祝福を受けた弓には通じなかったようだ。矢を抜くには一旦逃げなくてはならない。食えない男だ。細かい魔法の研究は人族の得意とする分野である。だから人族はおもしろい。
アモンが顔を上げた瞬間、霧を巻き込み、消し飛ばすようにして、炎の竜巻がアモンの黒く長い髪と右半身を焼いた。アモンの反応が少し遅れた。(毒か……)ルンゲの顔が頭に浮かぶ。
規模と威力からして、上級魔法を合成したのだろう。風属性と火属性の上級魔法を使えるだけでも人族の域を超えているが、更に合成・制御している。舌を巻くばかりだ。この傷では長居はできない。
「……またな。」
逆方向に走り、ギラフの横を通り抜け様、にやりと微笑んだ。ギラフは虚を突かれ対応が遅れた。アモンが咄嗟に思いつき向かうのは港とは逆方向、街の北東側にあるメールー山地。聖なる山々とされ、国法で一切の殺生を禁止されている。その入口がハルト山、信仰する者達はこの山で祈りを捧げる。山で大規模な軍を動かすことは難しいだろう。クロスの魔力が後方で爆ぜるのを感じ、迫り来る魔力の塊を躱しつつアモンは山へ疾走した。
◇
グリバードの剣とサイラスの爪が交差し、火花が散った。グリバードの魔法剣は厄介でサイラスも何箇所か身体を焼かれた。(傷を負うのは何十年振りだろう)サイラスは退屈顔をしたアモンの顔が浮かんだ。
2人の周囲は国軍が遠巻きに詰め、誰も近寄らない。2人の剣と爪の応酬に巻き込まれるため近寄れないのだ。西の城壁の下はゲルト河。サイラスも全てを打ち倒すのは困難と思った。逃げるなら河か南側の港町を抜けて海か。そう思っていた時に20人程の黒ずくめの集団が前に出てきた。国軍と違い軽装備。闇に溶け込むような色である。
何度目かの鍔迫り合いの瞬間、黒い集団が一斉に矢を放った。グリバードごと標的にされたのだ。(これが『王の射手』か……)味方ごと射るとは。確かにサイラスの実体を捉えるなら鍔迫り合いの状態は動かぬ的なのだ。サイラスは人族の殺意の強さに多少驚きつつ、グリバードの顔色がおかしいのに気がついた。毒である。サイラスも手足の感覚がぼんやりと鈍ってきている。
グリバードがふらりと地面に倒れる。もう意識は遠のいているのか、細かく震えている。サイラスは思わずグリバードを抱き抱えた。何か口を動かしている。
「……に、……にげろ……」
グリバードが微笑んだ。地面に下ろし立ち上がろうとした。
その瞬間、サイラスは背後から胸を刺し貫かれた。魔力が込められ、サイラスの細胞を焦がしてゆく。自分の胸から出ている得物を見てサイラスはぼんやりと考える。
(この武器……何処かで……確か、カタナ……)
意識が黒く塗りつぶされてゆく。サイラスはそれを、ただ静かに受け入れた。
あとがき
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