第36話
山の怪
里から北へ伸びる道は山間を
「カッツ様、道があるってことは、この道を通る人もいるってことですね。」
「そうだな……。」
「行商でキツい道を歩いていて思うんですが、凄いのは今、歩いている自分じゃなくて、この道を歩きはじめた人、
「先人達に負けてられないと思うわけね。道ってそんな風にしてできるのかもな。」
元の世界にいたら考えもしない事だっただろう。ジョリと軽口を叩きながら、俺は飛んできたコウモリのような魔物を両断した。ジョリが解体して、紫色の魔石を取り出した。毎日こんな風にしながら北上しているのである。
「此処らでひと休みするかの。」
ネクロスさんが、簡易結界を組んでくれた。弱い魔物は怖がって入ってこれないし、強い魔物に対しては時間稼ぎにはなる。
「ジョリ、隠者の腕輪が……。」
俺は組み込まれた無属性魔法石を見せた。黒っぽく染まってきている。
「思ったより早いですね。まだ、次の行商と合流するまで3日はあります。モイラさんからの無属性魔法石もまだ届いてませんから、満タンになったら、しばらく魔力は漏れっぱなしですかね。」
「漏れっぱなしかぁ……カッコ悪いんだろう?」
そんな事を話ながら野営の準備をしていると、此方へ近づいてくる気配がある。気配はじっと茂みの奥から窺っている。
「なんか、いるね。」
「アッシが見てまいりましょう。」
「いや、襲ってくるわけじゃないみたいだし、放っておこうか。魔物……なのかな?」
「気配からしてただの魔物ではないみたいじゃの……。」
俺は焚火の炎を調整しながら、肉にスパイスと塩を振りかけた。里で手に入れた炭を使った。里長と獣人の子供が作っているものだ。(確か、上手に焼くには、遠火の強火だったな……。)元の世界で士郎さんに聞いた知識を活かして焼く。ボアの肉から脂が炭火に落ちると、煙が上がった。
焼き上がったものから、ネクロスさんとジョリに手渡す。エルは俺の懐で子猫の姿で眠ったままだ。2人は肉にかぶりつくと静かになった。
「……カッツ様、この炭、うまくすれば売れますぜ。」
「うむ、香ばしくて、肉の外側がパリッとしておる。」
どうやら、ボアの炭火焼きは2人には好評のようだ。俺は産地は明かさずに一手に仕入れて売る事を考えていた。里に資本主義を持ち込む事が正解だと思わなかったからだ。豊かさにも種類があって変わらなくてもいいものもあるのだ。
先程から此方を
「……おいで。」
肉を刺した串を近づけたが、なかなか距離は縮まらない。
「怖がってるんでしょうかね。しかし、見た事ない魔物ですね。ネクロス様、ご存知で?」
「我も初めて見るの、敵意はないみたいだし近くに来たら肉を分けてやればいい。」
「ネクロスさんも、ジョリもあんまりジロジロ見ちゃ、ダメだよ。食べるのに集中してよ。」
俺の言葉に2人は肉の無い串を見せてきた。俺は新たな肉に塩を振った……。
俺の懐からエルが出て来て、伸びをした。子猫の姿のまま、ナーオ!ナーオ!とニ度鳴いた。すると、エルに招かれたように、茂みからそろそろと魔物が出てきた。
一つ目に猿のような体つきをしている。エルがボディチェックをするように魔物のにおいを確認して、また、ナーオ!と鳴いた。……合格らしい。
魔物は火のそばまで近づいて腰を下ろした。子供のような大きさだ。おとなしくして、じっと焼いている肉を見ている。
俺が焼き上がった肉の串を渡そうと近づけると、恐る恐る串を手に取った。見よう見まねで肉にかぶりつく。口にした途端、一つ目がぐるぐる回ったかと思うと、夢中になって平らげた。いい食いっぷりだ。俺はもう一串焼き上がったのを渡す。腹が減っていたのだろうか、あっという間に平らげるとグフゥと鳴いた。
魔物は立ち上がって茂みの方に歩いて行くと、此方を振り返り、もう一度、グフゥと鳴いて茂みに消えていった。
「何だったんでしょうね、アイツ。」
「うーん、魔物にも色んなヤツがいるんだな。」
俺達は珍客の事を話ながら眠った。朝日と共にまた歩きはじめる。昼には森が途切れて、岩山が見渡す限り広がった。尾根伝いに歩いていると随分風が強い。落ちないように気をつけながら進んでいると、背後で、グフゥ!グフゥと鳴き声が聞こえた。遠く森の切れ所に黒っぽいのが見えた。
「見送ってくれてるのかな。」
「意外と律儀なヤツですね。」
魔物に向かって手を振って、また北に向かって歩く。ネクロスさんによると、何日が北上したら今度は尾根から谷に降りて門を潜るらしいけど、こんな荒涼とした山奥に門なんてありそうにない。魔王の島を出てから半年、旅の目的地は近い。
あとがき
更新した途端にたくさんの皆様に読んでいただきました。ありがとうございました。体調はぼちぼちですが、いいペースで上げていきたいと思います。フォロー、星、感想、応援、いつもありがとうございます。反応があると、安心します。よろしくお願いします。
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