第34話

竜の盟約


 シリウザークは愉快ゆかいそうに笑った。アモンは竜も笑うのだな……と、どこか間抜けな事を考えていた。亜竜の類いは何度かみたことがあった。リザードマン、ワイバーン等だ。しかし、彼らが笑うのは見たことがない。竜族にはどちらかと言うと寡黙かもくなイメージがあった。しかし、眼の前にいるのは智慧ちえある竜、真竜とも言われるこの世界の最上位の存在なのだ。その竜が自分との会話で笑っている。


 シリウザークは頭を上げ、アモンを見つめて言った。


「頼みの中身が貴様の好奇心を満たすものであれば、か。しばらく世間と関わらずにいると、おもしろい魔族が生まれ出てきているものだな。」  

 

 アモンの返答は、シリウザークにとって、意表をつく言葉だったのだろう。竜はアモンを特異な存在と認めたようだった。


 アモンは嘘を言ってはいない。人族と比べ、永遠とも言えるほど長い魔族の寿命に、アモンは意味を見出せないでいた。ただ長い魔族の一生よりも、短くても閃光のように一瞬の輝きを放つ人族の一生の方が価値があるように思えるのだ。アモンは先日、自分を追い詰めたハンターを思い出していた。


 (百年にも満たぬ人族の寿命、短い期間であっという間に成長し、死んでゆく……それに比べ、魔族は何を成すでもなくただ長く生きたとて、何か価値があろうか?)


 そんな風に考えていることを盗賊仲間にも漏らしたことはない。何故かシリウザークを前にするとするすると本音が出た。


「アモンよ、貴様も人族に魅せられたか。アレは不思議な種族よな。我も理解できなくはない。人族の発明に花火というものがある。夜空に巨大な華を咲かせる技術だ。暗い空に鮮やかな華を一瞬だけ咲かせて消える。アレに人族の一生は似ておる。そんな事を思ったことがあったわ。数百年も前だったかの。」

 

 シリウザークはアモンの心を読み取ったようだった。竜は不思議な力を持つというが、心を読み取ることもできるのか。念話とも違う不思議な技法だった。不思議と心を覗かれても不快感はない。アモン自身、言葉にして己の心情を紡ぐことなどできなかったやもしれぬ。かえって都合がよいと思ったし、自分と似たような考えを、この世界の絶対者である竜もするのだと知って親近感に近いものを覚えた。


「アモンよ、貴様の百年をくれまいか。」


「偉大なるシリウザークよ、どういうことだ。何を成せと言うのだ。」


「親愛なるアモン=サグナートゥス……我はもうすぐ消滅する……。この卵がかえるまでは持たないだろう。」


「先程会ったばかりの者に己の子を育てよと言うのか。……残念だが、竜の子を育てる自信がない。」


「育てるというより、成長するまで見守って欲しいのだ。この世の理については、時間が経てば自然と身につく。竜とはそういう存在なのだ。しかし、100年程は己の身を護れる誰かの助けが必要だ。特に人族などは鱗や牙に高い価値をつける。竜の加護を得るため、血を浴びる者や血を飲む者もいる。頼まれてくれぬか。」


「興味はあるが、力が足りない。私は見ての通り非力な吸血鬼に過ぎぬ……。ここへ来たのも人族に追われてのことだ。期待には沿えないと思う。」


「……此処が貴様に見つかるという事は、他の誰かも見つけることができるということだろう。何かの縁で誰より先にここへ導かれたのだ。貴様なら血の力も制御できるであろう。」


「血の制御?」


「吸血鬼なら我が血を受けて眷属となってくれぬか。『血の盟約』を我と交わし竜の血を継ぐ者となるのだ。我は生命のかけ貴様に力を渡す。貴様も命を賭して我が子を護ると誓うのだ。思いが本物なら『血の盟約』は成立するだろう。」


シリウザークは続ける、


「人族や他の魔族なら血を飲むなり浴びるなりして力を得ることしかできぬだろう。人族と『血の盟約』などしたらほぼ生きてはいけないだろう。しかし、血を操り支配する吸血鬼なら話は違う。もちろん、我も吸血鬼と盟約を結ぶなどしたことはない。だが、確信に近いものを感じるのだ。」


「……デメリットはないのか。」


「我は血の支配などできぬ。貴様はあくまで貴様のままだ。竜の血を継ぐのだから竜族に親近感は生まれるかもしれんが。血については貴様の方が分かるのではないか。」


「……承知した。」


 シリウザークは自分の牙と鱗を何本か抜き、アモンに渡した。竜のような大きな存在は、肉体が消滅しても、魂は数百年後に巡って、再び肉体を得て形を成すと言われる。眷属となるアモンに今のうちに遺産を渡しておくようなものだ。


 血の盟約を交わして間もなくシリウザークは消滅した。言葉通り生命を賭けたのだ。その後、百年、アモン=サグナートゥスは、竜の子を護り立派に育てあげた。智慧ある竜シュラハザートである。


 ――現代 ――


「ネクロスさん、魔王の過去は分かったよ。でも、さっきの答えは魔王が竜ってことじゃないの?」


「魔王はあくまで魔族のままじゃ、ただ、魔王から血を受け継ぎた者は竜の因子が強く出た。」


「それって……。」


「ミレディアじゃよ。」


「ミレディアは普通の女の子ってイメージで、竜とは結びつかないけど……。」


 確かにミレディアは強い。でも、見かけはアイドルにでもなれそうな可憐な美少女なのだ。


「ミレディアもお主と同じ旅をしたのだ。バルナの子を連れてな。しかし、バルナの子もミレディアも幼過ぎた。この街の質の悪い人族に騙されて、バルナの子はさらわれ殺された。子猫のうちは戦闘力も普通の子猫と変わらん。子猫とはいえ魔除けになるからの。子猫の死を知ったミレディアは竜と化しこの街諸共もろとも犯人を消し去ったのよ。今から100年程前のことよ。」


「ミレディアがエルが生まれるのを楽しみにしていたのは聞きました。そんなことがあったんですね。そりゃ、殴りたくもなるな。」


 俺はミレディアと初めて会った時に殴られたことを思い出した。俺がエルを横からかっさらった形になっている。


「それで、ミレディアは、竜の姫なんて呼ばれているんですね。」


「あの娘は自分が竜化したことは覚えておらんのだ。カッツ、お主も知らない事にしてくれ。」


 ネクロスさんの言葉に俺はうなづいた。ジョリが焚火に枯れ枝を焚べた。パチパチと音を立てて火は大きくなり、ほおを照らした。


 

 

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