第20話

帰還の挨拶


 ジョリがノトク村に着いたのはカッツ達と別れてから2日後の日暮れだった。村の門番はジョリの顔を見ると急いで門を開けて家に急ぐように言った。


 代々だいだい村長を務めてきた家だが、大きさも他の家と変わらない。どちらかと言えば、古い分貧しさすら覚えるような家。まだ灯りが点いている。早寝することが多い家なのに、家族は起きていた。


 義姉が出てきてジョリを父と兄の寝室に先導した。部屋の2人からは生気が感じられない。2人は毒矢をによる襲撃しゅうげきを受けたが、兄が父を庇ってくれたため、父の矢傷は1箇所のみだった。隣で眠る兄の容態が特に悪かった。毒矢には2種の毒が使われ、意識が戻らないのだ。


「よく戻った。声は聴こえているはずじゃ、ジョニの顔を見ておやり。」


 父は元気のない声でジョリにすがるように言った。父の言葉は、どこかいを感じている響きがあった。


「兄さん、ジョリだよ。帰ってきたよ。聴こえるかい。」


 手を握り声をかけたが反応がない。部屋はネクサーリス草の匂いが充満じゅうまんしている。2人の容態がを見ながら、こまめに薬湯やくとうせんじ、軟膏なんこうを作っていたせいだろう。兄の身体に巻かれた包帯ほうたい清潔せいけつで丁寧な看護がみてとれた。


 やつれ切った顔から、義姉はほぼ眠らずに看病していたのが見てとれた。村の者が交代で手伝いに来てくれてはいるものの、やはり、無理をしていたようだった。


 ジョリは義姉を休ませるため、今晩は自分が起きていると言った。義姉は自分も起きて看病を、とかたくなだった。義姉はそういう気丈きじょうな人だ。


 ジョリは、明日の昼は義姉に頼むと話した。義姉は昼、ジョリは夜、やっと義姉は納得したようだった。こうでも言わないと、義姉は倒れるまで看病を続けるだろう。


 村の者が食事を準備し、看護を手伝ってくれた。父には薬湯を、兄にはすり潰したネクサーリス草を傷口に塗り、布を当てる。膿は無く、ジョリは一安心した。


 兄への薬湯は飲みにくいので薄めて飲ませることにした。時々、おぼろげながら意識が戻るのか、兄は何かを伝えようとしてくる。言葉は、まだ、出ない。そういう時に薬湯は飲ませることにした。3日もすると兄は顔色も良くなり呼吸も安定してきた。義姉は泣いて喜んでいた。


 叔父のカーチスが隣村の者達を引き連れてきたのは兄の容態が落ち着いてきた日の昼過ぎだった。叔父は変わり者で、村に住まず隣村の外れに1人で住んでいた。


 隣村は半分くらいが獣人、半分くらいがコボルト族の村だった。村人は行商人を襲ったとか、勝手に関所を作って通行税を取ったとか香ばしいことばかりやっている。


 叔父は、父とノトク村の長の座をめぐる争いで敗れ、村を去ったとも言われていた人だった。ジョリも20年振りに見るから他人のようなものだ。


「ジョニ、ジョリ、兄弟どちらが後を継ぐんだ?」


カーチスが言う。


「兄が継ぎます。もっとも叔父さんには関わりのないことですが。」


 ジョリが答えるとニヤニヤしながらカーチスは言った。


「関わりない?兄貴も倒れたらしいなぁ?俺のかわいいおいっ子達も怪我してるって聞いてな、そんな者達に村長の重責じゅうせきが果たせんのか?果たせんよのう……。」


 粘着質ねんちゃくしつでいや〜な叔父だ。分かりやすく言えば村長になってやろうということらしい。義姉が、


「義父のあとは我が夫ジョニが、ジョニに不足ふそくあらば、義弟のジョリが、ここにいるジョリが継ぎます!」


と宣言した。ジョリは正直全く継ぐ気はないのだが……。


「そのジョリさんも怪我してるって聞いたが、そんな弱者が村長なんて、なぁ?」


カーチスの呼びかけに取り巻きの連中が嘲笑ちょうしょうしてからんでくる。カーチスの言い分にも一理ある。村長には強さも必要なのだ。ジョリはツカツカと取り巻きの1人から弓矢をひったくると、矢を空高く放った。数秒後、空から山鳥がちてきた。


「怪我なんぞしておりませんよ、叔父さん♡」


山鳥付きの弓矢を叔父の取り巻きに押し付け、ジョリは大声で言い放つ。


「叔父さん達がおかえりだそうだ!」


 その夜は久しぶりに明るい空気が村中に満ちていた。兄がようやく意識を取り戻したのだ。義姉はやっぱり泣いていた。


――深夜 隣村――

 

 酒を飲んだが今夜は全く味がしない。兄と甥2人を襲い、少なくとも重傷を負わせたはずだった。しかし、カーチスが思っていた程ジョリの怪我は重くないようだった。


 スノウ川の川原で襲った時、存分に斬った手応えから動けるような状態ではないはずだ。あの時、顔を隠していたが、ジョリが自分に気がついているのか、いないのか、人を食ったような受け応えも気に食わなかった。


 三十年前に掴みかけた村長の座が、また遠のく。カーチスの心の中はドス黒い感情で塗りつぶされてゆく。……その夜のうちに、カーチスは、決意した。

 

 村が取り囲まれたのは、翌朝だった。夜は門を閉め切るのだが、朝の濃霧に紛れ門番が気がついた時には門の前まで隣村の者達が殺到していた。


「村長なんて面倒なこと言わずに、村ごと貰ってやることにした。門を開けろっ!」


 カーチスが怒鳴り声を上げると一斉に門外から矢の雨が降ってきた。村の者何人かが負傷した。ジョリは物陰に潜みながら、皆に武装を指示した。戦えない子供は村の奥へ誘導する。それは、適切な指示だった。


 しかし、ジョリは、内心焦っていた。行商に出ずに村にいる男衆は、30人足らず。隣村の者は200人を超えている。こちらは女達が中心。ノトク村の女達は、戦闘訓練を受けていない。個々で戦闘はできるが、武器や魔法で味方と連携できようがない。戦力差は歴然である。そして、門が破壊されるのも時間の問題だった。


 物量の面でも押されている。明らかに相手は準備していたのだろう。ジョリはそう思った。矢は断続的だんぞくてきではあるが、かなりの本数が打ちこまれていて、放て!の号令が聞こえる度に物陰に身をひそめなければならない。叔父ははじめから村を乗っ取ることも考えていたのかもしれない。


 ジョリが門を乗り越えてきた相手を棍棒で殴りつけると、槍がへし折れた。盾を持った者は盾ごと吹き飛んだ。竜の血を与えられたおとぎ話の勇者のように、カッツの血を与えられて死を乗り越えジョリには、不思議な力が備わったのかもしれなかった。敵が雪崩なだれ込んでくる



 1人で30人近くを倒した。敵もジョリを遠巻きにしつつ、矢を放つ、ジョリは棍棒で全て叩き落とした。簡単なことだ。だが、いずれは疲れ、力尽きるのは予想できた。門は開かれあちこちで剣戟けんげきの音が響いていた。


 乱戦の中、ジョリはカーチスを探した。彼を倒せばこちらの勝利だ。それしか勝ち筋は見えなかった。


「そこまでだ。ジョリ、動くな。」


 探していたカーチスはいつの間にか村奥に侵入していたようだ。義姉が捕えられている。戦闘は中断され、静寂せいじゃくに包まれる。皆の目がカーチス、義姉、ジョリに注がれた。


「ジョリ、かまわずちなさい。私ごと討ちなさい!」


 義姉の叫びにジョリは躊躇ちゅうちょした。以前のジョリならそれもできたかもしれないが、村より義姉の方がジョリにとっては大切だと思った。


 カーチスに頭を下げて、父と兄を連れて村を出れば良い。義姉はジョリの留守の間、父と兄を献身的けんしんてきに看病してくれた。義姉はまさしく、身を削ってくれていたのだ。更に村のため、自分の家族の為に義姉を犠牲にするのか?それは、正しいことか?


 ……天秤にかけるまでもなかった。ジョリは降参することにした。持っていた棍棒を捨てる。カーチスの勝ち誇った顔が見えた。


「……なーお♪」


 どこからか、緊張感の無い鳴き声が聞こえる。


「なーお♪……なーお!」


 皆が声の発信元に注目した。崩れかかった門の横、やぐらの上……エルが目を見開いてこちらを見ていた。

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